3-2
「そなたらが赤の呪術師が言っていた者たちか」
水目の街の首領は、白い髭を蓄えた恰幅のいい壮年だった。
広げた襟からは肌が覗き、かすかに鮮やかな刺青が見えた。
「私の娘を連れ戻してほしい。さすれば青鳥の羽をやろう」
水目の街の首領の娘は、十八歳。
許婚がいるにも関わらず、首領の部下の一人と駆け落ちをして、行方をくらましたそうだ。
すでに結納を済ませていたが、娘が男と逃げたため婚姻自体は破談になっている。
八方手を尽くしたが見つからず、赤の呪術師を頼ると阿緒たちが解決すると伝えたらしい。
無茶苦茶な話で、さすがの多津も言葉を失ってしまった。阿緒も寒凪も珍しく同じ気持ちで、沈黙が落ちる。
「できないのか?」
部屋の中のいるのは首領だけではなかった。屈強な男たちが数人控えている。その者たちが殺気を放ち、回答を待っている。
寒凪と多津で全員相手するのは至難の業で、阿緒を守りながらなどは到底無理だった。
「わかった。娘を連れ戻そう」
多津がそう口にして、やっと緊張が緩む。
娘の名前は瑠璃。赤毛に黒い瞳で十八歳。駆け落ちした男の名前は勘助。黒髪黒目、顔に傷がある男で背丈は寒凪と同じくらい。男の田舎は易那村で、既に捜索済。
それだけの情報のみを与えられ、三人は屋敷から送り出された。
「……ふざけるな。赤の呪術師」
屋敷から十分離れたところで、多津の怒りが爆発した。
断れない状況に追い込まれ、娘の探し出すことを約束させられた。
面識がない上、三人はこの国には詳しくない。
この街にいる可能性はないが、他の街にいるかも未確定だ。もしかしたら、どこか離れた村に潜伏しているか、どこかの森か山でひっそり暮らしているかもしれない。
無数の可能性があり、娘を探し出すのは困難だ。
「とりあえず近くの街か村まで行ってみましょう」
阿緒はどうしていいかわからず立ちすくみ、寒凪が多津に提案する。
彼は嫌そうに寒凪を見た後に溜息をついた。
「お前の意見などに乗りたくないが、それが一番無難だな」
そうして三人は水目の街を後にした。
本当は一晩ほどゆっくりしたいところだが、首領の配下が怒鳴り込んでくる可能性もあり、早々と街を離れることを選んだ。
移動は徒歩だ。
隣国の地図は入手済で、水目の街から一番近いところに娘の駆け落ち相手、勘助の出身の村があった。すでに捜索済だが、何か手がかりが得られるのではなないかと行き先を易那村に決めたのだ。もちろん、決めたのは多津だ。
森を抜けるのが最短だったが、森に入ってから三人は後悔した。
迷ったのだ。
「ああ、くそ。村なんて目指さなければよかった」
多津は怒りっぽいし、女にだらしないが、自身の失敗を人に擦り付けるようなことはしない。
なので自身の選択をひどく後悔していた。
「とりあえず、今日はここで休みましょう」
「そうですね。多津様。そうしましょう。夜の番は私がしますから」
野宿のことも考え、寒凪は敷物や天幕がわりのなるものを袋にいれて持ち歩いていた。
多津も疲れており、阿緒や寒凪につっかかることなく、二人の意見に頷く。
まずは火を起こそうと、寒凪は二人を置いて薪になる木の枝を探しに出かけた。
いろいろな状況でも阿緒を守れるようにと、彼はいろいろな知識を身に着けていた。阿緒と二人でそれこそ駆け落ちする夢をいただいたこともある。その時は自身を笑っていたが、こうしてその知識が役に立ち、馬鹿な夢も役に立つを自嘲した。
首領の娘瑠璃の駆け落ちの話を聞き、寒凪は心の中で勘助を詰った。
瑠璃のことを思えば、傍で支えるのが本当の愛だ。
寒凪はそう考えていたからだ。
だから彼は阿緒と、彼の愛する男で許婚の多津を守るために行動する。
「ほ、本当にいた!」
急に背後から声をかけられ、寒凪は驚いたが、行動は速かった。男の間合いにつめ、大木に男の体を叩きつける。
「貴様は誰だ!」
「ぼ、僕は勘助」
ーー
「赤の呪術師、あいつの手のひらで俺たちは遊ばれているのか」
寒凪は問答無用と、勘助を二人の元へ連れて行った。
探し人の一人である勘助を連れて戻った寒凪に、二人は驚くしかなかった。
勘助から事情を聞き、多津が漏らした言葉がそれだ。
駆け落ちは、赤の呪術師が手配したものであり、首領やその手下に見つからないように巧妙な隠れ家を用意された。
街で逢引していた瑠璃と勘助に声をかけてきたのが、赤の呪術師と名乗る男だった。
最初は信じなかった彼たちだが、不思議な術を見せられ信じるようになった。その上、駆け落ちを勧められ、手伝ってあげると言われ、瑠璃が乗った。勘助は瑠璃のことを心から愛していたが、彼女の生活を壊したくなかった。なので乗り気ではなかった。
しかし瑠璃に押し切られ、決行。
今に至る。
赤の呪術師から、もし瑠璃を元の場所に戻したくなったら、森に助けてくれる者がいるはずだと言われ、勘助は森に出てみた。今日で三回目で、これで見つからなければ、自分がどうなってもいいから、水目の街まで戻ろうと思っていたそうだ。
「どうして、勘助さんは瑠璃さんを元にもどしたいのですか?」
「そ、それは、お嬢様にもっとおいしいものを食べてもらい、元の生活に戻ってほしいからです。僕はお嬢様を幸せにできない。あんなに美しい手が傷ついていくのを見ると辛い。僕といなければもっと幸せになるのに」
勘助は俯いたまま、言葉を口にする。
「瑠璃さんは幸せじゃないんですか?」
「ええ。いつも笑顔を見せてくれますが、生活は苦しい。幸せではないはずです」
「そうだな。瑠璃は大変だろう。お前の決断は正しい」
阿緒が次の質問をする前に、多津が遮るように口を開く。
「瑠璃を連れ戻す。そう頼まれているんだ。お前はどうする?死んだと伝えてもいいぞ」
「いえ、僕は責任を取ります。瑠璃様の婚約が解消されたは僕のせいです。瑠璃様はもう十八歳。僕のせいで傷物のようになってしまったわけですから」
多津の提案を断った勘助。
保身を考えていない彼を寒凪は少し見直した。
しかし主人の未来を壊してしまった罪は重い。
「それでは瑠璃のところへ案内してもらおう」
「はい」