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 冷たい声が鼓膜を揺らす。

 声の持ち主は久貫君だ。

 十人が十人振り返るような顔面を冷たく落とし、纏う空気は怒りに満ちているのがわかる。

 彼の視線が僕達を交互に見比べる。その姿はどちらが悪いのか見極めているようなものだった。時間にしてわずか5秒。

 久貫君は扉を開け放ったまま小走りで、木村君のもとへ向かい、乱暴に彼の胸ぐらをつかんだ。

 そして見たこともない憤怒の表情で彼に詰め寄り、その体を揺らす。

 突然の出来事に、木村君が狼狽える。

 次いで説得と自分の無実を訴えた。僕にも援護を促すような眼差しを送り、室内には重苦しい静寂が舞い降りた。

 その中において、最初に動いたのは久貫君だ。

 彼は僕へと振り返り、本当と言いたげに見つめてくる。その顔には先ほどの憤怒は微塵もなく、僕を心配するものしかない。

 そしてそれは僕が同意を示した事で、安堵の表情に変わった。でもそれもまた直ぐに変化する。じゃあなんで二人でいるの、という疑問の顔だ。

 唇の先が震える。何か言わなければいけないのに、うまく言葉が出てこない。

 そんな僕を見かねてなのか、木村君が自分が呼んだのだと白状した。

 久貫君の鋭い視線を浴びながら、木村君は臆した様子もなく、経緯を語る。


「凌が元気ねーから、ソイツに理由聞いてたんだよ。お前らここ最近妙にぎくしゃくしてただろ」

「それはっ……」


 拘束が緩んだのを確認した木村君は一歩後退し、しわになった上着を直す。


「理由はさっき十都に聞いた。それでだ」


 彼は僕と久貫君を交互に見やり、偉そうに腕を組む。


「いいか、お前らは一度きちんと話し合え。俺から言えるのはそれだけだわ」

「え」


 絶望した僕に彼が向き直る。


「そんで十都。覚えてないとはいえ、ガキの頃、お前を貶して悪かった」


 そう言うとゆっくりと僕に頭を下げる。

 僕はそれを呆けた表情で眺め、遅れてその謝罪を理解する。


「え、え」

「別に今すぐ許してくれとは言わねぇ。あと無理やり連れてきて悪かった。じゃ俺、行くな」


 それだけ告げると、木村君は足早にその場を去った。

 あっと言う間に取り残される僕達。

 不気味なほどの静謐さが室内に充満し、腕時計の針の音がいやに大きく聞こえた。

 完全に逃げるタイミングを失った。

 僕がこの室内を出るには、久貫君の横を通り過ぎなくてはならない。どうすべきか悩み、時間だけが流れていく中、久貫君が口火を切る。


「ナツ」

「っ、」

「……木村の奴がなんか先走ったみたいでごめんね。後でちゃんと注意しておくから」

「い、いえ。僕なら大丈夫ですので。それじゃ」

「待って、ナツ」


 走り抜けようとした僕の手を、久貫君が掴む。大きくて硬い男の人の手。


「あの、手」

「俺はいつまで待てばいい?」


 その問いに、ぎくりと身が強ばる。

 正直このまま自然消滅、いやフェードアウトもいいなって思っていたのに。


「それは……」

「お願いだから釈明の機会をください」

「だからそれは」


 する必要なんかない。そう言おうとして顔を上げた瞬間、僕は言葉を失う。

 泣きそうな顔で僕を見つめる久貫君。

 胸の内に罪悪感のナイフがざくざくと突き刺さる。


「俺はナツと仲直りがしたい」

「……僕は」


 唇を開いたその時だった。

 ポケットに入れていた携帯が音楽を奏でる。驚き、慌てて取り出したその画面には先輩の名前が表示されている。


「あの、ちょっとすみません」


 断りを入れて電話に出る。


「はい、もしもし」

『ナツ。今大丈夫か?』

「せ、先輩~」


 殊の外情けない声を発した僕に、機械越しの先輩がくすくすと笑う。


『なんだよ、その声。どうせまだ解決してないって事だろ』

「……はい」

『一段落ついたから、今日そっち行くわ。飯用意して待ってろ』

「はい! 待ってます!」

『おう。デザートはこっちで用意すっから。じゃあな』


 それだけ言うと電話はぷつりと切れた。

 再び舞い戻る静寂。


「お、お待たせしました。あの、僕これから用が出来たので今日のところは」

「あの人が来るの?」

「っ、久貫、くん?」


 先程まで泣きそうだった彼が、なぜか今は知らない男の人のように怖い。

 今のがそんなに気に障ったのだろうか。

 小刻みに肩を震わせていると、ハッとした彼が表情を解く。


「怖がらせてごめんね」

「い、いえ」

「あのさ、ナツ。さっきの電話の相手、今日ナツの家に来るの?」

「そう、ですけど……」


 それがいったいどうしたのだろうと恐る恐る見上げると、努めて笑顔を作った彼が僕に言う。


「その人に俺ちょっと訊きたい事があってさ、もしなんだけど今日来たら教えてもらえないかな?」

「先輩に、ですか?」

「そう」

「それなら僕から訊いて」

「自分で直接訊きたいんだ」


 頑として譲らない彼に、僕は仕方なく頷く。


「ありがとう、ナツ」

「あ、いえ。あの、それじゃあ僕はこれで」

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