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1. "最弱"と呼ばれた術師


戦乱の世。


国が興り、栄え、拡大し――

やがて争いに呑まれては、静かに消えていく。


そんな循環が幾度も繰り返されるなか、

山と海に抱かれた小国もまた、滅亡の淵にあった。


この国は、魔術の技において他国に勝っていた。

だが、優れた術師たちはすでに前線で散り、残されたのはごくわずか。


遂に、"最も臆病で力の弱い術師"が、戦場に呼び出された。

もはや誰も勝利を信じてはいなかった――

けれど、彼女は見事に敵軍を退けてみせた。


国王を筆頭に、国中が歓喜した。

凱旋の式典。

舞台の上に立つのは、黒のゴシックドレスをまとった、線の細い少女だった。


国王自らが爵位と勲章を授けるも、

彼女はおずおずと俯き、どう立っていればいいのかも分からぬ様子だった。


その足元では、色も形も異なる使い魔たちが、小さな主を護るように寄り添っていた。


彼女を知る者は皆、驚いた。


『あのグズで愚かなリオランが……?』

『嘘でしょ!? 魔塔"最弱"の術師よ?』


術師リオラン。

彼女は同期の間で"最弱"と有名な魔術師だったのだ。


戦闘訓練では体が震え、杖を取り落とす。

かといって、日常魔術が得意かといえばそうでもない。

術式を描いては消し、描いては消す。

慎重すぎる彼女は、絶対に不備があっては成らぬと、小さな術式1つの完成に膨大な時間をかけるのだ。


そんな彼女に依頼は来ない。

コミュ障でどもり、友人と呼べるのは動物だけ。

人付き合いの苦手な彼女は、魔塔を去り、山奥の小屋に引きこもった。


来客はなく、稀に恩師が安否確認に訪れるだけ。

黙々と山奥の小屋で、今日もひとり術式の研究に没頭するのだ。




◇ ◇ ◇ ◇


「まーたあなた、何も食べてないんじゃなぁい!?」


扉が勢いよく開かれ、埃まみれの小屋に光が射し込んだ。

魔塔の名誉教師、ビビアンは部屋の有様に深く嘆息する。


(やだ汚い。これじゃろくに寝てもないわね……)


白のブラウスが映える緋色の髪は三つ編みに。

赤色タイトスカートは、逞しい骨格ではちきれんばかり。


ヒールを響かせ部屋の中央に進んだ()は、バッグから口紅を取り出す。

そのまま床に膝をつき、流れるような手つきで紋様を描き始めた。


カッと方陣が光を放ち、部屋が眩く照らされる。

次の瞬間、汚れが消え、澄んだ空気が小窓から流れ込んだ。

きれい好きの彼が得意な、清浄の方陣だ。


明るくなった部屋を見回せば、暖炉の前に毛皮の塊が1つ。

ビビアンの接近に驚いたのか、鼠や兎が次々とそこから飛び出してきた。


「……あなたの主人にご飯を食べさせるの。どいてくれるかしら?」


小さく唸る灰色オオカミは、守るように塊に寄り添っている。

ビビアンが慎重に語りかけると、獣は渋々牙を収めた。


「……先生?」


ボロ毛布を剥ぎ取れば、白髪の少女が眠たげに目をこする。


「リオ、顔が赤いわよ。熱でもあるんじゃ――」


ボフン!


「――ちょっと!? 師匠のあたくしに幻影使うなんて!」


心配して額に触れた途端、教え子リオランが煙と共に消えてしまった。

驚きは直ぐに苛立ちとなり、ビビアンは早足で奥の部屋へ向かう。


開いた扉の先に、今度こそ本物のようだ。

布団の中で明かりもつけず、一心不乱に何かを書き殴っている。


「呆れた……。100歳のおばあちゃん? 死相が出てるわよ」


こちらの部屋にも浄化を施し、棚から使えそうな食器を見繕う。

全く、恩師が来たというのに顔も上げやしない。


「とりあえず飲みなさい……それで、まだあの子の翼をいじってるの?」


ビビアンはマグに口紅で小さく文字を刻み、差し出した。

リオランが受け取ると、湯気を立てたスープが現れる。



「……幻影じゃない」

「え? ああ。そっちの返事ね。それで?」


コミュ障を極めたリオランは、質問1つ返すのに時間がかかる。


「存在確率を二分した…先生が触れた時点で、偽物」

「……あっきれた。こんな田舎で、一体何に怯えてるのかしら」


臆病で常に"最悪"を想定するリオランは、常に準備に余念がない。


幻影とは異なる確率変動術。

実体を伴う分身を作り出す高度な術は――王室所属の術師が数人がかりで1週間は要する代物だ。


明らかにオーバースペック。

こんな山小屋で、一体何に備えるつもりなのだろう。


内心の呆れは脇に置き、ビビアンは弟子の手元を覗き込んだ。


「翼は順調?」


むむ、とリオランは困り顔。

右に左に視線が彷徨い、思案の末に「ん」と手の中の物を突き出した。



「ちょっと、説明諦めるんじゃないわよ。

誰とも話さないんだから、せめて今くらい喋りなさい。

じゃないと本当に人間の会話を忘れるわよ」


「物理……魔術的に力場を弄るほうが……ふう」


少し話しただけで息が切れたようだ。

それでも長年の付き合いだ。ビビアンには言いたいことが分かってしまう。


リオランの腕の中に抱かれていたのは、真っ黒なは虫類。

背には、未発達の小さな突起――翼の名残のようなものがあった。


「飛べないドラゴンなんて、お前も大変ね」


くるんとリオランの腕の中で身を丸めるは空の覇者――ドラゴンだ。

翼に異変があるために、この幼体は親に捨てられたのだろう。


びっこの灰色オオカミに、耳のない長耳ウサギ。

変色しないカメレオンに、時計回りに走り続けるハツカネズミ。

リオランの周りに集まるのは、怪我や病気、訳ありの生き物たちばかり。


臆病だけど優しい教え子は、そうした動物たちを出来るだけ手助けしてやっていた。


「それにしても、今回はドラゴンね。

随分とまた、とんでもない術を編み込んでるじゃない」


彼女の描く術式は、いつだって途方もない労力を要する。

今回もまた、常人では到底選択しない面倒な方法を採用したようだ。


「まあ様子は大体分かったけど。まずはスープを飲みなさい」


放っておけば、リオランは飢え死にしてしまうだろう。

研究馬鹿だが大切な教え子だ。


実用性はともかく――

同じ術師として、ビビアンは彼女の探究心を高く評価していた。


だからこそ、今日も山を登り、教え子に会いにやってくるのだ。




◇ ◇ ◇ ◇


「……あなたに、召集令状よ」


久しぶりに山小屋を訪れたビビアンは、硬い声で告げた。


「こんな、馬鹿げた戦争……。あなたは行かなくていい。あたくしが行く」


次々と戦場へ送られる教え子たち。

「私が代わりに」と名乗り出るも、癒やしと守りに特化したビビアンの出陣を、王宮は認めなかった。


若い未来ある子供たちが次々と失われていく。

せめて、最後に残ったこの臆病で優しい教え子だけは――守ってみせる。

ビビアンは強く決意していた。


「大丈夫」


ところが、リオランの返答に師は驚かされる。


「いっぱい……準備した」


その足は震えていたが、隣の岩オオカミに支えられ、しっかり前を向いていた。


「見て、先生。この子たちも来てくれる」


リオランが示した背後に、ビビアンは絶句した。


そこには――無数の小石が積まれていた。

ひとつひとつに、精緻な術式の刻まれたスクロール。


本来、スクロールとは日常のための簡易魔術。

発動は早いが威力は微々たるもの。


だが、術師の魔術と同等のものを作ることも不可能ではない。


――人生のすべてを、それだけに費やせば。



リオランが住む山そのものが、彼女の積み重ねた術式で埋め尽くされていたのだ。


そして異変は、それだけにとどまらなかった。

漆黒の衣装をまとうリオラン。


「あなた、その服……」


かつてビビアンが、身だしなみに無頓着な弟子に贈ったゴシックドレス。

その一張羅は、文字通り"魔改造"が施されていた。


「なんて密度なの……」


周りに集まる動物たちもそうだ。


怪我、病気、欠陥、障害――問題だらけのはずなのに、彼らから漂う尋常でない魔術の気配。



「この子たちが、怪我しないように……準備した」



儚げな少女の踏み出した一歩は、まるで巨人の歩みを連想させた。


凄まじい気迫を放つリオランを――


師はただ見送ることしかできなかった。






◇ ◇ ◇ ◇


"最強"術師リオラン。


彼女の参戦が、戦況を覆した。

千の使い魔が敵を追い返し、遂には敵国を滅ぼした。


しかし勢いは止まらない。



「世界を我が手中に」


国王は術師に命じた。


臆病で優しい術師は苦しんだ。


彼女は国を守りたかっただけだ。

無闇に人を傷つけたくない。



彼女は苦渋の決断を下した。




――後に"最強"と呼ばれるようになった、少女リオラン。


これが、"最強ババア"のはじまりの物語。






挿絵(By みてみん)





短編『最強ババアのティータイム』をお読みくださった皆さま、

長編版にも足を運んでいただき、本当にありがとうございます。


そして短編をまだご存じない方も、拙作に興味を持ってくださり感謝いたします。

本作は、長編単体でも十分にお楽しみいただける構成になっておりますが、

もしよろしければ、前日譚にあたる短編もぜひ覗いてみてください。

“今代”最強ババア・シティ(本作の主人公)とカメラ青年の出会いを描いた物語です。



次話より、主人公・シティが登場します。

全14話、最後の一杯のティータイムまで、どうぞお付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
短編の時点で面白かったですが。長編の1話目という導入部分でさらにぐいぐい引き込まれました! 描写が上手いので絵が浮かびやすく、世界観にしっかり浸ることができるなと感じました。 最強術師のリオランめっち…
長編版、楽しみに待っていました♪ これから連載開始とのこと。待っていた分だけとても嬉しいです。 ところでビビアンは、えぇっと……(彼って言葉に目をぱちぱち)
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