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(8)


 賑やかな学食の一角。

 注文したカレーライスをスプーンで突きながら、久貫凌は小さく溜め息を落とす。

 その息で、話題の一区切りがついたように周りの話が断ち切られる。

 四人がけのテーブル席には久貫凌の他に小中高の友人木村と、他二名が座っている。

 僅かな沈黙が降り、それから木村が呆れたように口を開いた。


「なーにしみったれてんだよ」

「え?」

「なんか嫌な事でもあったのか。さっきからすげぇ上の空だぞ」

「……いや嫌な事は何もないんだけど」


 煮え切らない答えを口にしながら、凌はスプーンを持つ手を止めた。

 一角のみがぐちゃぐちゃに混ざっていた。それらを掬い取り、口に運ぶ。すると随分と突きすぎていたのだろう。小さくなった米粒が舌と歯に微妙な感触を知らせる。

 そして何度か咀嚼し、胃の中に流すと、また無意識に突く作業を再開する。


「重症だな」


 肩を竦める木村。もう一人が苦笑いを浮かべる。


「凌。話しにくい事なら聞かないけど、あんま悩みすぎるなよ。あとそのカレー、そろそろ大惨事になるぞ」


 ほらっと言うかのように、彼の箸の先がその場で小さく上下する。


「え、うわっ、なんだこれ。――あ~……これは友達の話。友達の話なんだけどさ」

「はいはい。で、その友達がどうしたよ」

「昔の知り合いと再会して妙にその子から避けられてるんだけど、どうすれば距離縮められると思う……って相談されてさ!」


 最後の方はやけに慌てて付け加える凌に、一人を除き友人達は首を捻る。


「避けられてるって事はソイツなんかしたって事だろ。ならまず距離縮める前に謝るのが先じゃね?」


 至極当然な指摘に、凌の顔がわずかに曇る。


「確かにそうなんだけど、その理由が俺、本人には分からなくてさ」


 その答えを聞き、友人2が「あ~」と頷いた。


「だとしたらただ謝るのは止めた方がいーわ。俺のねーちゃんもだけど、女って理由が分からないのに謝られると更にキレっから。謝ればいいってもんじゃない! なんでそんな事も分かんないの!って」

「そんで俺は仲直りのケーキ渡したら、物でごまかすな!っと更にヒートアップして最終的に振られた」

「それはドンマイ」

「今度飯奢るわ」


 相手は同性の男なのだが、凌は敢えて口を噤んだ。いやタイミングを逃したといっても過言ではない。

 凌は苦笑いで慰めの言葉を口にし、他に知恵を乞う。


「そうだな……無難なのは共通の知り合いに探りを入れてもらうのがベターじゃね」

「共通の知り合い」

「確かにそれが一番の近道っちゃ近道だな。そんでそれから対応する」


 確かにその通りだ。だが問題はその相手が一人しかおらず、素直に聞き入れてくれるかどうか怪しいところだが。


「こんな感じでどーよ」

「凄く助かった。三人ともありがとう」


 凌は軽く頭を下げる。その反応に三人は気安く応え、不思議そうに言う。


「それにしても百戦錬磨のお前が珍しいな。いつもならなんでも巧なくこなすのにな」

「百戦錬磨って……。俺はそこまで凄い奴じゃないよ」

「そうそう。つーかコイツ、実は相当なヘタレだぞ」

「木村!」


 突然の暴露に三人の視線が木村に集中する。そして友人1が即座にそれに乗った。


「まさかの新情報。ヘタレってどんな風に? もしや本命には手も繋げないピュアピュアボーイとか」


 流石にそこまでヘタレではないと凌は抗議し、暴露主である木村を鋭く睨みつける。対して木村はどこ吹く風で、気にした様子はない。


「お前、歴代彼女との破局原因思い出せ。そんでさっさと当たって砕けてこい。見ててもどかしくてしゃーねーわ」


 ええっと引いた凌に、木村は続ける。


「安心しろ。骨は拾ってやる」

「それはもう駄目の前提では?」


 ただでさえよそよそしいというのに、これ以上距離が開くのは御免こうむりたい。

 昔はこんなんじゃなかったのに。

 可愛い小型犬のように尻尾を振っていた彼が、今では借りてきた猫のよう。


「木村、あんまり久貫を虐めてやるなよ。久貫はまぁ……とりあえず頑張れ」

「俺は虐めてない。いじってるだけだ」

「どっちにしろ悪いよ。あ、次の講義なんだったっけ?」


 その会話を一区切りに、話題がそれる。

 それに内心安堵した凌は自らの変化を悟られないよう、カレーを口にする。

 スパイスの利いた辛口カレー。

 食べ慣れたそれが今は少し苦かった。

 口直しに水を飲もうとするが、紙コップの中身はいつの間にか空。仕方なく席を立つと、少し遠くの席が目に入る。

 そこには幼馴染の姿があった。

 友人達と楽しそうに会話に花を咲かせ、可愛らしく微笑んでいる。

 今の自分には決して見せてくれないそれに、凌の胸が少しだけもやっとする。


『ナツは怖がりだな』

『だって凌ちゃん以外の人は何考えてるのか分からなくて怖いんだもん』


 あの頃の彼と自分が脳裏に過ぎる。

 どこへ行くにも後につき、全幅の信頼を寄せていた懐かしい日々。


「凌ー、俺も行くわ」

「木村。いいよ、俺が持ってくる」

「まっ、そう言うなって」


 先の暴露に不信感を滲ませる凌に、木村は気安く肩を組んだ。


「あのなぁ……ハァ」

「こりゃまた重症だな。うし、そんなお前にこの俺が新事実を教えてやろう」

「はいはい」


 どうせまたくだらないものだろう。

 そう判断して取り合わない凌に、木村はそんな態度とっていいの~と煽った。


「それでありがたい助言ってなんだ」

「そこは、教えてくださいお願いしますじゃね」

「教えてくださいお願いします」

「なんか感情がこもってねぇが、まぁいいか。耳貸せ」

「?」

「十都だが、多分昔の記憶があるぞ」

「………………え」


 凌の手から紙コップが滑り落ちた。

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