3-1
次の街は水目の街だった。
火烙から馬で四時間ほどの距離だ。
多津は町から出て寡黙であり、阿緒は何度か彼の顔色を窺ってしまった。
彼は阿緒の初恋の人であり、許婚だ。
彼のために、女性になる。
それが今回の旅の目的だ。
多津のため。
彼に愛され、子を産むため、女性の体を得たかった。
そうじゃない。
阿緒自身が女性になりたかったはずだ。
生まれてからずっと自身の性は女性だと思っていた。
体が男性のものだと知り、絶望した。
多津に拒否された時、死にたくなったくらいだ。
けれども、本当に女性になりたいのか。
旅に出て、男装の気軽さをしり、自身の体に対しての嫌悪感も少なくなっている気がした。
旅で会う人は阿緒へ笑顔を向けてくれる。
「阿緒様?」
寒凪に話しかけられ、阿緒は今が休憩中であることを思い出す。
馬は一か所で繋がれ、水辺で水を飲んでいる。
敷いた布の上に座り込んだまま、阿緒は考え事をしていたらしい。
「寒凪、ごめん。なに?」
「いえ、なに。大丈夫ですか?」
「うん」
寒凪の態度はいつも一緒だ。
彼が女性の姿をしていても、今の姿でも彼は同じ態度で、いつもそばにいてくれる。
多津は……。
阿緒は顔を上げ、多津を窺う。
彼は二人から離れた場所にいて、遠くを眺めていた。
酷く傷つけられたあの日から、多津は遠い存在になってしまった。
けれども多津への情はずっと同じ。
同じ?
阿緒は自問する。
多津と一緒に旅するのが楽しみだった。
確かに旅は楽しい。外の世界を知ることができて、阿緒はこの旅を心の底から喜んでいた。
けれどもそれは多津と一緒だからではない。
「阿緒」
ふいに多津がこちらを見て、名を呼ぶ。
胸が鳴る。
「ちょっと二人で話がしたい」
とっさに阿緒は寒凪を見てしまった。
寒凪は答えない。
「俺はお前の許婚だ。未来の夫だ。俺と二人で話したくないのか」
「い、いいえ。寒凪。少しだけ外してもらってもいい?」
「御意に。けれども、声が聞こえない距離まで離れるだけですから」
多津と話すことが怖かった。
けれども彼は未来の夫であり、拒否するのはおかしい。
だから阿緒は寒凪にそう頼む。
彼の心配げな視線がとても嬉しくて、泣きそうになった。
「阿緒」
寒凪が移動して、すぐに多津が近くやってきた。
触れそうな距離まで来て、阿緒の隣に座った。
「俺は、お前の許婚だ」
「はい」
「お前に一番近い男だ」
「……はい」
多津の言葉に最初に脳裏に浮かんだのは、寒凪。
けれども彼は違う。
一番近い男は未来の夫である、多津だ。
多津は阿緒の頬に触れる。
「肌がガサガサだ。お前の吸い付くような肌が好きだった。早く、女になってほしい。お前を抱く日が待ち遠しい」
多津は阿緒の頬、首筋を撫でた後、両手で頬を包む。
「お前は俺のものだ。阿緒」
多津の瞳は琥珀色だ。
光が入れば、太陽のようにキラキラ光る。
阿緒の深い青色の瞳を彼が射貫くように見ている。
多津にこんな風に見つめられたのは初めてで、鼓動が早まって、体が熱くなった。
「早く、女になってほしい」
多津の溜息交じりの言葉。
それは熱を帯びたものだったが、阿緒の熱情を冷ました。
彼は女性である阿緒を熱望している。
彼に愛されるためには女性にならなければならない。
わかっていたことで、今更言われても何も感じないはずだった。
けれどもその言葉は阿緒に冷静さを取り戻させた。
「はい」
静かに阿緒は答える。
旅の目的は女性になることだ。
多津のために。
ーー
水目の街の入り口には門番がいたが、紹介状や身分証明などを求められることはなかった。
けれども門番の一人が何かに気が付いたようで、もう一人の門番に囁く。
すると三人は足止めを食らうことになってしまった。
「首領に少年と男二人の一行を見たら、留め置くように言われておりまして……。こちらでお待ちください」
通されたのは門番の休憩場だ。
むさくるしい場所で、多津などはあからさまに顔を顰めている。
「赤の呪術師か。手配がいいことだな」
多津は嫌味を吐き、汗をぬぐう。
寒凪は阿緒の暑さを和らげようと扇子を使って、風を送る。
「寒凪。俺にも頼む」
阿緒の隣に移動して、多津が笑って頼む。
優越感たっぷりの嫌らしい笑みだ。
この笑みには慣れている。けれどもいらっとするのは変わらない。顔色には出さないようにして、寒凪は二人に対して、風を送る。
「ご客人。待たせましたかな?」
現れたのは初老の老人で、腰が曲がっており、三人を見上げる。
「俺は多津だ。あなたは水目の首領の使い者か?」
「はい。そうですよ。多津様。それに、阿緒様に寒凪様でしたかな?こちらは暑いでしょう。屋敷へご案内します。門番どの。ご苦労でした。首領から後で謝礼が届きますから」
「あ、ありがとうございます!」
門番の一人が深々と頭を下げ、老人と三人は門番の小屋から遠ざかる。
「籠を用意させました。もう年なので歩くのは疲れるのですよ」
老人がトントンと腰を叩き、四台ならんだ籠を示す。
籠には屈強な男たちが二人ずつ付いている。
「御仁。安全なのでしょうか?」
寒凪が珍しくすぐに問いかけた。
「もちろんですとも。私の命をかけてもいい」
「ありがとうございます」
老人の眼に一瞬だけ強い光が帯び、寒凪は警戒した。けれどもすぐに警戒を解く。今のところ争う理由がないのだ。命を懸けると宣言した以上、悪いこともないだろう。
寒凪がそう判断し、老人が籠に乗り込むと、多津は二台目へ、阿緒が三台目の籠に乗る。
「阿緒様、何かあれば声をあげてください。私は直ぐ後ろにいます」
本来ならば寒凪は籠に乗らつもりはなかった。しかし老人に問いかけた以上、乗らないことは無礼に当たる。
しかたないので、寒凪は四台目の籠に乗り、一行は動き始めた。




