5. 復活! 使い魔ハチ
ゾゾアが作り上げた使い魔からは、優しい想いが伝わってきた。
シティとゾゾア、時折タタン。
蛇を倒し、修行して、たまに3人で食事する。
そんな日々を、師匠が大切に想ってくれていたことに、胸が温かくなる。
物事の因果を考えることを習慣づけていたゾゾア。
そんな彼女は、蛇の行動パターンの変化に危機感を覚えていたようだ。
解析を進めるほどに、温かな記憶にヒヤリとするものが混じり始めた。
◇ ◇ ◇
彼らが――であることを知ってしまった。
術の綻び、蛇の変質が予想より早い。
今後、縄張りとする国境を離れるものが増えるだろう。
罪悪感。
割り切りと諦念。
必要な情報は先代が集め纏めている。
魔力に秀でた優秀な弟子も、頼もしい軍の協力者も揃っている。
完全なる変質と破綻が訪れる前に、私の代でケリをつけよう。
そう思っていたのだが。
――敵の進化は私の予想を遥かに超えていた。
申し訳ない、不甲斐ない師匠で。
せめて、すべてに対処するため編み出したこの解析術が、愛する弟子の行く先を守らんことを。
◇ ◇ ◇
後半、ノイズが酷く、読み切れなかったものの。
ゾゾアが作り上げた使い魔、その全体像は把握した。
――その術に込められた想いも。
『あたしゃお前が心配でかなわないよ……』
思い出すのは、ため息をつきながらも優しかったゾゾアの微笑み。
炊事も細かな身の回りのことも。
『今はいいの! ゾゾアにやってもらうから』
料理だって、繊細な術だって、おいおい教わろうと思っていたのだ。
ゾゾアが絡め取り、シティがぶっ放す。
シティが刈り取って、ゾゾアが加工する。
良きバディで、師弟で、親子だった。
情報と気持ちの奔流の中で、シティは思わず涙した。
(あの時、逃げてほしかった)
ずっと、シティは思ってきた。
(逃げて、ずっと一緒にいて欲しかったのに)
◇ ◇ ◇
「……ババア、なんか疲れてる?」
連日の解析で、思わずぼんやりしていたようだ。
「なんでもないさね」
心配そうに覗き込む青年に、慌ててシティは姿勢を正す。
視線を外すと、少し冷めた紅茶のカップに手を伸ばした。
ルシニウスは、そんなシティを黙って暫く眺めていたが、やがてぽつりと呟いた。
「俺さ。しばらく来れないんだ」
どうやら卒業年の課題で、どうしても手が離せないらしい。
「その分、作り置きしといたから。台所のメモ、見といてよ」
当たり前のように毎日来ていた青年が、明日は来ないという。
寂しい、なんて思わない。
庭木にやってくる小鳥を、毎日眺めて癒される。
小鳥はいつか、渡りの時期を迎えるだろう。
自由に飛び立つ鳥を、自分は引き留めたりしない。
黙って紅茶をすする老婆を、青年は静かに見守っていた。
短髪と同じ黒い瞳。
その瞳が一瞬、揺らいだのを。
シティは全く気づかなかった。
◇ ◇ ◇
香り、味。
食感、温度。
元より難解な術式に、複雑な嗜好が重ねられ。
ゾゾアが構築した使い魔術の理解は、困難を極めたが。
「解析術、あって良かったぁあ……!!」
未知の言語で書かれた文を、辞書のみで紐解くようなものか。
文法も構文も分からない。
それでも辞書があって助かった。
なんとか解読できたと思う。
あとは自分の中で落とし込むだけ。
「やめだやめ。今日はさすがに休憩っ」
日が長くなり始めたとはいえ、夕日はもう地平線に飲まれそう。
台所からベーコンと適当な野菜を持ってくる。
パンにナイフで切れ目を入れて、具材を挟めば即席サンドイッチ――シティの得意料理だ。
ふと、テーブルの上の瓶が目に入る。
ハチの解析に使ったぶどう酒だ。
机の上に散らばった道具を横に避け、瓶とコップを引き寄せた。
とくとくとく。
注いだ琥珀の水面に、ランプの火が揺らめいている。
(飲んでみよっかな……)
今年でもう19だ。
ゾゾアは20歳から、なんて言ってたけれど。
「皆、16から飲んでるって知ってるもんねー!」
この国の成人は16歳。
過保護な師匠は、体格の小さなシティを慮ってのことだろうが。
「それじゃ、乾杯ー」
ぐいっと煽ろうとしたが、手からコップが消えていた。
『駄目駄目しーちゃん! お酒は大人になってからだぜぃ』
幻聴が聞こえた。
再構築したばかりの黒人形。
ハチがコップを持ち、ウネウネ身体をくねらせている――絶妙にウザい動きだ。
「ハチ。返しなさい」
けれども使い魔は、くるりと踵を返して逃げた。
俊敏に、最早引き摺るような動きではない。
器用にお尻をフリフリして遠ざかる――ウザい。
喋りはしないものの、その姿はかつてのハチを取り戻していた。
確実に、使い魔術の習得は進んでいる。
シティの成長をゾゾアもきっと喜んでくれるだろう。
とりあえず一言、師匠に伝えたい。
「……師匠の使い魔、なんであんな性格にしたの?」
お読みいただきありがとうございます。
歴代8人の魔女が遺した、8つの使い魔。
それぞれの個性があるのですが――はてさて、どんな子たちなのでしょう。
ここから少しずつ、歴代使い魔の解析が進み始めます。
よろしければ、もうしばらくお付き合いくださいませ。




