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3-2.いただきます

 ……結局、真鶴(まつる)はこがねを探すことはできなかった。作ったものを食事処に運ばねばいけなかったからだ。


 ツキミと共に、料理が載った皿などを持ちこんでいく。仏国(ロココ)仕様の赤いカーテンを開け、上げ下げ窓の外を見れば、満月より少しだけ欠けた月が視界に入ってきた。


天乃(あまの)さまは、料理を食べて下さるかしら)


 月光に目を細めつつ、今更ながらそわそわとしてしまう。


 癖だけで作ってしまった代物だ。加賀男(かがお)の口に合うかもわからない。


「ひいさま、あとはウチがやりますの。座って待っててほしいですの」

「ありがとう、ツキミさん。でも天乃さまを起こさなくては」


 振り返り、白米をよそおうツキミへ首を振った、直後。


「おはよう」


 パネル扉が開かれ、樺茶(かばちゃ)色の着物をまとった加賀男が入ってくる。


「おはようございますですの、星帝(せいてい)さま」

「お、おはようございます、天乃(あまの)さま」

「ツキミはともかく君は早いな。……ん?」


 匂いに釣られてだろうか、加賀男(かがお)が食卓の上を見た。


「この朝食は……」

「ひいさまの手作りですの!」

「申し訳ありません、勝手にお台所や食材を使ってしまいました」


 彼はじっと献立を見てから、真鶴(まつる)へと視線を戻す。


「ここは君の館でもある。好きに使ってくれて構わない」

「は、はい」

「それにしても、美味そうだ」


 ふ、と加賀男(かがお)は口元をほころばせた。それから衝立(ついたて)近くの席へと腰かける。


「食べよう。君も、一緒に。座ってくれ」


 席を手で指し示され、真鶴(まつる)はうなずく。


 慣れないチェアの座り心地は、どこか落ち着かない。いや、それより、彼の舌を喜ばせられるかどうかの心配が先んじている。


「それではツキミは失礼しますの。あとはひいさまにお任せしますの」


 一礼ののち、ツキミが退室していく。


「いただこう」

「はい。いただきます」


 二人一緒に手を合わせた。


 早速、菜っ葉の味噌汁をすすった加賀男(かがお)が、目を見張る。


「……美味い」


 穏やかに微笑む彼のおもてに、真鶴(まつる)はほっと安堵した。


「まともな食事など、ここ数年していなかった。暖かくて安心する味だ」

「それはよかったです」


 それから加賀男(かがお)は、様々な品に手をつけては何度も一人、うなずいている。


「白菜の漬物も、君が?」

「塩揉みしたくらいのものですけれど。ぬかがなかったものですから」

「十分すぎる。この魚も、大根の煮物も、本当に美味しい」

「お口に合ったなら……嬉しいです」


 真鶴(まつる)は味噌汁のお椀を置き、小声で答える。


 喜びの感情など、今の自分には存在しない。それでも食べてくれたことがありがたく、落ち着きのなさはいつの間にか消え去っていた。


「もし君がよかったら、これからも料理を作ってくれれば俺は、嬉しい」

「わたしの料理でいいのなら……お野菜の丸かじりは、あまりよくないことですし」

「ツキミに聞いたのか」


 困った顔をする加賀男(かがお)に、真鶴(まつる)は首肯する。


「俺は手料理というものに、ほとんど縁がなくてな。たまにみつやに引っ張られ、洋食店などには行くのだが」

「みつやさんはもうお戻りに?」

「とっくに帰っている。あれも寿々家の一族だ。小刀で俺が張る結界を破り、隠世(かくりよ)現世(うつしよ)を行き来できる」

「そうだったのですね」

「……みつやの身を案ずるか」


 若干暗い声音に、一度箸を置いた。


「いえ。食事を作りすぎてしまいまして……残してしまうのが心配だったのです」

「それなら大丈夫だ。ツキミはああ見えて大食らい。それに、俺も食べる」


 苦笑をこぼす加賀男(かがお)の方をよく見れば、すでに料理の大半が減っていた。


「本当に、美味い食事だ」


 しみじみとした口調で言われ、しかし真鶴(まつる)の心は動かない。


 よかったという思いはある。安心感は確かに覚えている。だが、本来あるべき喜びが、すっぽりと欠け落ちていた。


 それでも少なくとも、飯炊き女房としては合格だろう。彼がなごんでくれた事実は確かなのだから。


(それで今は、十分だわ)


 箸を再び手にし、魚や白米を口に運び、咀嚼(そしゃく)していく。


(……でも)


 本当は昨晩のことを聞きたかった。真鶴(まつる)、とささやいてくれたのは夢だったのかもしれない。大体、自分は世継ぎを産む器だ。体を重ねなかった理由が少し、気になる。


「よかったら、あとで出かけないか」


 ツキミがあらかじめ用意していた番茶を飲み、加賀男(かがお)が不意に呟いた。


 昨夜のことに気を取られていた真鶴は、少し反応が遅れてしまう。


「お出かけ……」

「いや、気乗りしないのならばいいんだ」

星帝(せいてい)である天乃(あまの)さま自ら、町に下りるのですか?」


 真鶴もようやく食事を終えつつ、とりとめもなく疑問に思った。


「ああ。普段、何か問題があれば、直接まつろわぬものたちは家に来る。だが、そうならないため見回るのもまた、俺の仕事だ」

「そうなのですね。ですが、お仕事にわたしがついていくのは邪魔なのでは」

「君も星帝(せいてい)の妻として、仲裁(ちゅうさい)のやり方を覚えてほしい。ああ、いや……」


 困ったような、迷ったようなおもてを作り、加賀男(かがお)が顎に手を添える。


「何か?」

「……この蛇宮(へびみや)の町を、君に見てほしい。だから、その……」


 言いよどむ彼の様子に、真鶴(まつる)もまた悩みあぐねる。


 力も中途半端な自分が表に立てば、加賀男(かがお)の立場が悪くならないだろうか。他のまつろわぬものたちからの心象を、下げてしまうことにならないだろうか――


「君もきっと、この町に溶けこむことができるだろうから」


 困惑する真鶴(まつる)を引き戻したのは、真摯な、実直に過ぎる言葉だった。


「そういうことでしたら。ご迷惑でなければ、色々と教えて下さると嬉しいです」


 渋面(じゅうめん)で茶を飲む加賀男(かがお)に、素直にうなずく。


 彼は湯飲みを置き、じっとこちらを見てからまた、視線を逸らした。


「時計は必ず持っていくことを忘れないでくれ。昼四つ半(十時)くらいに、出よう」

「はい。それまでに身支度をしますね」


 答えながら、真鶴(まつる)は思う。


 彼は神秘的な藍色の瞳の奥に、何を隠しているのだろう。どうして自分に優しくするのだろう。


 問い質ただせば答えてくれるかもしれない。だが、なぜか冷たく返されることが怖くて、黙って目を伏せる。


(おいたわしいわ、加賀男(かがお)さまが)


 昨日聞いたふゆ()の独白が、胸にちくりと刺さった、気がした。

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