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(4)


 久貫君は追いかけてこなかった。

 息を整えた僕は教室内を見渡す。

 室内はまだ閑散としており、座席もかなり空席が目立っている。

 その中で昨日友人となった一人の姿を見つけ、そのまま傍に近寄る。


「おはよう。あの隣、いいかな?」


 彼から了承をもらい、隣席に腰を下ろす。

 それから必死に話題を振る。

 あまり得意ではないが、これから来るだろう久貫君対策だ。彼とて友人と話し込んでいる最中に水を差すような真似はしないだろう。

 普段の倍、表情筋を動かす。

 幸い友人も特に不審がる事なく話に乗ってくれた。僕のなんてことない話題から上手く膨らませて、いつの間にか主導権を握ってくれる。

 その手腕に感嘆しながら、僕は聞き役に徹する。もちろん相づちを打つのも忘れない。興味があると全身で押し出し、会話に全神経を集中する。

 多分こんなに気合いを入れたのはアルバイトの面接以来だろう。

 そうこうしている内に僕達に声をかけてくる者がいた。


「なんやもう来とったん。俺も混ぜてーな」


 振り返れば、また別の豹柄に身を包んだ祥ちゃんだった。


「おはよう。えっと、祥、ちゃん」


 たどたどしく名を呼べば祥ちゃんの顔がパァァと輝く。


「おはよーさん、なっちゃん。今日の約束覚えとる? まさか直前でドタキャンは勘弁してなー」

「覚えていま、るよ。楽しみだね」


 にこりと口角を緩めた僕に祥ちゃんも微笑む。


「なっちゃんはええ子で可愛えなぁ」

「分かる。ちょっと小動物っぽい」

「そうなの?」

「せや。なんて名前やったか、ちくわ?」


 突然の練り製品混入に、後からやってきた別の友人が「それを言うならチワワな」とツッコミを入れた。


「それや、それ。なっちゃんはチワワに似とる!」

「チワワ……僕が?」


 僕は目をぱちぱちする。


「そうそう。これだったかな。このCM」

「古っ! あ、でもなんか分かる」


 MeTubeを翳した友人に、もう一人が同意する。


「僕ここまで可愛くないよ?」


 僕の否定に、友人達は何故か一斉に僕の頭を撫でた。


「????」

「っと、先生来たぜ」


 その声に従って、僕達は会話を止めた。




「あ~つっかれた!」


 あっという間に放課後に突入し、精根尽き果てたみたいに友人が机に突っ伏した。甘めののど飴を差し出すと、彼は食わせてとばかりに口を開く。


「生き返る~」


 ふにゃふにゃとする友人に、祥ちゃんからの施しも続く。


「俺の飴もやるねんで」

「どうも~ってこれヤバっ! 食べ合わせ凄すぎ!」


 相当口に合わなかったのか、友人は、うええと舌を出す。


「そんなに凄いの?」


 首を傾げた僕に、彼は力いっぱい頷いた。


「過去一ヤバい組み合わせ。でも目は覚めた。サンキュー」


 それだけ言うと手早く道具を片付けた彼は席を立ち、去っていく。


「そんなにアカンかったか」

「でもそこまで言われると逆に気になってくるね。僕も貰っていい?」

「ええけど。なっちゃんも無理せんとき」

「大丈夫。――うん、確かに目の覚める味」


 今日、僕は甘いものと甘いものを掛け合わせると、より甘くなる訳では無いという新しい知見を得た。


「あちゃ~。西やんにも後で謝らんと」

「あはは。じゃあ僕達も行こうか」


 リュック片手に席を立った僕達は教室を出た。2人並んで玄関口とは真逆の階段を進む。何処で活動しているのか知らないサークルだが、既に訪問した祥ちゃんの道案内に従って歩く。

 そうして一階分上りきったところで、僕を呼びとめる声がした。


「ナツ」

「っ」


 足を止めて恐る恐る振り向いた先には、会いたくなかった彼がいた。


「……なっちゃん、どないした?」


 一向に答えない僕に、同じく歩みを止めた祥ちゃんが怪訝そうに首を傾げる。


「う、ううん。なんでもないよ、祥ちゃん。えと僕に何か用ですか、久貫君」

「――。ごめん、ちょっと話したかったんだけど、もしかして今忙しい?」


 何もこんな時にと思いながら、断りを入れる。


「すみません。これから祥ちゃんと写真サークルに行く予定なので」

「それなら俺も行ってもいいかな」

「え」

「あ、もちろん二人が許してくれたらだけど。実は俺もちょっと写真サークルにも興味があってさ」

「あんさんもか! ほなら一緒に行こか。なっちゃんもええやろ」


 布教出来そうで嬉しげな祥ちゃんが、眩い笑顔で尋ねる。


「あ、うん。どうぞ」

「無理言ったみたいでごめんね」

「ええねん、ええねん。あ。自分、葉月祥吾言います。気軽に祥ちゃんって呼んでな~」

「俺は久貫凌。凌でいいよ」


 流石陽キャ同士というべきか。

 たった一瞬だというのに、二人はまるで長年の友とでもいうように和気あいあいとした空気で会話を続ける。


「凌ちゃんはなっちゃんと知り合いなん」

「あぁ、一応小学校の時の同級生なんだ」

「そうなん!? あれ、でも昨日なっちゃん、知らないって言うてへんかった?」


 ぎくりと身を強張らせた僕に、久貫君は今と昔じゃ大分見た目が変わってるからとフォローを入れてくれる。

 その気遣いに胸が少しだけ弾む。


「あ~、確かに。俺もガキん時の奴といきなり会ってもよほど親しい友達やない限り直ぐには分からんわ」

「そう、だね」

「? ほな、いきましょか」

「う、うん」


 こうして三人となった僕達は祥ちゃん案内のもと、写真サークルを見学した。




「二人ともどうやった?」


 ひとしきり見終え、興奮冷めやらぬ祥ちゃんは僕達の前に立つと、その顔を近づけた。なんというか褒められ待ちの犬によく似ている。


「えっと、とっても素敵だったよ」

「うん。それにアットホームな感じがして居心地良さそうだな」

「せやろせやろ」


 尻尾でも振りそうな勢いの祥ちゃんに僕と久貫君がちょっとたじろぐ。


「じゃあ二人とも参加って事でええ?」

「え」


 突然の問いかけに言葉が詰まる。

 正直僕としては悪くないと思うが、もし彼まで在籍するとなると話は別だ。


「なっちゃん?」


 押し黙った僕に、祥ちゃんの顔が曇る。


「ごめん。俺もナツと一緒でもうちょっと考えさせてもらってもいいかな」

「そうか~。あ、でも無理にとは言わへんし、先輩達も気軽に言うてたから」

「分かった。じゃあ俺とナツは話があるからここで」

「え」


 そう言うと、硬直した僕の手を取った久貫君はそのまま踵を返す。


「あ、あの、久貫君」

「ごめん、ナツ。ちょっと着いてきて」


 短くそう返すと、久貫君は途中にある誰もいない教室に僕を連れ込む。室内の中央まで進み、僕を窓側にして向かい合わせとなって佇む。

 中は少し薄暗く、それが少し怖い。


「久貫君」

「ナツさ、俺の事あんまり好きじゃないよね」


 突然のそれに口から、カヒュッと変な音が出た。

 同時に視界に映る、少し傷ついたような彼の顔に胸が痛む。

 そんな事はない。そう言わなければならないのに、唇はうまく動いてくれず、僕達の間に重苦しい沈黙が流れる。


「やっぱり……」

「! ち、違うよ。ただその、違う世界の人みたいだからちょっと慣れなくて」

「――本当に?」


 真意を探ろうとしてなのか、それとも逃亡防止なのか。久貫君の両手が僕の両手を掴んで、覗きこむ。

 間近に迫った美貌にまた全身が強張り、直視出来なくて目を逸らそうと動かす。しかしそれよりも早く久貫君が膝を折って、強制的に目線を合わせる。

 彼の綺麗な瞳に僕が映る。

 頬が少しだけ赤くなった不細工な僕だ。

 何分そうしていただろうか。納得してくれたのか、それとも諦めたのか、久貫君がおもむろに立ち上がった。

 ただ一瞬見た表情は諦念ではなかった。


「驚かせてごめんね」


 そう言うと拘束していた腕が解放される。

 それにほっとしつつ、少しだけ距離を取ろうとした刹那、後ろ足が滑った。


「ナツっ!」


 これヤバい。

 そう理解した脳が生命の危機を感じてか、周りの風景をゆっくりと流した。

 傾いた視界が天井を映し出す。

 僕は目を閉じた。次いで下唇を噛みしめ、これから訪れるであろう痛みに備える。

 だがしかし――


「っ、」


 前から強い力で引っ張られ、ドスンという音とともに何が僕を受け止める。

 僕は固く閉ざしていた瞼を開く。

 すると最初に飛び込んできたのは、久貫君のドアップだった。

 次に気付いたのは唇の感触。

 何か柔らかいものが僕の唇に触れていた。それが何であるのか悟った瞬間、僕の全身は一気に凍りつく。

 それは彼の唇だった。

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