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Raindrops  作者: りん
1/3

【1】

「……あ〜、晴れたかぁ」

 日曜日の朝。

 ベッドの中から手を伸ばし、早弓(さゆみ)はカーテンの端をめくって外の天気を確かめる。

 七月に入って数日が経っていた。二日続いた雨がようやく上がったのに、心は晴れ模様とは行かない。

 濡れた靴が乾く間もなく、今日は何を履いて行こうかと考えるのも気が重かった。

 約束は十一時。会って、店に入って、お昼を食べて。……会話、して。


 ──めんどくさ。雨降ったらそれを口実に断れるのに。「雨の日はなんか頭重くて気分良くないんだよね〜。悪いけど」って。


 雨天の気鬱は嘘ではないが、出掛けるのに支障をきたすほどではない。仲のいい友人となら喜んで出向くだろう。

 ……つまり、そういうこと。


 しかしこのところ、大学の友人たちと学外で会う機会も減っていた。だからこそ予定も空いていて、誘いを承諾してしまった(・・・・)のだから。

 特に何か原因があって疎遠になったわけでもなんでもなく、巡り合わせでしかない。試験前で忙しかったり、何故か塞ぎ込んでいる様子だったり、さまざまだった。

 もう二十歳を迎えたものも多く、常にべったり一緒でないと安心できないような幼い関係ではない。大学で会えば普通に会話も交わすし、食事やお茶を一緒にすることも多かった。


 大学のサークルで知り合った別学部で同学年の賢人(けんと)と、恋人として付き合うようになって一年が過ぎた。倦怠期、になるのだろうか。

 我ながら早すぎる、と溜息が出そうだ。


「起きて用意するかぁ。約束しちゃったんだから行かないと……」

 そう自分に言い聞かせている時点で、もう気持ちは離れているのかもしれない。



     ◇  ◇  ◇

「おはよ~」

「あ、早弓! おはよ!」

 翌朝。講義室に入って挨拶するなり、友人の朝美(あさみ)が勢いよく声を掛けて来る。


「ねえ、聞いた!?」

「は? なんかあったの?」

七恵(ななえ)ちゃん、最近元気なかったじゃん? 彼と別れたんだって!」

 いきなり声を潜めた彼女の口から出たのは、同じ学科の親しい友人の名だ。


「そうなんだ。……だから悩んでたのかな。七恵ちゃんはまだ好きで──」

「逆よ、逆! そいつDV男だったらしいよ!」

 意外な事実に言葉が詰まる。確かにどこか沈んで見えるとは感じていたが、そこまで深刻だとは思いもしなかった。


「え……、何それ!? そんなの知らなかった」

「私もよ。相談してくれたら、ってまあ言えないよね。わかるけど、友達なのに何も知らなくて、……何もできなかったの悔しいよ」

 口先だけではなく、苦しそうに絞り出して顔を歪める朝美。


「でもよくすんなり別れられたね。いや、揉めたのかもしれないけど」

「家族に打ち明けて、お兄さんに話し合いについて行ってもらったんだってさ。そういう男って弱い女の子にはエラソーに威張ってても、自分より『上』だと思う相手には何も言えないらしいから。……でもホント良かったわ」

 頷いてふと巡らせた視線の先、七恵が他のクラスメイトと話していた。柔らかな笑顔。

 ここしばらく目にしていなかった、と今更のように思い当たる。


「早弓の彼みたいな誠実で優しい人が一番だよ~」

「え、あ、そう……かな」

 唐突な朝美の言葉にどう返していいかわからなかった。曖昧な相槌にも、彼女は気にした様子もなく話を続ける。


堀田(ほった)くんて、えーとゴメン。ちょっと真面目くんっていうかいい人過ぎて、面白くなさそうだなと思ってたんだ。いや、ほんとゴメン! でも早弓、見る目あるよ。って言ったら七恵ちゃんに悪いか。いや、あの子の場合は『見る目ない』んじゃなくて、外面いいDV野郎に騙されただけだから!」

「それはそう思う。なんかそういう奴ってすごい上手いんでしょ? で、付き合ったら豹変するらしいじゃん? 周りにはいい顔するからなかなか信じてもらえないとか聞いたわ」

「だから言い出せなかったのかな……」

 講義開始を知らせるベルに、そこで話を切って指定席に着いた。


 誠実で優しくて、……面白味がない。

 その通りだ。刺激のない日々に飽き飽きしていた。穏やかな恋人を、いつしか退屈な男だ、と感じてしまっていたのだ。

 昨日会っている間、彼に笑顔を向けただろうか。ずっとつまらなそうな表情を晒していたのではないか。

 それでも気分を害することなく、体調を気遣ってくれた優しい恋人。

 早弓が梅雨の間はあまり調子が安定しないのも、彼はよく知っている。

 そこがよかったはずなのに。

 最初は間違いなくそうだった。中学生でもあるまいし、大学生にもなって自己中心的で幼稚な男に魅力を感じなかった。

 だからこそ、その対極にいた賢人に惹かれたのだと思う。

 確かに存在した愛情が、いつの間にここまで薄れていたのだろう。


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