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「じゃあね、多津」
行為を終わらせると、着物を身に着け椿は直ぐに姿を消した。
しばらく呆然としていた多津だが、窓から差し込む日差しで、かなりの時間が経過していたことを悟り、すぐに布団から体を起こした。
宿の清算を済ませて、玄関を抜けると、すでに日は傾きかけている。
多津は足早に、今朝阿緒たちと食事をとった宿に向かう。
さすがに彼も少しだけ罪悪感を感じていた。
「白、猫?」
前を白い物体が横切った。
成城からの情報では毛皮は白、目の色は赤だ。
多津は猫を追った。
ーー
「また白い猫」
「追いかけます。阿緒様」
「うん」
寒凪に問われたことは、抱いてもいいかだ。
これで二回目なので、聞き返さなくても阿緒にはわかった。
寒凪は彼を抱きかかえ、走り出す。
阿緒は邪魔にならないように、視線は猫に向けているが、口は閉じた。話しかけるのは邪魔だし、自身が舌を噛んでしまうことがあっては元も子もない。
今度は赤い瞳の猫であることを願いつつ、寒凪の腕の中でじっとしている。
寒凪は腕の中で縮こまっている阿緒が愛おしくたまらなかった。幼馴染でもありお世話役なので彼に触れることは日常茶飯事だ。けれどもこうして腕の中に抱きしめていると、彼のすべてを手に入れた気持ちになり妙な高揚感があった。
「阿緒、寒凪?!」
突然横道から人が現れた。
それは多津であり、寒凪の腕の中の阿緒を見ると顔を顰めた。
「寒凪。私が阿緒を抱えよう。お前が猫の後を追え」
それはとても建設的な意見だった。
「私も追いかけたい。多津、すみません」
それは阿緒の初めての多津への口答えだったかもしれない。
多津は顔をゆがめたが、阿緒がその醜悪な顔を見る前に、寒凪は走り出していた。
「寒凪!」
多津が追えないほどの速さで彼は走った。
阿緒を抱えた状態なのだが、寒凪は速かった。
寒凪を掴む阿緒の手の力が強まる。
それは信頼の証のようで、寒凪の気持ちは高揚していた。
白い猫は袋小路に迷い込み、奥で立ち止まり、こちらを待っていたかのように眺めていた。その瞳は真っ赤で泣いているようにも見える。
寒凪は足を止める。
「寒凪、降ろして」
「はい」
温もりが失われるのを惜しみながら、寒凪はゆっくりと阿緒を地面に降ろす。
「由愛。由愛だよね。暮葉様が待ってるよ。帰ろう」
阿緒は静かに猫に近づきながら言葉を紡ぐ。
猫、由愛はにゃーんと鳴くと、阿緒に近づく。
脅かさないように阿緒は腰をかがめ、猫を抱いた。
由愛はまるで阿緒のことをずっと前から知っているかのように、抵抗することもなく、その腕の中に収まった。
「捕まえた。これで宝木の実をもらえる。ね、寒凪」
「はい」
目的を達成することは嬉しい。
けれどもそれは旅の終わりを意味する。
阿緒が女性になれるのかはまだ未定だが、女性になれば確実に多津の元へ嫁ぐことになる。そうすれば彼に触れることなどできなくなるかもしれない。
そう思うと、寒凪の気持ちは落ち込んでいく。
けれども阿緒にそのような顔を見せるわけにもいかず、いつもの無表情で頷いた。
「猫確保か。赤い目、由愛に間違いないだろう」
追いかけるのをやめたらしく、道の途中で待っていた多津を二人と一匹は合流した。
由愛は多津のことが嫌いなのか、彼が近づくと毛を逆立てる。
これで逃がしたら、苦労が無になる。
なので、多津は阿緒から離れた歩いた。
寒凪は阿緒の護衛なので彼の傍につく。
由愛は寒凪には拒否反応を示さず、多津は苛立ちを募らせていた。
ーー
「よくやったぞ!由愛会いたかったぞ!」
丹崎の屋敷にたどり着くと、三人と猫は直ぐに中にいれてもらえた。
これは由愛のおかげか、それとも阿緒たちの顔を覚えられていたか、どちらかだろう。
客間でしばらく待たされるとすぐに丹崎の当主の暮葉と成城がやってきた。
猫を一目見るなり、暮葉は阿緒のところへ駆け寄る。
由愛もすぐに阿緒の腕の中からすり抜け、暮葉の元へ駆けていった。
一人と一匹の熱烈な再会が阿緒たちと成城の間で繰り広げられる。
猫とじゃれている様子は年相応の姿であった。
成城は暮葉のことを目を細めて眺めていて、それを寒凪に見られているを悟ると、にたりと笑みを浮かべた。
同族に笑いかけるような嫌な笑みだと寒凪は無視を決め、視線を阿緒に向ける。
阿緒は微笑みながら暮葉と由愛の姿を見守っていた。
寒凪は阿緒のその姿に癒され、いっときの間見惚れていた。
なので、背後でどす黒い感情を燃やしている多津に気が付かなかった。
感動の再会を終えた後、成城から褒美の宝木の実を渡される。
宝木の実は胡桃とよく似ていたが、色が真っ赤で不気味な実だった。




