11. 2代目
「バーカバカくそ、バァーカっ」
「……汚い言葉使いはよしなさい」
"最強ババア"ことリオランは、若い弟子の悪態に、薄くなった眉を潜めた。
国を丸ごと騙して守る――壮大なペテンを始めて早数十年。
かつて臆病で最弱の術師と言われたリオランは、今や誰もが畏れ敬う老齢術師。
元々小柄だった少女が、加齢の縮みと腰の曲がりでさらに小さくなってしまった。
随分と歳を重ねたものだ。
あいも変わらず戦乱の世だ。
人は争いを辞められぬのか――悲しくなるも始めたのは自分である。
責任は果たさねば。
幸い、リオランの使い魔たちのおかげで、この国は侵略を免れている。
けれども日々進化する人の軍事技術に、使い魔が打ち倒されぬよう。
彼女も術師として研鑽を重ねていた。
ときに、秘境を開拓しようとやってくる隣国の勢力に立ち向かい。
はたまた、我こそ蛇を始末しようと名乗り出る、自国の名将や若手術師を影から妨害し。
リオラン自身もさらなる術師の高みに上ったが、寄る年波には勝てない。
遂に彼女は弟子をとった。
** ** **
「クソババア、観念しな! あんたに勝てば、今日からあたしが最強だ」
突如目の前に現れた赤髪の勝ち気な少女。
口の悪い彼女は、出会い頭に魔術の火柱をぶっ放してきた。
「年長者になんて態度。魔術よりも先に礼儀を学びなさい」
散々お灸を据えてやり、リオランにコテンパンにされた少女レミ。
渋々弟子となったが、事あるごとに寝首をかきに襲ってきたのも、今では良い思い出だ。
** ** **
話は冒頭に戻る。
レミが暴言を吐いているが、正直リオランだって愚痴の一つや2つ、吐きたいのだ。
(いいえ。100でも足りない)
ここは眺めの良い山の上。
赤や橙のレンガでモザイク模様を描く、王都が遠くに見えていた。
その景色をよく見下ろせる場所に、墓石が一つ。
リオランは、両手でそっと美しい緋色の花を供えた。
「キュウーン」
小さく鳴いたのは、翼のないドラゴンだ。
腕に収まる程だった彼も、今やその脚に主人を抱えられるほどに成長した。
そんな彼が労わるように舐めるのは、5メートルほどの黒い蛇。
地面に横たわる傷だらけの黒蛇は、されるがままに大人しい。
その大蛇を一瞥し、最強術師は小さく呟いた。
「この子は灰色オオカミ。イチと仲良しだ」
飛べないドラゴンのイチは、己を世話してくれた灰色オオカミを親のように慕っていた。
「翼がないとはいえドラゴン。"蛇化"の術の対象外だった。……イチは自分だけ仲間はずれだと嘆いているよ」
自嘲気味に話すリオラン。
「この子達が、国を守ってくれてるんだ」
老い先長くないことを悟り、最強ババアの秘密である"自作自演"をレミに告白した。
その上で、彼女に今後を尋ねたのだ。
「みんな、バカだよバーカ。だって、こいつらこんなに可愛いのに」
子犬サイズの蛇を抱きしめるレミ。
かつて長耳ウサギだった、忠実な使い魔の成れの果てだ。
「人を国境に寄せ付けるな」「でも決して傷つけるな」
両方の指示を忠実に守り、傷だらけになりながら。
彼らはもう何十年も戦い続けてきたのだ。
「やだよ。そんな面倒。あたしは引き継ぎたくないっ」
感情の込められた言葉とともに、小さな火炎が巻き起こる。
炎は不思議と、周囲の誰をも燃やすことなく通り過ぎる。
温度だけを伝えた炎は、身を内から温め、傷ついた使い魔達を癒していった。
「別にあんたが引き継ぐ必要は――」
「やるよ!」
リオランの言葉を遮り、レミは立ち上がる。
「クソバカだって、分かってる。けど、あたしは知ってるから。戦争がどんなものか、分かってるから」
戦場から戻ったのは小さな箱一つだった。
母はいつだって、こっそり泣いていた。
「でも、あたしはあんたより強くなる」
振り返った弟子は、師匠をビシリと指さした。
「あんたと違って、この子たちが傷一つつかないように。最強の術師になってやる!」
動物が大好きな弟子の頼もしい宣言に、リオランは頷いた。
「ああ、なれるさ。あんたなら――本物の"最強ババアに"」
◇ ◇ ◇ ◇
炎の術師・2代目レミ。
彼女の使い魔を解析した夜、シティは夢を見た。
流れた涙は、誰のものだったのだろう。
夜遅く。
ベッドの上で体を起こしたシティは、無意識にハチを抱き寄せた。
シティの突然の行動に、驚いたように体をうねらせるハチだったが。
「……ちょっと、黙んなさい」
主の声に何を感じ取ったのか、使い魔はおとなしくされるがままに。
鈴虫の鳴き声が夜の空に響いている。
窓から伝わる冷たい空気を拒むように、シティはハチごと布団を被り直した。
「ドラゴンだったのね……あんた」
ぽつりと呟くシティに、使い魔は答えない。
「体を、少しずつ分けたのね。そうでしょ……イチ?」
最も内側の名を呼ばれた使い魔は、やはり何も答えない。
柔らかな黒布に戻った使い魔は、くるりとシティを優しく包みこむのだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
物語の季節も秋に入り、少しずつ冬の気配が漂ってきました。
朝晩は冷えますので、皆さまも温かくしてお過ごしくださいね。




