3. 歴代最強ババアの遺産: 使い魔の解析を始めよう
――使い魔の様子がおかしい。
最強ババアの忠実な下僕にして、黒い人型の布人形。
ハチと呼ばれるその使い魔は、師匠ゾゾアが遺したものだ。
師匠ゾゾアが消えて以来、ハチは喋らない。
動きも単調となり、その機能の多くが失われた――はずだった。
◇ ◇ ◇
「うーん、おかしい……」
朝起きたシティは、布団から出ずに様子を伺っていた。
そっと開いた扉から、シティのベッド脇へと黒い人形が近づいてきた。
今朝も使い魔は、寝坊助の主を起こしにやってきたのだ。
お盆からサイドテーブルに、水を注いだグラスを置いて。
ゆっくりとカーテンを開くハチ。
朝日が一気に部屋を照らす。
布団を剥がして主を起こそうと――じっと自分を見つめるシティに気がついた。
ギョッとしたように一時停止。
見つめ合うシティとハチ。
けれどすぐに、ハチは何事もなかったように背を向けた。
シューシュー、蒸気が噴き出す音。
お湯が沸いたようだ。
働き者の使い魔は、キッチンへと戻って行った。
(……「ギョッ」てなってた今。「ギョッ」って!!)
布団をはねのけると、ハチの後に続く。
用意されたトーストをかじりながら、シティはまじまじと使い魔を観察した。
相変わらず喋らない。
けれど時たま態度が……かつてのひょうきんでお調子者なハチの喋りを彷彿させる。
動きもどことなく滑らかだ。
(おかしい……)
主を失ったことで壊れたハチの回路の修復はまだ。
使い魔術は絶賛勉強中のシティに、ハチの状態が改善する心当たりはない。
(あの人が現れてから、か)
1つ思い当たるとすれば、件のカメラ青年だ。
ルシニウスが魔女の小屋に入り浸り始めてから、少しずつ兆候はあった。
そして前回の透明蛇との対決時。
あの時ハチは、戦場に青年を連れてきたり、勝手に戦闘形態に変身したり、明らかな自立行動をとっていた。
「うん……限りなくクロね」
シティはトーストを飲み込むと呟いた。
彼が何か鍵を握っている。
きっちり尋問してやろうじゃないか。
◇ ◇ ◇
鍵は――酒だった。
香り付けに使う料理酒を。
「いや、なんか欲しがってたから……さ?」
「もしかして駄目だった?」と眉を下げるルシニウス。
「あんた、偉大な術師の使い魔を小間使いにするだけじゃ飽き足らず。酒まで飲ませたのかい?」
普通、真っ黒な布人形が飲食すると思うのか。
けれどもそれが正解だった。
少しずつ、主の知らぬ間に酒を摂取していた使い魔。
先日の戦闘で、最終戦闘形態:黒竜を解放できたのはこの為か――
「ババア、やめときなよ。身体に悪いんさ?」
台所から酒瓶片手に最強ババアが飛び出してきた。
後から青年が、エプロン姿で追いかけてくる。
(師匠ってば、こんなところにお酒隠して……!!)
ゾゾアはお酒が好きだったけれど、シティの前では控えていた。
時たま夜に出かけたときも、拗ねるシティにゾゾアは優しくこう言った。
『いつか、二人で晩酌するのが楽しみだよ』
そのいつかは来なかったけれど――
お酒は二十歳から。
使い魔術の習得も、最強ババアの継承も、シティが十分に育ってから。
弟子を大切にしていたゾゾアのことだ。
だから"酒"を鍵にしたのだろう。
「キュポリ」
ワインのコルクを抜くと、シティは中身を注ぎ出す。
琥珀の波がふわりと宙を舞う。
そのまま真黒な使い魔に染み渡り、布全体が光を帯びた。
――それはまるで過去の記憶を目覚めさせるように。
静かに刺繍が浮かび上がる。
「……成人、おめでとう」
初めに読み取った内容に、思わず涙しそうになるのを堪えて。
シティは刺繍の解読に集中した。
これはあくまで表層だ。
ここから初めて、"8代目の使い魔"の解析が始まるのだ。
◇ ◇ ◇
真っ黒な人型の布人形。
使い魔を束ねるベルトをするりと外す。
たちまち8つの人型に分かれ、シティを取り囲んだ。
「使役解除」
シティが唱えれば、人型は一斉に黒布へと変化した。
これらは歴代最強ババアの最高傑作。
一枚一枚に、彼女たちの術の最骨頂が刻まれている。
歴代魔女が残した使い魔を全て使いこなし、自分のオリジナル使い魔を創り出す。
これらを成して晴れて一人前の"最強ババア"となるわけだが――見習いのうちに師匠を失ったシティは、未だその領域に非ず。
『使い魔解析の鍵は、お前が成人したら渡すよ』
だがその鍵が、シティに手渡されることはなかった。
ゾゾアは、シティが14の時に亡くなったのだ。
シティは一枚の黒布に戻ったハチに向かい合う。
「やっと、始められるわ。……術式構造開示」
呟き、早速取り掛かろうと伸ばした手が、僅かに震える。
偉大なる歴代最強ババアたちの遺産。
本来なら、先代の指導のもとに紐解き始める使い魔術。
鍵が見つかったとはいえ、自分一人で出来るだろうか。
湧き出る気弱さを振り払い、青い魔力を手のひらに集める。
ふと、誰かがそっと手を添えてくれた気がした。
(私には、師匠が残してくれた"解析術"がある……!)
ゾゾアの残り香が背を押してくれる。
シティは一気に魔力を通した。
ハチの布地が、柔らかな青に包まれた。
◇ ◇ ◇
一連の流れをそわそわ見つめていた青年。
昼間からお酒を煽るのかと心配したのだ。
光るハチと、術に集中しはじめた魔女を見て、彼は台所に戻った。
こうなったら当面、研究モードになるのは承知だ。
「ちょっとつまめるものが必要かな」
手を洗い、パントリーの中身を確認する。
大事な人の健康をサポートするべく、ルシニウスは調理を始めるのだった。
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読んでくださる方がいることに、驚きと感動、そして心からの感謝を感じています。
優しいお茶の時間のように、この物語が少しでも皆さまの癒しになりますように。




