7. 夏ごもり前の妖精は甘味がお好き
7代目・最強ババアがそばに置いたのは、魔塔のエリートだった。
当時、『孤高の最強術師、遂に魔塔と協力か?』と世間を騒がせたものだった。
圧倒的力と集合知。
それらが一気に国境の敵を一掃するかと思いきや……ことは期待通りに運ばなかった。
いまや、魔塔と最強ババアは犬猿の仲である。
◇ ◇ ◇ ◇
シティは使い魔術の解析を進めていた。
ゾゾアの師匠にあたる7代目。
7代目の使い魔に刻まれた術式は、例えるならば百科事典。
非情に洗練されており、ハチの解読を終えたシティには容易に読み解くことができた。
7代目自身に特筆すべき才はないかもしれない。
「整頓術?…… お掃除が捗りそうね」
けれども、彼女の情報収集・整頓術には目を見張った。
あらゆる魔術を見事に分類、系統立てて説明し、魔術素材や敵の生態に関しても幅広く押さえている。
今後、シティが術を学ぶ上で良い参考書となるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
一段落ついたシティは出かけることにした。
本日はルシニウスを連れて、夏支度を始める妖精達に、夏ごもりの甘露を届けに行くのだ。
以前より青年から、支障のない範囲で日常魔術を撮らせてほしいと頼まれていた。
学院の卒業課題で必要らしい。
「髪……さっぱりしたじゃないか」
半月ぶりだろうか。
久々に会う青年は、黒髪を短く刈り込んでいた。
「気づいてくれた? ババアに言われると嬉しいんさ!」
歯を見せて笑う青年の姿に、一瞬どきりとしてしまう。
そんな内心を振り払うように、シティは注意事項を告げた。
「撮影はあたしが許可した範囲だけ。今から出会う生き物たちは顔出しNGだからね」
カメラを抱えたルシニウスは、元気いっぱいに質問した。
「了解! で、どこに行くの?」
◇ ◇ ◇ ◇
「やっほーぉーい!」
黒竜姿のハチに乗り、2人は空を飛んでいた。
山を抜け、海を越え、見下ろす景色は飛ぶように移り変わっていく。
ルシニウスは空から見る世界に夢中のようだ。
身を乗り出してシャッターを切り続けている。
「ルン、顔引っ込めな。落ちても知らないよ」
「あ、今ルンって呼んでくれたんさー?」
全く、怖い物知らずにも程がある。
「今から会うのは銀の妖精だ。熱に弱くて、溶けないように夏ごもりをする奴らだ。人肌でも火傷するから、触らないように」
シティの説明に、青年は大真面目に頷いた。
海を越えた先に広がるのは、一面の小麦色。
草原のただ中にそびえる大樹の根元へ、黒竜は静かに舞い降りた。
その枝々には、玉のような花が鈴なりに下がっている。
「あれが宝樹だ。妖精たちの避暑のすみかになっている」
黒竜の尾から降り立ったルシニウスに、シティは指先で示した。
拳ほどの大きさの花が淡く輝き、近づけば、その内で小さな影がゆらゆらと揺れている――
一つひとつが、妖精たちの部屋なのだ。
花のすだれに見惚れる青年を横目に、シティはひときわ大きな花へと歩み寄った。
「うおっほん。これはこれは、最強ババア殿ではありませんか」
「うわ、綿埃がしゃべってる」
花の中から現れたのは、ピンポン玉サイズの妖精。
ふわふわとした綿の塊に、小さな鉤爪のような手足がちょこんと生えている。
その姿に、ルシニウスは思わず目を丸くした。
「今年は暑くなりそうだからね。少し多めに持ってきてやったよ」
シティの合図で、ルシニウスがバスケットの布をめくる。
中にはたっぷりと詰まったドングリ――中身は、甘露だ。
「ミツーッ!」
「アマイノー!」
枝々がわっと揺れ、無数の妖精たちが飛び出してくる。
「慌てるんじゃないよ。ルン、一つずつ配っておやり」
「わっ、くすぐったい! 前が見えないんさぁ!?」
ドングリの配給を青年に任せ、シティは宝樹の根元へ移動した。
杖の先で四方に印を刻む。――豊穣祈願の方陣だ。
慎重に線を描くその頭上で、妖精たちがチピチピと騒いでいる。
「いつものとチガウ!」
「ババア! これチョウおいしい!」
シティの魔力を精錬して注ぎ込んだ一滴。
嗜好魔術で仕立てたその甘露は、彼らにとってまさに至高の味らしい。
「やかましいね、ほら。少し離れな」
妖精たちがふわりと飛び退いた瞬間、地面の方陣が光を放った。
豊穣の術が発動する。
幻想的な光が宝樹全体を包み込み、妖精たちはその中を楽しげに舞い始めた。
ルシニウスは許可を得て撮影に夢中だ。
シティはその様子を眺めながら、青年が作ってくれた弁当――サンドイッチをつまんでいた。
「うおっほん。毎年助かります。対価はいつもの綿銀でよろしいですかの?」
「十分さ。こちらこそ助かってる――その菓子から離れないと、追加であんたの綿毛をもらうよ?」
デザートの木苺ケーキをもぐもぐと齧りながら話す妖精の長を、シティは笑顔で威嚇する。
「すまんのう、儂ら甘いもんに目がなくて」
名残惜しそうに菓子から手を離す妖精を見送り、シティは弁当箱を自分の方へ引き寄せた。
何も問題は起きていない。
素材集めも、使い魔の解析も、順調そのもの――
それなのに。
木苺の甘酸っぱさと、舌に残る粒の感触の向こうで、
シティは、言いしれぬ不安を噛みしめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
7代目「1人が国を守る。この構造自体が危うい。私は外部に協力を求めることにした。もちろん、ごく信頼できる一部に」
7代目は、1人戦うことに限界を感じていた。
使い魔解析は順調だが、先に漠然とした不安を覚えるシティだった。




