10. 兎人は川底で銀を鍛える
シャーン
チャーン
柔らかなせせらぎの中央で、金属を打つ音が響いた。
川底で銀を鍛える――独特の音色だ。
「あでででで……。まったく、ウサギ使いが荒い婆さんだ」
そうぼやきながら、川から上がってきたのは二足歩行の兎。
今や希少な兎人である。
「ケケ爺。あまり時間がないんだ、さっさとやっとくれ」
よっこらしょ、と座り込んだ兎の姿に、最強ババアは眉をひそめた。
先日、妖精たちから集めた綿銀。
それを針や銀糸に加工するのが、このケケ爺だ。
ゴシックドレスや魔術道具の手入れに欠かせない、重要な道具たち。
「おいこら、老人を労われ!」
杖の先でつつかれたケケ爺が、耳を立てて抗議する。
仕方ない――のんびり茶を淹れる姿に、シティの我慢が限界だった。
「"今代"ババアは礼儀を知らんな」
「うるさいね。働け。それだけの大金、要求しておいて」
最強ババアの秘密を知る数少ない者の1人――ケケ爺は、困ったようにため息をついた。
「仕方がないだろう。価値あるものが減ってきたんだ。
お前たち人間にとって、金ほど価値のあるものはないだろ?」
兎人はその槌に"価値の魔術"を込めるのだ。
高い価値ほど、術の効果が増す――ゆえに報酬も高い。
「分かっちゃいるさ……でも、半分は私欲だろう?」
ケケ爺が湯気の立つ“最高級にんじん茶”を淹れるのを見て、
シティは肩をすくめた。
長い付き合いだ。先代の頃から世話になっている。
長寿とはいえ、そろそろお迎えが来てもおかしくない年。
なんとか、もう少しだけ頑張ってもらいたいところだが――。
バサササッ
「おお。来よったか」
ケケ爺が声をかけたのは、黒い翼に体の半分を占める巨大なクチバシ。
突如川辺に舞い降りたソレは、鮮やかなオレンジのクチバシを振り上げた。
シャーン
チャーン
「……なんだい、あれは」
「弟子さ。わざわざ外国から志願してきた。言葉が通じないのが難点だが……最近の軟弱な若兎に比べちゃ有望だ」
シャーン
チュイーン
「おいこらっ! そこは違うといつも言ってるだろう」
「キヨーン?」
「だからそこは――あ、こら儂の耳を噛むんじゃないっ」
優秀な弟子ができたようで安心だ。
ケケ爺の元気そうな様子に、シティは一安心した。
その時、胸元のブローチがかすかに震えた。
ハチからの通信だ。
『るしにうす、さがしてる』
ブローチから光が溢れ、宙に文字を描き出した。
相変わらず喋らないハチだが、こうして簡単な意思疎通はできるようになってきた。
「……放っておきなさい。手助けは駄目よ」
以前、透明型蛇と苦戦した際に、ハチは勝手にルシニウスを前線に連れてきた前科がある。
『りょーかい。自分でこい、つたえる。あいのしれん』
ふざけた回答に、シティの思考はフリーズした。
(あい……愛!?)
「ばかっ!? 余計なことするんじゃ――ああ! 切られた」
通信は一方的に切断された。
あの使い魔、主を舐めてるんじゃないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
小一時間ほど経っただろうか。
すっかり銀が仕上がった――ケケ爺と奇妙な鳥弟子の、異国間コミュニケーションの賜物だ。
「ババア!…… ちゃんと、お昼食べた?」
茂みをガサガサかき分け現れたのは、全身ボロボロのルシニウス青年。
シティを見つけると、へにゃりと笑顔で尋ねてきた。
息も絶え絶えのくせに、まず他人の食事事情の心配とは。
「まだなら……簡単だけど、弁当。作ってきたんさ」
途中で鞄が破れたのだろう。
大事に抱えた紙包みが差しだされた。
開いた中身は、アップルパイ。
広がるスパイスの匂いにのって、シティ好みの酸味強めなリンゴが香る。
崩れ1つないパイ生地を見て、胸の奥がチクリと痛んだ。
「……全く。見苦しいったら、ありゃしないね」
言葉と共に、青年の額に皺だらけの手を伸ばした。
「おわっ!」
額に指が触れた途端、青年はシュワシュワと泡立つ光に包まれた。
「綺麗になった…? お、体も軽いんさ!?」
嬉しそうにその場で一回りするルシニウス。
後遺症もなく元気な様子に、シティも内心ほっとした。
「珍しいな。人間か」
そこへバシャバシャと水しぶきを上げ、ケケ爺が岸に戻ってきた。
「おお……。兎が歩いて喋ってる」
「見えとるんか! 普通はただの兎に見えるはずなんじゃが」
まじまじと観察してくるルシニウス青年に、ケケ爺は驚き顔でシティを振り返った。
「こやつ、ババアの弟子か?」
何やら嬉しそうに、兎らしく跳ねている。
「短命な人間族なのは残念だが……良い目をしとる。おい、お前さん。儂のところで働かんか?」
弟子じゃないなら譲ってくれと食い気味のケケ爺だ。
「弟子じゃないが、その子は駄目だ」
「そうかぁ。残念じゃ。つまり……今代の"コレ"じゃな?」
ガッカリと耳を垂らしたケケ爺だが、何やらニヤニヤとこちらを伺ってくる。
「いやあ、ケケ爺の弟子が決まってて良かったよ。よっぽど、くたばりたいと見た」
器用に小指を立てる兎人に、シティはお冠だ。
しっかり狙いを定めた杖先に、冷たい青光が収束する。
「おいおい、冗談だ。それにいい加減あんたも――おや。お連れさんが呼んどるぞ」
指し示されたシティは一旦、老いた兎の処分を保留する。
「ババア、ババア! この鳥すげえ! 写真、撮っていいさ?」
いつの間にか取り出したカメラを両手に、ルシニウスが大声で叫んでいる。
「……景色くらいなら構わんさね。生き物は駄目だよ!」
撮影となると本当に元気だ。
苦笑しつつ、シティは答えた。
(よく人の身でここまで来れたものだわ……)
改めて、そう思う。
生半可な意志では来れない場所なのだ。
それなのに彼は――
笑顔で礼を告げてくる青年の姿に、滲み出す複雑な感情を。
程よい酸味のリンゴと一緒に、シティはそっと飲み込んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
オオハシ、とっても可愛いですね。
私自身もオオハシが大好きで、オオハシになれたらいいな…と思うくらいです。
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