分岐:α
エンディング分岐α(傾向:ジャパニーズホラー)となっております。
「かっ、ちゃん……?」
一本道なのに、どこにも姿が見えなかった。かくれんぼをしてしまったかのように。
急に不安になって、かっちゃんの姿を求めて来た道を引き返した。
「かっちゃん?」
眩しいくらいの白線の上にも、熱を吸収してゆらゆら蜃気楼を出す濃い灰色のアスファルトの上にも。
「かっちゃん!」
電柱の影にも、家々の塀の隙間にも。
「かっちゃん!!」
かっちゃんは、まさしく忽然と消えてしまった。
夏の風景の中から、かっちゃんだけをハサミで切り取ってしまったかのように。
「かっちゃぁん……」
風が、かっちゃんを攫ってしまったんだ。
唐突に浮かんだ言葉は僕の頭の中に焼き付いて、消えなくなった。
涙が出そうだった。でも、男の子だから泣きたくなかった。さっきまであんなに暑かったのが、嘘みたいだ。
「どこ行っちゃったんだよぉ……」
お母さんに、知らせなきゃ。かっちゃんが、消えちゃったって。
そう思うが早いか、僕は走りだしていた。一刻も早く、この場所から逃げ出したかった。
かっちゃんが消えてしまった場所を通り過ぎる時。
僕は、見てしまった。
白線に、目だけが吸い寄せられるように。
見てしまわなければよかったと、何故あの時見てしまったのかと、何度も後悔した。
その光景を、夢に見る度に――――――
その後の記憶は、あまり鮮明ではない。
繰り返し繰り返し、あの夏の日の出来事を思い出せば出すほど、その後は消えてしまった。僕はあの後何日か熱を出して寝込み、その間中うわごとのようにかっちゃんの名前を呼んでいたらしい。
僕は白線歩きをしなくなり、白線はおろか横断歩道の白線でさえも踏まないように、慎重に歩くようになった。かっちゃんの大好きなサバファンは、僕の部屋で埃をかぶって真っ白だ。
僕はただ、こわかった。
僕たちが遊びで決めた奈落が、現実に口を開けてしまって。遊びは遊びの中だけで、終わらなかければいけないんだ。そうじゃなきゃ、誰が好き好んで危険な映画や小説を消費する?
かっちゃんは行方知れずとなり、新聞では白昼の神隠し、と大騒ぎになった。
僕は何度も警察やかっちゃんの両親や僕の両親に話をしたが、ちゃんと信じてはもらえなかった。
かっちゃんは結局見つからず、捜索は打ち切られ、遺体のないお葬式がしめやかにひっそりと行われた。僕は遺体のない棺桶にむかって焼香をし、祈りを捧げ、そして葬儀場を出た。かっちゃんの両親の視線が、槍のように僕を突き刺し続けた。
その帰り道、僕はかっちゃんの消えた場所に行った。足が勝手に動いていた。
かっちゃんがいなくなって以来、一度も近づかなかった。
また目にするのが、こわかった。
僕は、夏の長い夕日の中、白線の前に立つ。かっちゃんの消えた、あの白線。
真っ白な花を一輪、白線の上に置く。
「……かっちゃん」
白い花の置かれた白線は、その部分だけかっちゃんの影が残っている。
「……ひさしぶり」
夏のお昼の、強い日ざしで出来た濃い影が。
「今日……かっちゃんのお葬式だったよ。かっちゃんはいないのに」
腕を広げた形で、白線とアスファルトの上に縫い付けられた、かっちゃんの小さな影。
「かっちゃんは……奈落の底に、落ちちゃったの?」
今でもかっちゃんがそこに両手を広げて立って、白線歩きをしているようだ。
そのすぐ隣の奈落から、白線の上で踏張っているようにかっちゃんのキーホルダーが出ている。かっちゃんのお気に入りだった、サバファンの勇者の剣のキーホルダー。金具部分だけ灰色のアスファルトに埋まった白線上のそれは、長い年月を経て汚れていた。
僕は踵を返し、白線に背を向けて歩きだす。
公園近くですれ違った小さな子たちが、白線の上を一列になって歩いていた。