【2】
不意に頭に過る、二人の関係が変わった日。
単なるサークルの友人だった。気持ちはともかく、二人の間には明確な形は何もなかった。
あの日。サークルの活動はなく、部室に顔だけ出したのだ。
同じく集まった顔触れのうち、いつも通りすぐ帰るという彼と連れ立って部室を後にした。
大学から駅に向かう長い一本道を二人並んで歩く。他のメンバーは大抵残って雑談に興じるため、もう恒例のようになった帰り道の光景。
「堀田くん、あのカフェ新作出たんだって。あたし飲みたいな。一緒にどう?」
「あ、うん。いいよ」
もう少ししたら駅に向かう彼に別れを告げて、早弓は曲がり角の先の自宅マンションへと向かう。
せっかくの二人きりの時間もすぐに終わってしまう、と感じた途端に誘いを掛けていた。
新作ドリンクを飲みながら、普段と何ら変わらない会話を交わす。
二人のカップが空になって、ここまでか、と名残惜しく感じつつも腰を上げて店を出た。
ほんの数歩で、手にぽつんと当たる一滴を感じる。
天を仰げば、真っ直ぐ落ちてくる雨の矢。夕立か。二人とも、傘も持っていなかった。
彼がどうかは知る由もないが、早弓は登校前にスマートフォンで天気予報は確かめている。
降水確率は二十パーセント。「傘は必要ないでしょう」となっていた「傘指数」に一度は安心した。
梅雨の合間の貴重な晴天。
しかし心の奥では確信めいた予感があった。いや、むしろ雨が降ることをどこかで期待していた、のかもしれない。
だから、傘を持たずに家を出たのだ。
「ね、ねえ! あたしの部屋、すぐ傍なの! 知ってるよね!? 雨宿りしていかない?」
期待通りに降り出した雨に、思い切って切り出した。もっと降り続くよう念じながら。
「え、……でも、早弓ちゃん一人暮らしだよね? 女の子一人の部屋になんて──」
「いいから! このままじゃずぶ濡れになっちゃう! あたしが濡れたくないの!」
戸惑いながらも固辞する雰囲気の彼に、有無を言わせないよう言葉を被せる。
「やっぱり僕、ここにいるよ。降るって言ってなかったしすぐ止むと思う。だからそれまでいさせてもらえば。早弓ちゃんは早く入って。やっぱり女の子の部屋はちょっと、その……」
雨脚に追い立てられるように走って、辿り着いた部屋。解錠してドアを開けた早弓に、今更のように彼は尻込みした。
「あのさあ、部屋の前にこんな濡れた男が立ってる方が迷惑なのよ。わかんない?」
ここまで来て逃がす気はない、とばかりに自然口調も強くなる。
「あ、あ! じゃあ傘借りて帰──」
「もう、あたし濡れて気持ち悪いんだって。さっさと着替えたいのよ! ほら入って!」
強引に腕を掴んで玄関に引っ張り込んだ。
あれが、二人の始まりだった。
文字通りの通り雨で、降っていたのはほんの数十分。
しかし賢人が早弓の部屋を出たのは、雨上がりどころかもうすっかり夜の帳も降りた頃だった。
特に何をしたわけでもない。ただ二人で一緒に過ごす、それだけで幸せを感じた。