4-1
旅の終点、枦木の村。
瑠璃たちから青鳥の羽を受け取った後、三人は水目の街に戻るわけにもいかず、警戒しながら旅を進めた。
地図上、徒歩では三日ほどかかるはずだったのだが、濃霧を抜けた先に、その村はあった。
さびれた木版に、枦木の村と書かれていた。
「これも赤の呪術師の仕業か」
「そうでしょうね」
多津に返したのは、寒凪だ。
阿緒は瑠璃たちと別れてから、口数を減らし、寒凪の着物の端を子供のように掴んでいた。
多津はそれを見ないふりをしていたが、枦木の村の文字を見てから耐えれなくなった。
「阿緒。どうしたんだ?寒凪の着物をずっと掴んでいただろう?」
「そうでしたか?すみません」
阿緒は無意識だったのか、そう答えて、すぐに寒凪の着物から手を放した。
「よく来たね。皆さん」
「つ、椿?!」
村の入り口で待っていたのは、多津の愛人の椿だった。
「なぜ、お前がここにいる?」
「そんなの決まってるでしょう。私が赤の呪術師だからよ」
「お前が?!お前は女だろう?」
「そう見える?これは?」
椿はそう言うと、姿を変えた。
身長が伸びて、顔立ちが男らしくなる。骨格も女性ではなく、男性のものに変わり、顔立ちが整った男がそこにいた。
「……だましたな!お前、男だったのか!」
「多津。落ち着いて。阿緒ちゃんも寒凪くんも驚いているじゃない。私は別にだましてないわ。あんたといる椿は正真正銘女だった。今の私、赤の呪術師の私は男だけどね」
「くそっつ!」
多津は椿、もとい赤の呪術師につかみかかった。
しかし、彼は多津をあしらい、その耳元で何か囁く。
すると人形のように多津は動きをとめ、崩れ落ちた。それを抱きとめたのは赤の呪術師だ。
「さあ、阿緒ちゃん、寒凪くん。うるさいのを黙らせたから、お話しようか。美味しいお茶もお菓子も用意してあるから」
さびれた村の中の奥の一軒家、そこに赤の呪術師は二人を案内する。多津は彼が荷物のように背負っていた。
ーー
家に入るとそこは別空間だった。
これまで案内されてきた首領たちの客間よりも広い場所に、机が置かれていた。
そこに大福餅が載った皿が四つある。
「この辺で寝ていてもらいましょう」
多津の体を部屋の隅に横たえてから、赤の呪術師は二人に座るように促す。座布団は彼の着物を同じ赤色、けれどもケバケバしくない落ち着いたものだった。
「阿緒ちゃん、旅は楽しかった?」
「はい」
阿緒は警戒心をほとんど見せず、素直にうなずく。
多津とのやり取りから、赤の呪術師の女性の姿、椿が多津の愛人であったことがわかった。けれども阿緒の心は落ち着いていた。
「本当に楽しかったようだね。よかった。多津から話を聞いて、本当、どうにかしたいって思ったの。よかった」
「はい」
赤の呪術師の言葉の意味を完全に理解できているか、阿緒は自信がなかった。けれどもこの旅の中で彼は大切なものを思い出した。
「寒凪くんは、まだみたいだね。真面目だからかな」
「まだ、だとは?」
寒凪は赤の呪術師の言葉の意味がまったく理解できなかった。
「さて、阿緒ちゃん。宝木の実と青鳥の羽をください」
「はい。寒凪」
「はい」
阿緒に請われて、大切なものは寒凪が保管していた。
小さな袋を取り出して、寒凪は赤の呪術師に渡す。
「宝木の実に、青鳥の羽。確かに受け取ったよ」
「ありがとうごさいます」
阿緒と寒凪は同時に二人でお礼を言う。
「阿緒ちゃん、女性の体になりたい?」
赤の呪術師の問い。
阿緒はそのためにきた。
けれども彼は答えらなかった。
今の自分が好きになっていたからだ。
女性になれば、多津に嫁ぎ、屋敷に閉じ込められる生活が始まる。
そんな生活に戻りたくない、阿緒は切実にそう思うようになっていた。
「やっぱりお屋敷に戻るのは嫌だよね」
「はい」
「阿緒様?」
寒凪は赤の呪術師の問いにも阿緒の返事にも驚いた。
「寒凪くん。覚悟を決めなさい。阿緒ちゃんは男のままであることを選んだ。そうなると多津とは結ばれないよね。それか不幸な結婚か。寒凪くんはそれでいいの?」
「よくありません。だから阿緒様を女性に」
「阿緒ちゃんが望んでなくても?」
「阿緒様?」
「寒凪。ごめんなさい。私は今のこの私が好きになった。身軽な自分が。何も気にせず、自由に食事もできる。このままでいたい」
阿緒は涙を目にためながら、寒凪に訴える。
「寒凪。こんな私だけど、ずっと一緒にいて。これからも一緒に」
「阿緒様!」
寒凪は今すぐ阿緒を抱きしめたい気持ちに駆られながらも堪える。
「阿緒様。本当にいいのですか?」
「うん。瑠璃さんを見て思ったんだ。私も幸せになりたい。私の幸せは寒凪と一緒にいることなんだって」
「阿緒様!」
今まで堰き止めていた気持ちが一気に流れ出す。
寒凪は阿緒を抱きしめていた。
「寒凪」
阿緒は寒凪の腕の中で恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに微笑む。
「阿緒ちゃん、幸せそう。よかった。よかった」
「あ、あの赤の呪術師様、ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちかもしれないよ。阿緒ちゃん」
「はい?」
「多津は私がもらうから。もう体の相性ばっちりで、離したくなかったのよね。だけど、彼は阿緒ちゃんの許婚でしょ?しかもこいつ、阿緒ちゃんに執着しまくりで。でもこの旅で彼も変わったみたいでよかったわ」
赤の呪術師はけらけらを笑いながらとんでもないことを言う。
「……赤の呪術師様。多津をどうするのですか?」
「飼う」
「飼う?!」
阿緒と寒凪は同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「メロメロに甘やかせて、私がいなきゃダメな子に作り替えるの。おもしろそうでしょ?」
赤の呪術師の言葉に阿緒は青ざめ、寒凪はざまあ見ろと思った。
「あの、それって」
「阿緒様。多津様は赤の呪術師の女性の姿を大変好まれていましたし、多分お幸せになるのではないでしょうか?」
「寒凪くん、いいこと言うね」
「そうかな」
「そうですよ」
「そうよ。阿緒ちゃん。多津は私が幸せにするから安心して。二人には新居を用意してあげるわ。当て腐れがないように、死体を作って、実家に送り届けるから、もう自由よ。安心して。瑠璃たちのことも私が手を尽くすから安心していいわよ」
「あ、ありがとうございます!」
阿緒は心の底からお礼をいい、寒凪はあまり考えないようにした。
「阿緒様」
「なに寒凪?」
二人は唇を重ね、抱きしめ合う。
「ずっと好きでした。これからもそれは変わらないでしょう」
「ありがとう。私も寒凪が大好きだよ」
こうして、阿緒は性にこだわらない自分の幸せを見つけ、新天地で寒凪と二人で生活を始めた。苦労はあったが、その分楽しみも多かった。
(了)




