8. 入り込む蛇
『マートルの木が、可愛らしい白い花をつけるようになった。
庭木たちと仲良くなるにつれ、彼らはさまざまなことを語ってくれる』
『庭の隅、小さなシイの木が憂いている。
彼の親戚、山の上のブナの木達が心配なのだそうだ』
『蛇の凶暴化は、決して四代目のミスなどではなかった。
これは、敵国の策略だ。
コナラ、ミズナラ達が教えてくれた。
蛇たちさえも、敵国は自国の戦力に取り込もうとしているのだと』
―――5代目の手記より
◇ ◇ ◇ ◇
6代目の机には、真っ黒な蛇の遺骸。
「これは……ウイルスという概念が近しいかもしれない」
彼女に忠実な助手が、そっとメスを手渡した。
銀の刃は微かに魔力を帯び、ほのかに光を放っていた。
研究肌の魔女は、術式の絡まりを見据え、刃を滑らせる。
「敵国の洗脳術か。他にも絡んでいるな。従属術……こちらはわが国の魔塔の連中といったところか」
蛇を覆う美しい銀の螺旋文字列に、虫食いのように黒い淀みが絡みつく。
切り取ろうとしても、螺旋の本体を傷つけかねない。
「全く、厄介だよ……敵も、見栄っ張り達も。
本来の魔術命令に干渉して、齟齬を生じさせるなんて」
「お師様、このままじゃあ……」
不安げに見上げる助手に、魔女はそっと微笑みを向ける。
だがその内心は、冷たい焦りに満ちていた。
◇ ◇ ◇ ◇
暑い。
術で空調抜群とはいえ、ゴシックドレスは視覚的に暑いのだ。
ルシニウス青年が来る時以外は、どうしてもワンピース姿が楽である。
扉、窓、天窓に裏口。
空気の流れを良くすべく、小屋を開け放っていると……
カサササッ
目の端を横切る影にゾッとする。
(まさか……カサカサ虫!?)
思わず悲鳴が出そうになって、ぐっと堪える。
今日はルシニウス青年がいなくて良かった。
虫に怯える最強ババア……絶対よろしくない。
意を決し、杖を手元に呼び寄せる。
なるべく手早く、最速で片をつける。
ゆっくりと家具を術で浮かし、どかしていく。
同時に索敵術をはしらせれば……
(虫じゃないわ……蛇ね)
一瞬の安堵と共に、今度は別の警戒が走る。
小さな小さな蛇が一匹。
たった一匹とは言え、魔物が最強ババアの本拠地に潜り込むなど前代未聞。
杖の先から、鋭い青光を飛ばす。
ジッと小さく凍てつく蛇。
問題なく仕留められたようだ。
氷の蛇を砕こうと杖を振り上げた、その瞬間。
「何してるの?」
黒い影が、ふっと間に割り込んだ。
真っ黒な使い魔――ハチが、シティの前に立ちはだかっている。
ハチは氷塊を拾い上げると、じっと見つめた。
「ハチ……?」
黒い布の手が、優しくそっと塊をなでる。
パラリ
凍った蛇は、粉々になり風に溶けて消えた。
「処分、してくれたのね?」
ハチは何も答えない。
何事もなかったように、掃除へ戻って行った。
――なんだろう。
感情のない人形のはずなのに。
ハチの背中は泣いているように見えた。
◇ ◇ ◇
それから間もなくのことだった。
最強ババアのもとに、国王からの勅令が届けられた。
『街に蛇が侵入した。城下でも目撃が相次いでいる。至急、対処せよ』
金の縁取りが施された立派な羊皮紙には、街の異変が簡潔に記されていた。
「まったく……そのくらい自分たちで何とかしなさいよね」
ため息をつきながら紙を丸める。
小さな手のひらサイズ蛇たちは、非常に弱くて儚いのだ。
数が多く見つけにくいので面倒だろうが……適当な術師をかき集めれば、当面は凌げるだろう。
「ハチ、返事お願い。内容?
"最強ババアは忙しい。魔塔のジジイどもに頼め"とでも」
それより、原因を調べなくては。
街は守護陣を刻んだ石で囲まれている。
(守護結界もくぐり抜け、最強ババアの本拠地にまで入り込むなんて。厄介だわ。)
蛇にもいくつかの種類がある。
速度と攻撃力に特化した飛行型。
放っておけば無限に増える土蛇。
沖合を漂う海蛇に、透明化と進化速度を併せ持つステルスタイプまで。
(どれにも該当しない……。結界の再構築か、一斉殲滅か)
使い魔の解析は、ひとまず後回しだ。
彼女は立ち上がり、黒いゴシックドレスに袖を通すと、風をまとって空へと駆け出した。
目指すは、街を護る結界石――その異変の根を確かめるために。
お読みいただきありがとうございます。
カサカサ虫は毒もないし、害はほとんどないんです。
平べったくて足が多くて、どこにでもカサカサ入ってくるだけで……




