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「こちらで待っててね」
成城は三人を応接間に通した後、部屋から出ていく。
部屋の奥、上座は畳二つ分ほど高く作られていた。
そこから少し離れたところに、座布団が三つ置かれ、多津がまず乱暴に座り込んだ。
「疲れたな。一体なんなんだ。あいつは」
「多津、傷は痛みますか?」
投げ飛ばされた時に怪我をしたのではないかと、今更ながら阿緒は尋ねる。
「大丈夫だ。阿緒。あれくらいで怪我はしない」
多津にとって面子は大事なものだ。
何事もなかったように笑うが、寒凪は彼が少し腕を痛めていることに気が付いていた。擦り傷か軽い打撲程度のはずだと、わざわざ彼は指摘しなかった。
「阿緒も座れ。疲れただろう?」
「はい」
多津の気遣いが嬉しくて、阿緒は頷き、寒凪を見上げる。
「立っているほうが無礼かもしれませんね。私はお二人の後ろに座らせていただきます」
成城は当主を呼びにいっているはずだった。
それならば上座に座るのは当主。
上座から少し離れた場所に主君である阿緒とその隣には許婚である多津が座る。
従者である自分が二人の後ろに座るべきだろう、と寒凪は阿緒の背後に回る。
阿緒は一瞬だけ戸惑いを見せたが、多津の隣の座布団に座り、寒凪はその背後に腰を下ろす。
そして間を合わせたように、部屋の襖が開かれた。
ーー
「わかったな。わしの愛しい由愛を探すのだ。さすれば、宝木の実をやろう」
上座の上で偉そうに踏ん反りかえっているのは、幼児だった。
年齢不詳、しかし五、六歳程度だろう。
男の童が上座に座り、扇子を振り回している。
成城と共に現れた童は第五十代目の丹崎の当主・暮葉と名乗った。なぜかその年で当主なのかは説明されなかったが、前当主に何かがあり、彼が後を継いだのは確実だろう。
成城自身も自己紹介などしていないが、彼が後見人のような立場にいるのは明らかだった。
「さあ、由愛ちゃんを探してきてね。そうすればお館様がご褒美に宝木の実をあげるから」
「すぐ探してくるのだぞ。もう三日も探しているが、まだ見つからない。心配だ。頼むぞ!」
由愛、名前から女性であろう。
姉や妹ではないのは確かだ。成城が「ちゃん」付で呼ぶということは、彼より身分が低いものだろう。
幼馴染かなにかと寒凪は予想していた。
人探しは、探し人の特徴を知るのが一番大事だ。
もう少し情報が欲しいとおもったところで、多津が質問した。
「由愛というのは何歳くらいの女だ?」
「女、女とな。わしが女を探してるのだと思ったのか?」
なぜかその質問は気に食わなかったらしい。
童、暮葉がぷりぷり怒りながら質問を返す。
「あ、あの、お名前が女性らしかったので、そう思ったのです。男性なのですか?」
阿緒が珍しく口を挟む、寒凪も多津も驚いて彼を見つめる。
二人に見られて、阿緒は頬を染めたが俯くことはしなかった。
寒凪は、阿緒の変化が嬉しかったが、多津は逆で阿緒が堂々と発言したことが気に食わなかった。彼の中で、阿緒はいつまでも庇護対象で、おどおどと自分の後ろに隠れているような存在だったからだ。
「ほほー。男性とな。違うな」
当主の暮葉は大笑いして答える。
三人は途方にくれるしかなかった。女でも男でもない由愛、それは何なのか?
「いやいや、お馬鹿さんたちだね。由愛ちゃんは猫。お館様の愛猫ちゃん。さあ、質問は十分だね。さっさと探していって。早く褒美が欲しいでしょ?」
「最後の一つだけ教えてください。何色の猫でしょうか?」
「白だよ。ちなみに目の色は赤。さて、いってらっしゃい!」
「頼んだぞ。三日もいないのだ」
寒凪が最後の質問をして、三人は屋敷を追い出された。
「手の上で遊ばれている気分だ」
成城に投げ飛ばされてから大人しくしていた多津が口を開く。
「阿緒。こんなややこしいいことになるとは思わなかった。すまない」
「多津。謝ることはありません。私はとても嬉しいのです。こうして外に出歩くことなんて、できませんでしたから」
「……そうか、そうなんだな」
多津は阿緒の笑顔に見惚れたように一瞬動きを止めた後、苦笑した。
寒凪は二人のやり取りを背後で見ながら、もやもやする思いを抱える。
「三人一緒に探すのは効率が悪いだろう。俺は一人で、阿緒と寒凪の二手に分かれるのはどうだ」
「そうしましょう」
寒凪は阿緒の返事を待たず、即答する。
阿緒は静かにうなずいた。
そうして三人は二手に分かれて暮葉の愛猫・由愛を探すことになった。
多津は一人になって、ほっとしていた。
男装の阿緒はいつもと違うように見えるし、毎回殺気のこもった視線で寒凪に見られるのはいい気持ちではないからだ。
本当は同行などするつもりはなかった。
けれども、阿緒と寒凪のやりとりを港街で聞き、なんだか嫌な予感がしたのだ。屋敷に閉じこもっていた箱入り娘だった阿緒。
旅に出てから、彼は少しずつ変わっていっているように思えた。
多津が求めているのは大人しい自分の思い通りになる女だ。
阿緒は理想だったが、体が男だ。
赤の呪術師がすぐに阿緒の体を変えてくれると思っていたが肩透かしを食らった。
まさかこのような旅になるとは予想外だった。
阿緒の少年姿は好きではない。
彼の性が男であることを思い知らされるからだ。
しかし、今は彼の少年姿にも馴れてきて、その笑顔に時折目を奪われることもある。
多津は女が好きだ。
同性が好きな男もいる。その存在を知っている。
しかし自身は違う。
多津は自分の気持ちに整理をつけたくて、一人で猫を探すことを選んだ。