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「裏切り者!どうして、どうしてなの!」
勘助が声をかけ、瑠璃が戸を開けた。
彼女の笑顔は阿緒たちの顔を見てから、一気に絶望の色に染まった。
それから多津から屋敷に戻ることを聞かされ、彼は勘助を詰り始めた。
「私は勘助と一緒に暮らして、とても楽しかったのに。あなたもそう言っていたでしょう?どうして?どうして私を捨てるの?」
「捨てるなんてとんでもない!僕と一緒にいたら瑠璃様は不幸になってしまう。それが嫌で堪らないのです!」
「不幸?どこか?私はとっても今楽しいのに。こんなに開放的な気持ちになったのは初めて。あなたと一緒にいてとても幸せなの。だから、捨てないで!」
「瑠璃様!捨てるのではありません。お屋敷で幸せになってください」
「幸せになるわけないじゃない!好きでもない人と結婚させられるのよ?どんな扱いをされるか。一回婚約が破談になった私に来る縁談なんて、とんでもないものばかりに決まってる。勘助は私を不幸にしたいの?そうなのね!恨んでいるの?駆け落ちに誘ったこと?そうよね」
「違います!そんなこと絶対。僕は瑠璃様と生活できて夢のようでした」
二人のやり取りを多津はつまらなさそうに聞いてたが、阿緒と寒凪は違った。二人の立場が理解できたのだ。
寒凪は勘助の気持ちに沿い、瑠璃が怒りを納めてくれることを祈った。阿緒はなぜ勘助が瑠璃の気持ちを理解しないのかわからなかった。
「瑠璃。お前の手は荒れてるし、髪もぼさぼさ。こんな生活しているからだ。屋敷にもどれば元のお姫様のような生活ができるんだ。うだうだ行ってないで、戻るぞ」
多津がしびれを切らしてそう言うと、瑠璃が駆け出した。
「逃げるのか!」
「瑠璃様!」
「瑠璃さん!」
四人は瑠璃の後を追う。
箱入り娘だった瑠璃に追いつくのは簡単だった。
しかし彼女が立っている場所が問題だった。
崖の端にたち、こちらを睨んでいた。
「屋敷に戻るくらいなら、死ぬ。もう嫌なの。勘助!お願い。ここで一緒に暮らして。それが私の幸せなの」
「瑠璃様。馬鹿なことはやめてください。僕と暮らすことが幸せなんてそんなことあり得ない」
「わかってくれないのね。いいわ。勘助」
瑠璃は迷うことなく、崖から飛び降りる。
「瑠璃様!」
勘助は駆け出し、瑠璃の後を追って飛び降りた。
「そんな!」
「嘘だろう」
三人は崖の縁まで行き、下を見る。
川が広がっていた。
「降りましょう。もしかしたら、助かっているかもしれません」
「うん」
「ああ」
寒凪の言葉に阿緒も多津も頷き、三人は崖の下まで降りた。
「息があります」
「生きてる。まじか」
二人は折り重なるように川岸に倒れていた。
寒凪はまずは呼吸を確認した。
二人はしっかり呼吸をしていて、外傷が見当たらなかった。
崖から落ちて無傷などありえないことだった。
「もしかして!」
阿緒はある可能性に至って、川から崖の周りを見上げる。
すると赤い着物を見た気がした。
「あれ!」
阿緒の声に反応して、寒凪と多津が顔を上げるがすでに姿を消した後だった。
「何か見たのですか?」
「赤い着物を見た。もしかしたら赤の呪術師かもしれない」
「赤だから、赤の呪術師?そんな単純、」
多津は言いかけて言葉を止める。
赤の呪術師がここにいて、二人の落下に対して何かしら呪術を使ったのであれば、無傷なのも納得いくからだ。
「くそっつ。どこに行きやがって。赤の呪術師!」
屈んでいた多津が立ち上がり、崖に向かって叫ぶ。
しかし彼の声が反響しただけだった。
「とりあえず二人を小屋に運びます」
「うん。そうだね。私も手伝う」
「阿緒には無理だろう。俺が瑠璃を担ぐ。寒凪、お前は勘助だ」
「ありがとうございます」
多津が手伝ってくれることを意外に思いながら、寒凪はお礼を伝えた。
それに対して、多津は鼻を鳴らして答えるだけだった。
ーー
「私は瑠璃さんをお屋敷に連れ戻したくありません」
「だが、青鳥の羽は手に入らないぞ。しかもあの連中、俺たちを追いかけてくるはずだ」
二人を小屋に運び、着替えを済ませた。
阿緒が瑠璃の着替えを手伝い、その女性らしい体を見て、自身の体と比べてしまった。しかし以前と違い、焦燥感はなかった。
自分の体は男性のそれだ。いくら頑張っても骨格などは異なる。それは事実だ。
以前の自分であれば落ち込んだ事実だが、今の阿緒はそれを冷静に受け止めていた。
勘助の着替えは、多津が野郎の体を見ても面白くないと言い切ったことで、寒凪がすることになった。寒凪も興味など微塵もないが誰からが着替えさせなければならない。阿緒に他の男の体など見てほしくなかった。
将来多津と寝所を共にすることは理解していたが、今はまだ誰にも汚されない阿緒でいてほしかったのだ。
着替えを終わらせてから、今後の話になった。
阿緒と多津の意見は食い違う。
阿緒が己の意識をはっきり口にしたのは、これで二回目。
多津は面食らいながら、阿緒を説得しようと試みていた。
「寒凪、お前もそう思うだろう」
「はい」
「寒凪」
阿緒が恨めしそうに寒凪を睨む。
そんな顔も可愛いと思いつつ、表情は変えない。
「阿緒様、」
「青鳥の羽なら私が持ってるわ!」
眠っていたと思っていた瑠璃が、三人の話に割り込んできた。
その手には青い羽根が掴まれている。
「これをあげるから、お願い。私と勘助のこと誰にも言わないで」
「瑠璃様……」
勘助も起きたらしく、よろよろと瑠璃の隣に立っていた。
「勘助。私を捨てるというなら、私は死を選ぶ。だから捨てないで。お願い」
「瑠璃様。なぜですか?僕と暮らしてもあなたは幸せになれないのに」
「なぜそう思うの?」
「あなたの手、そんなに傷ついて。その髪も艶をなくして」
「勘助は私の綺麗な手と髪が好きだったのね。今の私は醜い?」
「そんなことはありません!」
「だったらなぜ?」
「僕はあなたに苦労をさせているのが忍びないのです。あなたはお姫様なのに」
「お姫様?囚われのね。あんな生活、ちっとも楽しくなかったわ。今はとても楽しいの。勘助のおかげで」
「……本当ですか?」
「本当よ」
瑠璃は積極的な女性らしく、勘助に抱き着く。勘助は顔を真っ赤にしてうろたえていた。
「多津。二人をこのままにしておきたいのです。だからお願いします」
「できるわけないだろう?青鳥の羽を瑠璃からもらうとして、追手はどうするんだ?お前もそう思うだろう?寒凪」
「……追手は私がどうにかしましょう。密室であれば難しかったですが、追ってくるのであれば対処方法もあります」
「寒凪!」
阿緒は考えを変えてくれた寒凪に笑顔を向ける。
「ああ、くそ。寒凪がやってくれるならいい。どうせ、青鳥の羽が手に入れば、後は赤の呪術師に会うだけだしな」
多津も考えを変えるしかなく、忌々しく呟いた。
「ありがとうございます。多津」
阿緒は多津にも笑顔を向け、彼は明後日の方向を眺めた。




