運命のいたずら
久しぶりの現代ものですヽ(=´▽`=)ノ
「棗と俺の関係? んー……罰ゲーム?」
小学6年の放課後、僕は真実を知った。
家族のように慕っていた大好きな幼馴染。
人懐っこくて、誰とでも友達になれる彼から紡がれた言葉は包丁よりも鋭かった。
「幼馴染っつても、棗の母ちゃんと家の母ちゃんが友達で、よろしくって頼まれてるから仕方なくお守りしてるだけ」
今まで一度として聞いた事のないその本音に、クラスメート達が笑いながら彼に同情する。
その中で、僕の友人がおずおずと僕の悪口を言い、もう一人の友人もそれに続く。
幼馴染の傍にいた少年が酷ぇと口にしつつも、手を叩いて囃し立てる。
ゴミ出し当番の僕はそれを廊下で聞いた。
それからどうやって家に帰ったかは覚えていない。気づいたら家で僕は泣いていた。
泣いて泣いてその内、涙も枯れた頃、僕の心に残ったのは嫌われても仕方ないという諦めだった。
幼少の僕は今よりずっと病弱で、よく幼馴染の世話になるのが常だった。
そりゃあ遊びたい盛りに兄弟でもない他人の面倒を押し付けられ続けたら罰ゲーム以外の何物でもない。
僕は決意した。
もう彼に頼らないちゃんとした大人になろう。人の言葉を額面通り受け取っては駄目なのだ、と。
そこへ丁度、父の転勤と母方の祖母の介護も重なり、僕は物理的に距離を取らざるを得なくなった。
きっと神様も、新しい自分になれと僕の背中を押してくれてる。
本気でそう思った。
だから僕は幼馴染を含め知り合い全ての連絡先を消した。
もう何年も前の話だ。
* * *
左上を見上げる。
雲一つない青空。
窓からは心地よい太陽光が燦々と降り注ぎ、鳥の声と風の囁きが鼓膜を揺らす。
昨日一昨日の悪天候が嘘のようだ。
そんな事を思いながら僕は欠伸を噛み殺す。
高校とは比べ物にならない広い教室、その中に僕を含め多くの大学生が座っていた。
今後の大学生活に心躍らせる者、眠そうにしている者、お喋りに興じる者、携帯を弄る者と様々だ。
ごくりと生唾を飲み込む。
田舎から出てきた事もあり、顔見知りは一人もいない。殆ど都会の人なのかと思う程、洗練された佇まいで、残りの一割は僕みたいな芋、垢抜けてない素朴な人達だ。
故に自然とグループ分けが出来ているような状況だった。
そうこうしていると教諭の話が終わり、教室内が一斉に騒がしくなる。
お友達形成タイムだ。4年間の大学生活を充実させると共に、その人脈によって様々な恩恵を得る大事な一時。
脳裏に先輩の言葉が過ぎる。
『ナツは基本的に受動型だから難しいかもしれないが、何としても交友関係は広げろ。でないと詰む』
心臓が早鐘を打つ。
こういう時、何を話題にすれば正解なのか。流行り物? 出身地? 趣味?
あまりにも引き出しが少ない所為で最適解が浮かばない。
自然と体が震え、口の中が急速に乾いていく。まるで世界に取り残されたような恐怖に包まれる中、誰かが僕に話し掛ける。
「なぁ、あんちゃん。もしかして具合悪いんとちゃう?」
聞き慣れない関西弁に慌てて顔を向ける。
そこには圧倒的関西人がいた。
豹柄好きのマダムとヤンキーを悪魔合体させたような明るい青年だ。
そのインパクトに思わず言葉を失う。
多分きっと悪い人ではないのだろうが、見た目の強さが群を抜きすぎていた。
まず体格が凄い。
僕は平均より少々小さいが、彼は周りの長身より頭一つ長かった。
おまけにスポーツを嗜んでいたのか、猫好き筋肉芸人を彷彿とする厚みのある肉体の持ち主でもある。
彼は僕を怖がらせないようになのか、出来るだけ身を縮め、心配そうに覗き込む。
やはり良い人だ。僕は左右に首を振り、謝罪と感謝を口にする。
見た目はどうあれ、人と話せた事で感じていた心細さはすっかり消えていた。
「そんならええけど。あ。俺、葉月祥吾いうねん。よろしゅー頼んます。お近づきの印にアメちゃんどーぞ」
掌に乗る黒飴の山。
その勢いと癖の強さに思わず吹き出す。
「ありがとう。僕は十都棗。宜しく」
お返しに桃味のキシリトールガムが一本渡せば、葉月君の顔がパァァと明るくなった。
「おおきに、なっちゃん」
「なっちゃん?」
「せや。棗やから、なっちゃん。俺の事は祥ちゃんでええで」
「アッ、ハイ」
戸惑いを隠せない俺に、祥吾は人懐っこく笑った。なんていうかシベリアンハスキーと皮を被ったゴールデンレトリバーのような人だ。
「敬語もいらんいらん。なっちゃんと俺、タメ……いやタメやのうても別にどっちでもええか。ほな、これから敬語禁止や」
「あ、うん」
パチパチと瞬きを繰り返す僕を余所に、祥吾は持ち前の高いコミュニケーション能力で、その場に居た人を巻き込む。
凄くアグレッシブな人だ。
でもそのお陰でおこぼれに預かり、難なく知り合いを作る事に成功した。
一気に増えた連絡先に喜んでいると、前方が少し湧いた。
「うわぁ。アイツ、相変わらずモテモテか
よ」
「アイツ?」
「あー、あの真ん中にいる奴。高校ん時の同級生なんだよ。つってもクラス違うし、こっちが一方的に知ってるだけ」
人垣の多いそこに眺め、首を捻る。
背を向けているのもあり、後頭部しか見えない。
「もしかして芸能人?」
「違う違う。あー、でも確か女子が雑誌モデルしてたみたいな事は噂してたぜ」
「そうなんだ」
いずれにしても僕とは縁遠い人だ。
そう思って視線を外そうとした刹那、後頭部の君が横へ振り向く。
「っ、」
「どないした、なっちゃん」
「あ、あの。その人の名前ってなんていうの?」
「? 久貫。久貫凌だけど。もしかして十都も知り合いだった?」
「あ、ううん。人違いだったみたい」
慌てて視界から外す。
向こうもどうやら僕に気付かなったようだ。それにほっとしつつ、彼等に向き直る。
『棗と俺の関係? んー……罰ゲーム?』
あの日の言葉が反芻され、胸が痛む。
咄嗟に知らない振りをしたが、彼は間違いなく、幼馴染の凌君だった。
昔と変わらない明るい茶髪に目の下の泣き黒子。当時、皆の頭一つ抜きんでた体は更に成長し、格好良い男性になっていた。
祥吾も陽の民だが、それを凌ぐ圧倒的陽キャ。
相変わらず僕とは住む世界の違う人だ。
きっともう僕の事なんて忘れているだろう。僕は意識して過去の記憶を心の引き出しに押し込んで鍵をかける。
「十都、聞いてっか?」
「え、あ、ごめん。ボーっとしてた。何の話だっけ?」
「サークルの話だよ。どこ入る予定?」
「あー……まだ決めてないかな。オススメとかある?」
「そうだなぁ――」
その後も当たり障りなく会話を続ける事暫し、恐る恐る元幼馴染の方を伺うと、もう姿はなかった。
それにどこかほっとしたような、残念なような複雑な気持ちになる。
「んじゃ、そろそろ俺ら行くわ」
「うん、じゃあまた明日ね」
「なぁなぁ、なっちゃん」
友人達を見送った直後、祥吾が話しかけてくる。
「えと、どうしたの?」
「まだサークル決めてないねんなら、俺とこれから写真サークル覗きに行かへん?」
「写真サークル?」
「せや! オープンキャンパスん時に覗いてんけど、これがメッチャ凄くて、なっちゃんにも一回見て欲しいんよ!!」
余程その写真に惚れ込んでいるのか、祥吾の目がキラキラと輝く。
「そ、そうなんだ。でも、ごめん。今日はちょっと用事があって難しいから次の機会でもいいかな?」
「そうかー……」
僕の断りに祥吾の表情が留守番中の犬のように暗くなるも、直ぐに元の人懐っこさに戻り、次の予定を訊いてくる。
絶対に布教するつもりらしい。
「じゃあ明日! 明日、絶対やで!」
「うん、じゃあまたね」
軽く手を振って教室、いや大学を後にする。自宅のアパートはここから一駅先。
築十年弱の中々小綺麗な物件だ。
エレベーターのパネルを操作し、5階へ上る。程なくしてその扉が開き、一歩足を踏み出したところで僕はその歩みを止めた。
「っ、」
その先にはかつての幼馴染の姿があった。




