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【BL】巳山のお姫様は何を願う。  作者: ありま氷炎
水目(みずもく)の街
8/11

3-1

 次の街は水目みずもくの街だった。

 火烙から馬で四時間ほどの距離だ。


 多津は町から出て寡黙であり、阿緒は何度か彼の顔色を窺ってしまった。

 彼は阿緒の初恋の人であり、許婚だ。

 彼のために、女性になる。

 それが今回の旅の目的だ。


 多津のため。

 彼に愛され、子を産むため、女性の体を得たかった。


 そうじゃない。

 阿緒自身が女性になりたかったはずだ。

 生まれてからずっと自身の性は女性だと思っていた。

 体が男性のものだと知り、絶望した。

 多津に拒否された時、死にたくなったくらいだ。


 けれども、本当に女性になりたいのか。

 旅に出て、男装の気軽さをしり、自身の体に対しての嫌悪感も少なくなっている気がした。

 旅で会う人は阿緒へ笑顔を向けてくれる。


「阿緒様?」


 寒凪に話しかけられ、阿緒は今が休憩中であることを思い出す。

 馬は一か所で繋がれ、水辺で水を飲んでいる。

 敷いた布の上に座り込んだまま、阿緒は考え事をしていたらしい。


「寒凪、ごめん。なに?」

「いえ、なに。大丈夫ですか?」

「うん」


 寒凪の態度はいつも一緒だ。

 彼が女性の姿をしていても、今の姿でも彼は同じ態度で、いつもそばにいてくれる。

 多津は……。

 阿緒は顔を上げ、多津を窺う。

 彼は二人から離れた場所にいて、遠くを眺めていた。

 酷く傷つけられたあの日から、多津は遠い存在になってしまった。

 けれども多津への情はずっと同じ。

 同じ?

 阿緒は自問する。

 多津と一緒に旅するのが楽しみだった。

 確かに旅は楽しい。外の世界を知ることができて、阿緒はこの旅を心の底から喜んでいた。

 けれどもそれは多津と一緒だからではない。


「阿緒」


 ふいに多津がこちらを見て、名を呼ぶ。

 胸が鳴る。


「ちょっと二人で話がしたい」


 とっさに阿緒は寒凪を見てしまった。

 寒凪は答えない。


「俺はお前の許婚だ。未来の夫だ。俺と二人で話したくないのか」

「い、いいえ。寒凪。少しだけ外してもらってもいい?」

「御意に。けれども、声が聞こえない距離まで離れるだけですから」


 多津と話すことが怖かった。

 けれども彼は未来の夫であり、拒否するのはおかしい。

 だから阿緒は寒凪にそう頼む。

 彼の心配げな視線がとても嬉しくて、泣きそうになった。


「阿緒」


 寒凪が移動して、すぐに多津が近くやってきた。

 触れそうな距離まで来て、阿緒の隣に座った。


「俺は、お前の許婚だ」

「はい」

「お前に一番近い男だ」

「……はい」


 多津の言葉に最初に脳裏に浮かんだのは、寒凪。

 けれども彼は違う。

 一番近い男は未来の夫である、多津だ。

 多津は阿緒の頬に触れる。


「肌がガサガサだ。お前の吸い付くような肌が好きだった。早く、女になってほしい。お前を抱く日が待ち遠しい」


 多津は阿緒の頬、首筋を撫でた後、両手で頬を包む。


「お前は俺のものだ。阿緒」


 多津の瞳は琥珀色だ。

 光が入れば、太陽のようにキラキラ光る。

 阿緒の深い青色の瞳を彼が射貫くように見ている。

 多津にこんな風に見つめられたのは初めてで、鼓動が早まって、体が熱くなった。

 

「早く、女になってほしい」


 多津の溜息交じりの言葉。

 それは熱を帯びたものだったが、阿緒の熱情を冷ました。

 彼は女性である阿緒を熱望している。

 彼に愛されるためには女性にならなければならない。

 わかっていたことで、今更言われても何も感じないはずだった。

 けれどもその言葉は阿緒に冷静さを取り戻させた。


「はい」


 静かに阿緒は答える。

 旅の目的は女性になることだ。

 多津のために。


ーー


 水目の街の入り口には門番がいたが、紹介状や身分証明などを求められることはなかった。

 けれども門番の一人が何かに気が付いたようで、もう一人の門番に囁く。

 すると三人は足止めを食らうことになってしまった。


「首領に少年と男二人の一行を見たら、留め置くように言われておりまして……。こちらでお待ちください」


 通されたのは門番の休憩場だ。

 むさくるしい場所で、多津などはあからさまに顔を顰めている。

 

「赤の呪術師か。手配がいいことだな」

 

 多津は嫌味を吐き、汗をぬぐう。

 寒凪は阿緒の暑さを和らげようと扇子を使って、風を送る。


「寒凪。俺にも頼む」


 阿緒の隣に移動して、多津が笑って頼む。

 優越感たっぷりの嫌らしい笑みだ。

 この笑みには慣れている。けれどもいらっとするのは変わらない。顔色には出さないようにして、寒凪は二人に対して、風を送る。


「ご客人。待たせましたかな?」


 現れたのは初老の老人で、腰が曲がっており、三人を見上げる。


「俺は多津だ。あなたは水目の首領の使い者か?」

「はい。そうですよ。多津様。それに、阿緒様に寒凪様でしたかな?こちらは暑いでしょう。屋敷へご案内します。門番どの。ご苦労でした。首領から後で謝礼が届きますから」

「あ、ありがとうございます!」


 門番の一人が深々と頭を下げ、老人と三人は門番の小屋から遠ざかる。


「籠を用意させました。もう年なので歩くのは疲れるのですよ」


 老人がトントンと腰を叩き、四台ならんだ籠を示す。

 籠には屈強な男たちが二人ずつ付いている。


「御仁。安全なのでしょうか?」


 寒凪が珍しくすぐに問いかけた。


「もちろんですとも。私の命をかけてもいい」

「ありがとうございます」


 老人の眼に一瞬だけ強い光が帯び、寒凪は警戒した。けれどもすぐに警戒を解く。今のところ争う理由がないのだ。命を懸けると宣言した以上、悪いこともないだろう。

 寒凪がそう判断し、老人が籠に乗り込むと、多津は二台目へ、阿緒が三台目の籠に乗る。


「阿緒様、何かあれば声をあげてください。私は直ぐ後ろにいます」


 本来ならば寒凪は籠に乗らつもりはなかった。しかし老人に問いかけた以上、乗らないことは無礼に当たる。

 しかたないので、寒凪は四台目の籠に乗り、一行は動き始めた。


 


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