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(7)


 あれから久貫君と僕の関係は大きく変化した――なんて事はなく、今日も僕は道中気まずい一人耐久戦を開催している。


「聞いてる、ナツ?」

「あ、はい。聞いてます」


 ぎこちない笑みを浮かべ、他愛のない世間話に相づちを打つ。


「ナツ、もしかして具合悪い?」

「いっ、いえ。全然元気です」


 単純に気まずいのと、周囲からの視線の矢(主に久貫君にだが)が痛いだけ。


「ならいいけど。あんまり無理はしないで、辛い時はすぐに言うんだよ」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 いま貴方の傍にいる事の方が辛いです――とは流石に言えない。


「あの、僕に構わず登校してくださって大丈夫ですよ。これでも満員電車には慣れていますし、久貫君にその……罰ゲームみたいな事させられないので」

「っ、」

「そっ、それにお友達と登校した方が絶対楽しいと思いますよ」

「ん~。でもアイツら全員方向違うんだよね。それにさ、俺はナツと一緒に登校したいんだよ――駄目?」


 勘違いしそうになる台詞に胸が弾む。

 けれどそれと同じくらい胸が痛かった。

 わざと口にした罰ゲームという言葉に、彼は否定しなかった。


「だめ、ではないですけど……」

「じゃあ講義被る日は一緒に行こうな」

「えっと……はい」


 

 学内では互いのグループに別れる。

 一度だけ一緒に座ろうと誘われた事もあるけれど、あんな陽キャ集団に混ざって講義を受けるなど処刑以外の何ものでもない。

 いつもの面子に囲まれ、僕は一息つく。

 ようやく息がしやすくなった。

 友人との何気ない会話に花を咲かせ、笑い合うと、時折視線のようなものを感じた。

 なんとなく前列、久貫君の辺りのような気がしたけど、誰一人顔を傾けている姿はないので、きっと気の所為だろう。

 首を傾げた僕に祥ちゃんが声をかける。


「なっちゃん?」

「あ、ううん。なんでもない」

「そうか。あ、なっちゃん。サークルどないする。やっぱ無し?」

「それは……」

「そんなに活発って訳やあらへんし、週一の集まりは絶対参加やのうてええねんで」


 正直かなり魅力的だ。だがもし久貫君も加入するとなると、どうしても二の足を踏んでしまう。


「祥ちゃん、僕の他に入る予定の人って」

「おらんよ」

「――それならお邪魔させてもらおうかな」

「ほんまか! やっっったー」

「葉月、ナンパ成功おめでとう~」

「ナンパって」


 友人達の軽い拍手に思わず笑みが溢れる。

 するとまた視線を感じ、即座に振り向くとなぜか久貫君と目が合った。

 ぎこちなく笑顔を作って軽く会釈すると、あちらもぎこちなく笑う。

 もしやさっきのも彼だろうか。


「十都、どうし――久貫じゃん」

「なになに?」

「いや、なんか久貫がこっち見てた。もう顔背けてっけど」

「もしかして煩かったとか」

「流石にそれはねーだろ」

「なっちゃん、もしかして凌ちゃんと喧嘩したん?」

「う、ううん。してないよ」


 強いて言うなら僕が一方的に気まずくて、なるべく避けようとしてるだけ。


「凌ちゃんって。葉月、いつの間に仲良くなってんだ。十都も」

「昨日凌ちゃんも写真サークルを覗きに来てくれてん。そんでなっちゃんは凌ちゃんと小学生ん時の同級生なんやて」


 祥ちゃんからの暴露に友人達が顔を見合わせる。


「マジ?」

「でも最初知らないって言ってたよな」

「あんまり親しいってわけじゃないし、子供の時の記憶だから。僕もつい先日知ったばかりでさ」

「なーる」


 僕の説明に友人達は納得したようだ。

 すぐさま次の話題に移り、久貫君を思考から追い出している。

 その切り替えの早さが少し羨ましい。

 羨望の眼差しを送っていると、室内の喧騒がぴたりと止んだ。

 先生が登壇していたのだ。

 僕達も口を閉じ、先生の話に耳を傾ける。


「――であるからして――これは」


 彼のよく通る声を聞きながらノートにペンを走らせる事暫し、ふと何気なく動かした目が久貫君を捕らえた。

 隣の女性と内緒話をしている。

 彼女が楽しそうに笑い、それに久貫君も優しく微笑んでいる。

 仲睦まじい、お似合いの姿だ。

 なのに胸がつきんと痛む。

 それでいい筈なのに、心の中は嫌な感情が渦を巻いて停滞している。


「(僕が女の子だったら気兼ねなく彼の隣に……ううん、並べる訳ないや)」


 彼女の姿に女性となった自分を幻視して、小さく首を振る。

 全くもって釣り合わない。

 自嘲気味に笑って目を伏せる。

 離れたいのに、勝手に傷つくとか本当なんなのだろう。


「なっちゃんなっちゃん」

「! どうしたの、祥ちゃん」

「あーん」


 祥ちゃんの指から放たれた黒飴が舌の上に転がる。その独特な甘さに目を瞬く。


「旨いやろ」

「ん、おいひい」

「そら良かった」

「……ありがと、祥ちゃん」

「気にせんとき。それよかコレ、教えてーな」

「どれ?――あぁ、これだね」


 手にしたペンで祥ちゃんのノートに答えを書き込んでいく。


「なるほど。おおきに、なっちゃん」

「どういたしまして」


 にかりと笑う祥ちゃんの笑顔が眩しい。

 明らかに何かあるのに触れずに慰めてくれるなんて、祥ちゃんもいい男だ。彼に選ばれた女性もきっと、久貫君達同様幸せになることだろう。

 僕は幾分か楽になった心を低下させないよう、久貫君達の事を努めて意識から追い出し、ひたすら授業に集中した。

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