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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第8話 土下座と友情

 昨晩の浴室での事件――具体的には俺の胸への顔面ダイブ事故――以来、俺と姫子の間には妙な空気が流れていた。

 風呂上がりの気まずさから、その日は一言も会話することなく就寝してしまったのだ。


 翌朝。

 チュンチュンと鳴く小鳥の声と共に目覚め、俺はいつものように洗面台に向かった。

 鏡の中には、まだ見慣れない美少女がいる。

 

「うーん、今日も可愛いな、俺」

 

 無駄に整った顔立ちに自画自賛しつつ、顔を洗い、長い髪をブラシで梳かし始めた。

 昨日姫子に教わった通り、毛先から丁寧に。

 そこへ、脱衣所のドアが開いた。


「あっ……」

 

 入ってきた姫子が、俺を見て小さく声を上げた。

 彼女はパジャマ姿で、どこかバツが悪そうに視線を泳がせている。

 昨日の今日だ、無理もない。ここは俺から空気を解凍すべきだろう。


「おはよう、姫子。昨日は風呂の入り方とか色々教えてくれて助かったよ。ありがとうな」

 

 俺は精一杯の爽やかスマイルを感謝の言葉とともに向けた。

 すると姫子は、しおらしく俯きながらボソボソと答えた。

 

「……おはようございます、兄さん。昨日は失礼しました。まさか、兄さんの生おっぱいに顔を埋めてしまうなんて……流石に、妹としてあるまじき失礼なことをしてしまいました……」


 おお、珍しい。あの毒舌家の姫子がこんなにしょげているなんて。

 顔を真っ赤にして縮こまる姿は、まるで叱られた小動物みたいで可愛いじゃないか。

 っていうか学校でも話題の美少女が生おっぱいとか言うな。


「いや、そんな気にしなくていいよ。逆だったらアレだけどさ、俺は男だから気にしてないよ」

 

 俺はブラシを置き、カラカラと笑ってみせた。

 

「お前にならいくら触られたって大丈夫だ。減るもんじゃないし家族だからな!」

 

 気にするな、という励ましの意味を込めて言ったのだが、姫子の反応は劇的だった。


 ガバッ!

 彼女は勢いよく顔を上げ、目をキラキラと輝かせたのだ。

 

「えっ!? 好きに身体を触っても良いんですか!?」


「え?」

 

 俺が呆気にとられていると、姫子はハッとしたように片手で自分の顔を覆った。

 

「……ち、違います。今のは本音じゃありません。ノリツッコミと言うやつですから、忘れてください」

「そ、そうか。ツッコミにしては食い気味だった気がするけど……」

「気のせいです」


 姫子は顔を覆ったまま、頑として否定する。

 まあいいか。いつもの調子が戻ってきたなら安心だ。

 

「とにかく、今後も女性の身体で生きることで迷惑をかけると思うけど、よろしくな?」

 

 俺は軽く姫子の肩を叩き、リビングへと向かった。


 背後から、ペチ、ペチと自分の頬を叩く音が聞こえた。

 

「これでは下半身で思考する大嫌いな男子たちと変わらないではありませんか……しっかりしろ姫子……理性を取り戻すのです……」

 

 そんな呟きが聞こえた気がしたが、まあ、あいつにもきっと色々あるんだろう。

 あまり詮索しないのが兄の優しさというものだ。


 *


 朝食を済ませ、俺たちは二人並んで登校した。

 通学路を歩きながら、俺は今日の平穏を祈っていた。

 昨日みたいなトラブルはもう御免だ。今日は静かに授業を受け、静かに帰りたい。

 だが、その願いは校門をくぐった瞬間に打ち砕かれた。


「一条!」


 待ち構えていたのは、遠藤だった。

 昨日の体育倉庫での一件を思い出し、俺の心臓がドクンと嫌な音を立てる。

 息が詰まるような感覚。恐怖と嫌悪感が蘇る。

 姫子も俺の反応から異変を察し、即座に反応して俺を庇うように一歩前に出た。


「なんだよ……遠藤……」

 

 俺は絞り出すような声で言った。また何か言ってくるつもりか? これ以上、俺の心をえぐらないでくれ。


 しかし、遠藤の取った行動は予想外のものだった。

 ガバッ!

 彼は登校中の生徒たちが大勢見ている前で、コンクリートの地面に思い切り額を擦り付けたのだ。


「えっ!? ど……土下座……?」

「昨日は本当にごめん!!」

 

 地面に向かって叫ぶ遠藤の声は震えていた。

 

「俺、どうかしてた! あれから、もし俺がお前の立場だったらと思って色々考えたら、本当に最低のことをしたと自覚した!」


 顔を上げた遠藤の目は真っ赤に充血し、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「友人だと思っていた相手からあんな事を言われたら、本当に気持ち悪かったよな!? あんな事を言われて、もう友人としては見れないこともわかってる。でも、どうしても謝罪だけはしておきたかったんだ!」

 

 遠藤は一度顔を上げてこちらの表情を伺った後、再び頭を下げる。

 

「二度と顔を見たくないだろうから、俺は転校する! 親にも頼んですぐにでも手続きしてもらうつもりだ! お前と二年間、同じクラスで一緒に遊んだ思い出に泥を塗ってすまなかった!」


 転校する、という言葉に俺はハッとした。

 そこまで思い詰めていたのか。

 彼の言葉には、嘘偽りのない後悔と反省が滲んでいた。

 昨日見た、欲にまみれた醜悪な表情とは違う。そこにあるのは、俺がよく知る友人の顔だった。


 脳裏に、彼との思い出がフラッシュバックする。

 体育で同じチームになって、バスケのパス回しを練習した時のこと。

 テスト前に「範囲広すぎだろ!」と嘆く彼に、「仕方ねえなー」と笑いながらノートを見せてやった時のこと。

 バカで、調子が良くて、でも根は悪いやつじゃない。それが俺の知る遠藤だった。


 気がつけば、俺は膝をついていた。

 姫子が止めようとするのを手で制し、地面に這いつくばる遠藤の肩に手を置く。

 

「立てよ、遠藤」


 顔を上げた遠藤の額には、泥と小さな擦り傷がついていた。目からはボロボロと涙がこぼれ落ちている。

 

「一条……」

「気にしてない……とは言えない。正直、本当に傷ついたし、怖くて、悔しかったよ」

 

 俺は正直な気持ちを伝えた。ここで「気にしてない」と嘘をつくのは、彼にとっても俺にとっても良くない気がしたからだ。

 

「でもさ」

 

 俺は遠藤の目を見て、ニッと笑った。

 

「もうあんな事しないって誓ってくれるならさ、やり直そうぜ。俺達の関係をさ」


 遠藤が目を見開く。

 

「え……?」

「友達だろ? 転校なんて水臭いこと言うなよ」


 俺の言葉に、遠藤の表情が崩れた。

 

「友達で……良いのか? まだ俺を、友達と呼んでくれるのか?」

「当たり前だろ。バカ」

「ううっ……! 誓うよ! もう二度とあんな馬鹿な真似はしない! 絶対にだ!」

「ああ、信じるよ」


 遠藤はその場にうずくまり、子供のように泣き出した。

 俺は彼の背中を優しく撫でながら、心のなかで納得していた。

 本当に馬鹿なやつだよ、遠藤。

 でも、仕方ないよな。俺達はまだ大人じゃないんだ。

 未熟だから、間違いも犯すし、馬鹿なこともやってしまう。

 だけど、そこからこうして反省して、許し合って、少しずつ大人になっていくんだもんな。


 *


 それから少しして、遠藤が泣き止むのを待ってから、俺たちは三人で昇降口へと向かった。

 鼻をすする遠藤を真ん中に、俺と姫子が挟む形だ。


「あの……」

 

 それまで沈黙を守っていた姫子が、困惑した顔で口を開いた。

 

「私には二人の間に何が起きたのかさっぱりわからないのですが、説明してもらえますか?」


 そういえばそうだった。姫子にしてみれば、いきなりクラスメイトが兄に土下座して号泣しだしたのだ。

 わけがわからないだろう。

 今の空気なら話しても大丈夫だろうと思い、俺は苦笑交じりに説明した。

 

「ああ、それがさ~、コイツ、昨日本当にクズみたいなことしてきてさぁ」


 俺は昨日の体育倉庫での出来事を、今はもう笑い話として、できるだけ軽く伝えた。

 

「ま、そんなわけで一件落着ってわけだ」

 

 俺は明るく締めくくった。


 しかし。

 姫子の反応は、俺の予想を遥かに超えていた。


「――なるほど。理解しました」

 

 氷点下の声。

 次の瞬間、姫子の手が閃いた。


 ガシィッ!!


「ひ、姫子ちゃん!? いたっ、いたたたたた!?」

 

 姫子の細い指が、遠藤の顔面にめり込んだ。

 アイアンクローだ。しかもプロレス技として完璧なフォームで。


「な、なんという下等生物……! 同じ空気を吸うだけでも汚らわしい! こんな汚物が同じクラスにいたなんて……!」

 

 姫子の形相は、まさに鬼だった。いや、鬼ですら裸足で逃げ出すレベルの般若顔だ。

 

「兄さんの純潔を……尊厳を汚そうとした罪、万死に値します! 始末します! このゴミはここで始末します!」

「ぎゃあああ! 頭蓋骨が! ミシミシいってる! ごめんなさいいいい!!」

「い、いいから! な!? 姫子、落ち着けって!」

 

 俺は慌てて姫子の腕にしがみついた。

 

「もう大丈夫だから! コイツも反省してるからさ! 許してあげて! な!?」

「離してください兄さん! こいつを生かしておいては将来の禍根になります! 物理的に排除するのが最も安全で確実な解決策です!」

「解決策が過激すぎるわ! 殺人はダメ絶対!」


 朝の昇降口で、必死に妹をなだめる俺と泣き叫ぶ遠藤、そして殺意の波動に目覚めた姫子。

 俺の「平穏な一日」への願いは、またしても脆くも崩れ去ったのだった。

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