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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法少女の死に方

作者: 池上さゆり

 世界に絶望していた。助けを求めても助けてくれない大人。見ているだけで絶対に関わろうとしない同級生。助けての声が届かない高校という小さな世界の中で、私は生きる限界を迎えていた。職員室からバレないように盗んできた屋上の鍵で、立入禁止の先に進んだ。屋上のフェンス越しに生徒の下校を一通り眺めたあと、夜が訪れるのを待っていた。

 気づいたら眠ってしまっていたようで、目が覚めると体の節々が痛かった。立ち上がり、空を見上げると星がまだらに輝いていた。そんな都合よく、最後に美しい星空の一つも見せてくれるわけがないかと小さなため息をつく。よし、と少しだけ意気込んでフェンスを足をかける。その向こう側、足場としては三十センチほどしかないところに踏み入る。フェンスに背を向け、下を見ると心臓がギュッと縮むような痛みを感じた。なんだ、この場に来てもまだ怖気づいているのか。笑いが溢れる。誰も助けてくれないのなら、私が私を救うしかないのだ。こんな窮屈な世界から解放されるためにも。目を瞑り、空中へ足を一歩踏み出す。その瞬間、背後から声がした。

「如月れいら。死ぬのはまだ早いよ」

 踏み出した一歩をすぐに引っ込めて後ろを振り返る。そこにいたのは空中を彷徨う、たぬきのような子熊のような、とにかくなんの動物かわからない動物がそこにいた。こんな訳のわからないやつに救いの邪魔をされたのか。

「私は死ぬの。もうこんな世界にうんざりなのよ」

 そう言うとそいつはふわりとフェンスを飛び越えて、すぐ隣にまでやって来た。

「君には魔法少女になってもらいたいんだ。世界を救う力を君は持っているんだよ」

 魔法少女……? 何を言っているんだ。幻覚を見ているのかと自分を疑った。ポンッと魔法のように突然現れた金色のチョーカーを目の当たりにして、これは現実なのかもしれないと思い始めた。

「ほら、このチョーカーをつけてごらん。誰も君をバカにしなくなるよ。君は世界を救うヒーローになるんだ」

 誰も私をバカにしなくなる。魅惑的な言葉に決意が揺らぐ。

「まだ足りない? 魔法少女になったその力で君は嫌いな人だって簡単に殺すことができるようになるんだ」

 その言葉で決意していたものが全てどこかへ消え去った。そうだよ、なんで苦しめられた私が死ななくちゃいけないんだ。罰を受けるべき人間が罰を受けて死ねばいいじゃない。金色のチョーカーに触れた途端、それはまるで意志を持ったかのように私の首にくっついた。

「君が戦う意志を持った瞬間、変身できるからね。僕は君のサポーターだ。いつでも呼ぶといい。君が思っている以上に魔法少女は何でもできて、無敵だよ」

 それだけ言い残してそいつは消えた。手始めに私は今から、私をいじめてきた人間の家に言って殺すことを考えてみた。すると、全身が不思議な光に包まれて髪色も服も靴も変わり、いつの間にか、手にはハートの形をしたステッキを握っていた。どれだけ無敵なのか、試そう。どうせ、一度死のうとした命だ。空中に二度目の一歩を踏み出し、重力に従うまま、真っ逆さまへと落ちていった。

 思っていたよりダメージは受けなかった。一瞬、全身に激痛が走ったがすぐにそれも治まり頭から着地した五秒後には無傷の状態で立ち上がれた。その足で私はまず、主犯格の取り巻きである一人の家へと向かっていった。なぜ、その人の家を知っているのかはわからなかった。ただ、頭の中にそいつを殺しに行こうと考えた瞬間、地図も一緒に頭の中に思い浮かんだのだ。身体は宙に浮いている。二階のその子の部屋の窓をノックする。しばらくして、彼女はカーテンと窓を開けた。

「えっ、なに……誰なの?」

「あはっ! 私の個人的な恨みを晴らしに来ました!」

 声を聞いて、誰なのかを理解した途端その顔は真っ青になった。

「は? 如月? あんたなんで、なんで……?」

 聞きたいことが多すぎるのか、口は餌を求める魚のようにみっともなく動いていた。うわぁ、私こんなやつのせいで死のうとしていたんだ。そう考えると自分に対しても嫌悪感が湧いた。ステッキでその頭を一発殴る。思っていたよりも力が増しているのか、彼女は言葉通り吹っ飛んでいった。窓から中へ侵入し、死んだのかを確認したが頭から血を流しているだけで死んではいなかった。なんだ、一発じゃ死なないのか。もう一度ステッキを振り上げると彼女はかすかな声で、助けてと言った。過去の自分が蘇る。

「私の助けてを散々無視して、弄んだくせに自分は助けてもらえると思っているんだ?」

 ニッコリと笑って、そんなわけないでしょと言ってハートに生えた羽の部分で脳天を突き刺した。最後に立ち上がって、私が散々された顔を踏みつける行為を同じようにしてやると、心の底から満足感が湧き上がってきた。言いようのない高揚感に思わずうっとりとする。階段からドタドタと足音がしたので、急いで窓から外に出た。家から聞こえてきた悲鳴を味わいながら帰路についた。


「魔法少女になって初めてやることが人殺しかい?」

「どのみち、悪人倒したって人殺しでしょ」

 通常の状態に戻った私は自室でベッドに寝転がっていた。そいつは窓をノックしてきたため、開けようとしたが、幽霊のように通り抜けてきた。ついでのようにそいつの名前を訊くと、ルイウだと名乗った。

「そもそも悪人倒すってなにすんの。目に見えるわけ? 試しに飛び降りたけど私って無敵なの?」

「質問が多いね。まず悪人は目に見えるよ。悪意に満ち溢れた人間の周囲には黒いモヤが現れるんだ。小さなモヤなら放置しても構わないが、それが全身を包んだ瞬間、そいつは魔法の力で浄化してやらなきゃいけなくなる。一時的に意識不明にはなるけど、殺しはしないよ」

 優雅にふわふわと宙を舞いながらルイウは淡々と説明していく。

「そして、最後の質問だけど君はほぼ無敵だよ。怪我したって深呼吸一つで治ってしまうし、空だって飛べる。力だって通常の十倍以上だ」

「でも、魔法で浄化するだけならそれだけのパワーいらないんじゃないの?」

「残念だけど、モヤに包まれた人間は悪意の塊なんだ。戦闘で弱らせてからじゃないと浄化は効かないんだ」

 なるほどねと、つぶやいて天井を仰ぐ。私をいじめてきたあいつですら、モヤの欠片もなかった。だったら、私が魔法少女としてやっていくための善人と悪人の区別ってどうやってつけるんだろう。

「まずは手始めにクラスで探すといいよ。モヤの広がるスピードは人によるけど、早い人はその日のうちに包まれちゃうから。それじゃあ、ぼくはこれで行くよ」

 そう言い残すと、ルイウは再び窓から通り抜けて出ていった。一人になった途端、ぐっと身体が重たくなり、そのまま眠りについた。明日のことは明日考えればいいや。


 いつもなら、ため息をついて鉛のように重い身体を起こして身支度をするのに、今日はとても身体が軽かった。なんなら気分だって高揚していた。私、学校に行くのを楽しみにしているんだ。鏡を見ると、僅かに口角が上がっていた。そうだ、私は無敵なんだ。なにかやられていても殺してしまえばいい。私だという証拠はどこにも残らないのなら完全犯罪だ。スキップしたくなるような軽い足取りで私は家を出た。

 教室に入ると全体が険悪な空気に包まれていた。どうやら、取り巻きのあの子が殺されたことで話題は持ちきりのようだった。自分の席に座ろうとした瞬間、後ろから髪を引っ張られた。

「おい、お前だろ。今すぐついて来いよ」

 主犯格と取り巻きの一人を合わせた二人が、私を睨みつけていた。髪を掴んでいる手を払い除け、もうついて行く義理ないからと言い放つと、主犯格は激高した。

「あの子を殺すのなんてあんたしかいないでしょ!」

「その証拠はあるの?」

 いつもなら怯えた表情しか見せない私が強気に出ているのが不気味なのか、主犯格はなにも言えないままでいた。しばらく、無言の睨み合いをした後になにかを見つけたかのように目を見開いた。

「あんたにこんな金のチョーカーなんて似合わないわよ」

 そう言って引きちぎろうと首との隙間に指を入れて引っ張られたが、ちぎれる様子は微塵もなかった。私と主犯格の距離が縮まっただけ。彼女の胸あたりを見てみるが、黒いモヤは欠片もない。こんなやつですらモヤはないのか。手首を握り、チョーカーから手を離させる。

「もう満足した?」

 冷たくそう訊くと、彼女は渾身の力で私の頬を叩いた。これには流石に驚いたが、これまでの暴力と比べたらこんなのどうってことない。絶対に人目のつかないところでしかいじめてこなかったものだから、これにはクラス中の視線が私達に集まった。その時、担任の先生が教室に入ってきたため、各々自分の席へと戻った。私の席は中央列の最後尾の席だった。そこから全員を見ていると、一人だけぼやけているような、その姿にピントを合わせられないような人がいた。もしかして、あの人がモヤを持っている? そう疑ったが、ここからではしっかりと確認できなかった。

 授業後、黒板を消しながらその人の胸元を確認してみると上半身を隠してしまうほどの大きさになったモヤがあった。その人はとても意外な人物で、私と同じようにスクールカートの下位にいる、みんなに学級委員長の仕事を押し付けられた人だ。名前は確か、原田だった気がする。彼も私と同じようにいじめられていたはず。今日は原田を尾行することが決まった。

 放課後、屋上の扉の前で魔法少女に変身した私はその力でドアノブを壊した。まだ、青空が残るなかそこから原田が下校するのを待っていた。だが、いつまで待っても正門からは姿を表すことはなく、学校中を探索してみると特別棟と体育倉庫の間で暴力を振られていた。本来なら助けるべきなのだろうが、私のやるべきことは原田のモヤを浄化するだけ。今は出番じゃない。必死に相手の機嫌を損ねないようにへらへら笑っている原田を見ていると、虫唾が走った。まるで、過去の自分を見ているようだ。早く終わらないかなと思いつつ、ぼんやりと眺めていると原田のモヤが急成長した。本当に突然だ。思わず立ち上がる。原田をいじめていた人たちは満足したかのように、最後に一蹴り入れると、背を向けて笑いながら去っていった。ふらふらと立ち上がった原田は、近くに落ちていた手のひらサイズの石を握りしめ大きく振りかぶった。

「ダメっ!」

 咄嗟の判断で地上まで飛び降り、後ろから原田の腕を掴んだ。

「誰だよお前! 離せよ!」

 そう叫ぶと、振り返りざま、手に持った石で私の顔面を殴ろうとした。だが、その動きがスローモーションに見えた私は簡単にそれを止めることができた。そして、初めて私の顔を見た原田は眉間にしわを寄せた。

「マジでお前誰だよ。なんで学校にそんな格好してきているわけ?」

 確かに傍から見れば、私の格好は浮いているだろう。白をベースとしたフリルやリボンがたくさんついた、パニエ入りのふわふわスカート。髪色だって普段は黒髪なのに返信した途端金髪に変わった。それでも正体がバレていないだけ助かる。私のやるべきことをやろう。

「ダメだよ、殺そうとしちゃ」

 つい昨日の夜、人を殺した人間のセリフに聞こえないなと思いながらも私は綺麗事を並べる。

「んだよ、お前になにがわかる!」

「わかるよ。殴られる痛みも、侮辱される悔しさも、誰も助けてくれない苦しさも、死にたくなる気持ちだって、殺したくなる気持ちだって」

 モヤが、全身を包む。その瞬間、衝撃波のようなものは走って思わず数歩後ろに下がった。モヤに包まれた原田は人間じゃなくなっていた。身体の大きさは数倍に膨れ上がり、目だけが赤くギラギラとした光をまとっていた。どうしよう、私は戦い方も浄化の仕方も知らない。

 すると、どこからかルイウが現れた。

「れいら! 初めての戦闘だね! 僕がサポートするよ」

 そう言うと、ルイウは首元にまとわりついた。

「ちょっと!? 邪魔なんだけど!」

「ここからだと僕の力も与えられるからね! 頑張って戦ってよ」

ルイウの指示を受けながら力任せで戦ったが、案外どうにかなった。何度か壁に打ち付けられたりしたが、深呼吸一つで骨折も内臓破裂も治るのは本当らしく痛みを感じたのは一瞬だけだった。戦っている最中、黒いモヤはみるみるうちに色を薄くしていき、明るめの灰色になった頃に浄化の魔法を唱えた。肝心の原田は意識を失って倒れていた。ルイウにどうするかを聞いたところ、そのまま放置して構わないとのことだったので私は自室へと帰った。

「ねぇ、ああやって戦ってもなにも根本的解決にはならないよね?」

「なんでそう思うのだい?」

 素っ頓狂な顔で、とぼけて返事をするその姿に少しイラッとする。

「戦う前に原田と話してて気づいた。あの黒いモヤの正体は殺意でしょ。一度は浄化したって、原田を取り巻く環境が変わらない限りきっと同じようにあいつらを殺そうとする。そうじゃない?」

「よくわかったね。でもそこは、魔法少女の管轄外だよ。魔法少女の力は浄化するだけであって、その人の思考や性格、環境を正すものじゃない。君がプライベートで彼を助けようとするのは自由だけど、魔法少女にそこまでの力はないよ」

 どこか腑に落ちないまま、黙っているとルイウは窓から外へ出ていった。私は、魔法少女として殺意と戦わなければならないんだと、今日の出来事で思い知らされた。


 それからプライベートで原田を助けるようなことはせず、ただひたすらに彼の殺意が大きくなってしまわないように注意を払った。予想通り、小さな殺意は芽生えたようだったがそれ以上大きくなることはなかった。その間、魔法少女としてルイウに呼ばれる度に様々な殺意と戦った。

娘を殺された父親が犯人に復讐をしに行った。両親から受けた虐待に耐えきれず、寝ているすきを狙った。彼氏の浮気が許せず、ナイフを手に取った。担任から受けた性暴力に耐えきれず、階段から突き落とそうとした。

その誰もが加害者になろうとしている被害者だった。中には涙を流しながら、その選択を取ろうとした人もいた。毎度毎度、戦闘に移る前に言葉でなんとか落ち着けさせることはできないかと試した。だが、どれひとつとして上手くいくことはなく、意識を失うまで戦うしかなかった。彼らが感じている絶望感や喪失感、悲壮感、虚無感、傷心のあまりそうせざるを得なかった人たちの心がまるで自分のものかのように思えて、やるせなくなっていた。自分が並べている綺麗事がどれだけ薄汚れているのかを感じた。これじゃあ彼らを逆上させてしまう。そうわかっていながらも、彼らが求めている正解の言葉がどうしてもわからなかった。どうしようもない感情に、戦闘が終わるたび一瞬しか与えられない救いが虚しく思え「ごめんなさい」と言い残してからその場を去っていた。

自分の復讐心がとてつもなく小さなものに思えた。

今日も浄化を終えて、空を飛べることをいいことに海まで来ていた。

「わたし、魔法少女、やめたい」

 きっと、どこからとなく現れるであろうルイウに向けてそう呟いた。

「急にどうしたんだい」

 やはり現れた。

「急じゃないよ。何度も考えてきたことなの。私、結局誰も救えてない。こんなことなら魔法少女にならなければ良かったって後悔しているぐらい。人間の殺意なんてもう見たくないの」

「君はちゃんと人を救えているよ。そこに偽りはない」

 いつもと変わらない、ふわふわとした調子でルイウは答える。

「救えてなんかいない! みんな一瞬だけ楽になったかのような表情をするけど、すぐに無理矢理忘れられた殺意を思い出して、一回浄化したのにモヤがどんどん大きくなるのを見ていることしかできない! こんなの救いなんかじゃないよ。みんな、被害者だった……」

 隣りにいたルイウが突然、目の前に飛んでくる。そして、真っ直ぐな目で私を見つめて話し始めた。

「じゃあ、君がいう救いというのが彼らを殺意の生まれない状態にする戻すということなら、それに対する労力がどれぐらいのものなのか、君には想像つくかい? 例えば、君が一番最初に助けた原田くんだって、彼をいじめていた人たちの性格や考え方を直さなきゃいけない。それができないなら、彼を助けようとする人間を入れなきゃいけない。彼自身に修正をしなきゃいけないかもしれない。そのすべてを君一人の魔法少女で救いきれると思うのかい?」

 なにも、言えなかった。ルイウの言っていることは確かに的を射てる。だったら、私のできることはあるのか。

「そんなもの、ないよ。育ったモヤを君は繰り返し何度も何度も浄化していくだけさ」

 それだったら、育った殺意をそのままにしていっそのこと殺人事件を起こしてしまったほうが当人はスッキリするのではないか。私なんかが、手を出さないほうがいいんじゃないのか。

 そう叫んだ途端、ルイウから背筋が凍るような、冷たい視線を感じた。キラキラとした丸い目が、光を失い鋭く睨みつけてくる。

「いいよ、魔法少女を辞めても。ただ、辞める前に僕は君を使いたいように使ってから捨てるけどね」

「なにそれ……捨てるってどういうこと?」

 波の音が荒れてくる。

「そのまんまの意味だよ。君にはその身体に溜め込めるだけのモヤを吸収してもらう。そして限界を迎えたときに、モヤでいっぱいになった君と解約して殺人鬼となった君を他の魔法少女に殺してもらう。そうすればこの街もしばらく平和になる。次の魔法少女を見つけるまでの時間稼ぎになってもらうよ」

 小さな手をすっと空へ向けた瞬間、私は背を向け走り出していた。違う、そんな終わり方がしたいんじゃない。私、なにも知らなかった元の生活に戻りたいだけなんだよ。いつの間にか降り出した雨に足を滑らせないよう、ひたすら走り続けた。向かう先はわからない。でも、ルイウから逃げなきゃ。それよりも、魔法少女をやめる、もっと別の方法を考えなきゃ。私が魔法少女となった原点、学校の屋上へ戻ってみよう。


 空からは地面を叩きつけるような猛烈な雨が降っていた。フェンスを乗り越え、あの日と同じ場所に立つ。思い返してみる、あの日ここでなにが起きたのかを。確か、飛び降りようとしたその瞬間、ルイウが背後から声をかけてきた。そして、目の前にチョーカーを差し出してきた。それに触れたとき、私の首にまとわりついてきて魔法少女になった。

 そうだ、このチョーカーさえ外せれば人間に戻れるのではないか。試しに引っ張ってみるが、首に食い込むだけで外せそうな気配はなかった。金属ではあるが、切れるものはないかと、手元を探すもステッキぐらいしかなかった。こんなもの使えないと思い、屋上から落とした。外せる金具がないかも確かめたが、首をぐるっと囲むようにピッタリくっついていた。指一本がやっと入る隙間になにもできないもどかしさを感じていた。

「逃げても無駄なのに、なぜ逃げるんだい?」

 後ろを振り返るとあの日と同じようにルイウが浮いていた。

「それだけ辞めたいのなら、今すぐ楽にしてあげるよ」

 そう言って私の首にまとわりつく。ぎりぎりと首を締め付け始める。違う、こんな死に方をしたいんじゃない。なんとか抵抗しようと、その尻尾を掴むが、力は弱まらない。やめてと何度繰り返しても、締め付けられるばかりだった。なんとか抵抗しようと、その尻尾を掴むが、力は弱まらない。やめてと何度繰り返しても、締め付けられるばかりだった。

ルイウの尻尾を握りしめ、なんとか引き剥がそうとする。それでも力は弱まらず、最終手段として噛みついた。すると、そこで初めて力が弱まった。ここぞとばかりに、更に強く噛みつく。

「痛いな! 僕だってこれでも命ある生き物なんだよ!?」

「私だってそうだよ、命ある人間だ! あんたに殺されるぐらいなら私は自分で死ぬ」

 まだ残っている魔法少女の力で、目の前のフェンスを焼き、人が一人通れるぐらいの穴を開けた。

「やめたほうがいい、魔法少女が自分で死ぬとこの世にはなにも残らなくなる。君が生きていた痕跡すべて消えるんだ。僕に殺されたら、君はただの人間に戻れる」

 先程まで卑しい笑みを浮かべていたルイウが冷静にそう話す。だが、自分は人殺しだ。魔法少女という力を使った、完全犯罪の人殺し。それに、私が望んでいた世界に変えることはできなかった。

「もとより、死のうとしていた命だ。私が消えたほうがきっと、世界は平和だったんだよ。私が頑張って消してきた人の殺意はそのままのほうが良かったんだ」

 ルイウと正面から向き合ったまま、一歩ずつ後ろへ下がっていく。

 そうだ。殺意なんか消さなくても、そのままにしておけば良かったんだ。殺人事件がたくさん起きたのかもしれない。でも、私がやったのはその事件をひたすら先延ばしにするだけ。それなら、始めっからなにもしなければ良かったんだ。

「誰かの役に立てたなんて、思ってない。でも、私がいないほうが良かったってずっと思ってる」

 最後の一歩を空へ踏み出す。背中から感じる空気抵抗。そっと目を閉じる。世間一般的にはきっと短い人生だったのだろう。それでも、私にとっては地獄のような長い長い、苦しいだけの人生でした。


かなりダークな魔法少女の話でした。

魔法少女が平和を保つために頑張っているその意味はどこにあるのだろう。人間の心そのものを変えてしまわない限りは永遠に続く闘いなのではないかと思い書き始めた物語です。

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