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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒い耳垢

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 

 ねえねえ、こーちゃんってさ、ここのところ耳掃除、したことある?

 小さいころは母親とかに膝枕させてもらってさ、耳かきしてもらった記憶があるんだよ。アニメとかだと学生同士でも耳かきしたりしている場面があるけど、実際にはどれくらいやっているんだろう? と思ってさ。


 そっか、してないんだ。

 僕も全然耳かきしていない。してくれる彼女なんかいないし、自分でやるのもどこか怖い。ろくに耳穴のぞけないまま、手探りでやるわけっしょ?

 ふとした拍子に、痛い思いをしそうで怖いよ。実際、母親にほじられるときも、不意打ちで痛いところをつつかれた経験があるし。心にも結構しんどいんだよねえ、あれ。

 だから放っておいている。

 いまのところ耳の聞こえが悪くて致命的になったことはないし、耳垢も気づいたらポロリと勝手に落ちてくれるし……。


 あ、そうだ耳垢で思い出した。

 こーちゃん、ネタ探しているって言っていたでしょ? 最近、耳垢に関する、ちょっと不思議な話を聞いてさ。よかったら、こーちゃんにも提供しようと思うんだ。

 どう? 耳に入れてみない?



 おじさんが話してくれたものなんだけど、耳垢は盾の役目を果たすことがあるらしい。

 身体のそこかしこから出る垢は、身体の新陳代謝のあかし。ついでに皮膚に残った悪いものも一緒に、こそぎ落してしまうわけだ。

 そうして、どんどん追い出していかないと身体の調子を崩してしまうように、身のまわりってヤバイものでいっぱいなのかもしれない。

 耳垢も同じく、新しく作られた皮膚をベースにして、耳の中の分泌物や外からのほこりなどが固まって生み出されるもの。生きている限りはこれらに縁があることが正常なわけだ。

 つまり、こいつらもまた状態を伝えるバロメーター。もし異状が見られたら、ちょいと気を配ってあげたほうがいいかもしれない。


 おじさんも、若いころは耳垢が出やすい性質だったとか。

 どれくらいのペースで耳垢がたまるかは個人差があるだろうけど、おじさんは文字通り、三日にあげず耳垢が出てきた。

 階段をのぼるなど、ちょっとした身体の揺れで、はらりはらりと舞い落ちる。

 フケなどと似て、これらが人前で落ちてきたりすると、相手としてはいい気分がしないだろう。そうして、あからさまに顔をしかめられた日には、おじさんもまた、ちょっと胸くそが悪くなってしまう。

 それに腹が立ち、おじさんは毎日のように耳かきで耳掃除をしていたらしい。本人いわく、歯磨き以上に力を入れたとのことで、学校から帰ってきて寝るまでの間、両手の指でおさまらないほど回数を重ねた日もあった。

 それでも頻繁にこぼれる耳垢に、だんだんと怒りさえ湧き出してくる心持ちだったらしい。


 その耳垢に違和感を覚えたのが、ある年の9月のはじめ。

 学校帰りに文房具を買いにお店へ寄っていたおじさんは、そこで右耳がごそりと音を立てるのを聞いた。

「また耳垢かよ」と、おじさんは肩をいからせ、角度と衝撃をつけることで垢を落としにかかったけど、いざこぼれて服の袖に落ちたものに、目を見張ったそうな。


 その耳垢は、あまりに黒々としていたんだ。

 おじさんの耳垢はたいてい、白から黄色をベースにした色合い。それがこれは黒ゴマを思わせるような、濃いものだったんだ。

 とっさに考えたのは耳の中の出血。血を受けて、時間を置いたもの黒ずむと、おおよそ相場が決まっている。

 なまじ、耳かきをやりまくっているおじさんとしては、心当たりがありすぎた。雑にやって傷つけたかと、すぐさまお店を後にし、予約なしでも診てくれる耳鼻科へ飛び込んだらしい。

 けれども、耳の中のケガのたぐいは見つからなかった。時間をかけて検査すれば、詳しいことが分かるかもしれないとのことだったけど、おじさんにとっては自分の時間こそが大切。

 医者にかかる手間よりも、好きなことに一分一秒でも長く費やしたい。

 いよいよやばくなったら、また考えりゃいいだろ……と思いはじめて、ほどなく。

 あの文房具を買おうとしたお店で、突然お客さんの一部が、まわりの人へ殴りかかったりして暴れる、という事件が起こったんだ。

 おじさんが黒い耳垢を確認し、耳鼻科へ移動してから、さして時間をおかずに起こったらしかった。

 

 間一髪、危ないところを助かった、と胸をなでおろす場面かもだけど、おじさんとしては気味が悪かった。

 発生した時間を聞くに、これはおじさんが店を後にしてから、ほどなく起こったことらしいとのことだったからだ。あの、黒い耳垢を確認してから。

 耳鼻科から帰ってきてから、おじさんはあらためて耳掃除をしてみたそうだ。いったん耳鼻科できれいにしてもらったものの、それでもなお、自分の耳垢生成の早さなら、わずかでも掘り出せるだろう、と。

 そうして採掘できた耳垢は、いつも通りの黄や白ばかり。先の黒の気配はない。たとえ、少し勇気を出して、わざと耳の中を傷つけるように、耳かきへ力を入れても同じだったんだ。


 それから数週間が経ち、一時は騒がれたお店の事件の話題も勢いがなくなってきたころ。

 おじさんは二度目の、黒い耳垢との出会いを果たす。

 今度は路上だった。お堀端に沿った長い長いストリートを歩いていたときだ。

 雨上がりでできたそこかしこの水たまりに、行き来する人の姿が映し出されている。閉じた傘を持っている人も多い。

 おじさんもその中に混じっていたのだけど、不意にまわりの音が一気にくぐもったんだ。

 耳に手を押し当てたようだけど、そのようなことはしていない……と、思いかけるところで、はらりと耳から落ちていくものが。


 耳垢。それもどす黒いひとつ。

 親指の先ほどもある大物が、足元の水たまりにふわりと舞い落ちて、船のごとくその身を浮かべた。

 お店であったという事件のことが、ぱっとおじさんの頭をよぎる。

 あらためて正面へ向き直ったときにはもう、自分の前を歩いていたコートの女性がこちらへ振り返っていて、閉じた傘を大きく振りかぶっていたんだ。

 その細い先端を、おじさんの顔へまっすぐ向けたまま。


 おじさんが顔を下げるや、女性の傘の先がすぐ上を突き抜けていったんだ。

 ためらいなどみじんもない一突き。おじさんは一気に全身の毛が逆立つのを感じた。そしてすぐさま、きびすを返して逃げ出したんだ。

 女性はそこからも傘を手放さず、振りかざしたままでおじさんを追いかけまわす。だが、最初の殺意あるひと突きを目撃していたまわりの人たちに取り押さえられて、どうにか事なきを得たとか。

 女性の応答は支離滅裂であって、おじさんを狙う因果関係も分からないまま、引っ立てられていったらしい。

 けれど、おじさんはあの黒い耳垢がかかわっているんじゃないか、と思っているみたいだ。


 黒い耳垢の、視認そのものが原因じゃない。

 この耳垢が出る時、自分たちは何かヤバイ音にさらされていたんじゃないか、と考えているそうなのさ。

 聴き取ることはできずとも、身体のうちへ影響を与える。ちょうど超音波のようなもの。

 受け取った者によっては、正気を失わせてしまうほど、極端な手合いが。


 おじさんも、ひょっとしたらその影響をもろに受けてしまう個体かもしれない。

 それを身体そのものが熟知しているからこそ、瞬時に耳垢を作って耳を塞ぎ、影響を防ぐ。

 あの黒さは、その音波を受け止めたがためのダメージのあらわれかもしれない、とね。

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