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日暮カレン1/1

他の話よりも長めとなっております

私の人生は、彼女と出会うためにあったのだろう。


私――日暮カレンの最も古い記憶は、病気で苦しむ母親の青褪めた顔と、浮気を繰り返す父親の無責任な背中であった。

両親の馴れ初めを聞いたことがない為、一体どうやって二人が結ばれ私が生まれたのかは知らない。しかし、母親にとっても父親にとってもこの結婚は間違いであっただろうと、二人の子供である私は当時から思っていた。


優しいが病弱かつ自己否定が強い為、男性に依存する傾向の強い母親。

女好きであり妻子が居ながらも浮気を繰り返し、家にほとんど帰ってこない父親。


正直に言って、どちらの生き方も共感することはできないものであった。

私にとって母親はどれだけ病気に苦しみながらも父親の帰りを健気に街ずるける哀れな女性であり、父親は世間体を気にしながらも女性を追いかけまわしてばかりいる汚い男性という印象であった。


結局、母親は持病が悪化して帰らぬ人となり、父親は世間体として行わななければおかしいからと涙の一滴も流すことなく葬儀を執り行った。

私がどこか男性に対して苦手意識を抱いているのは、そんな父親が原因であった。


母が死亡しても父親の性質が変化することはなく、家に寄り付かず私一人を家において様々な女のところを渡り歩いていた。

再婚してくれればまだよかったのだが、母親との結婚でもういいと思ったのか、はたまた結婚していない方が色々と都合がいいことに気付いたのか、新たな妻を迎えようとしなかった。


唯一の救いは、子供が生活するには十分な金銭を毎月家に置いていってくれたことだろう。

子供を放置して死亡させたというのは不味いが世話をするのは嫌だ、そんな考えから出された折衷案が子供の自立心に任せるというものだったのだろう。

保護者としては失格だが、父親と生活したくない私にとってはよい形であった。


告げられたわけではないが父親の性格から義務教育が終了するまでは金を出してくれるはずなので、それまでに一人で生活していける基盤を作らなければならないが、何から取り組むべきだろうか――齢四歳半の私は、毎日そんなことを考えていた。

年齢の割に成熟した考えや行動がとれるようになったのは、間違いなく父親のせいだ。


そんな生活に劇的な変化が発生したのは、母親が死亡してから一年半後のことであった。

私に、『複合共感覚』があることが発覚し、それが父親に露見したのだ。

複合共感覚――五感同士が共感する共感覚とは異なり、五感と第六感が共感することで特定条件かにおいて直感的に『答え』を導き出すことができる、特異な感覚。


通常の共感覚は文字に色がつく、音に形を感じるといったものだが、この複合共感覚は五感から得た情報を第六感が直感的に整理し、理屈では説明不可能な過程を経て『答え』を導き出す、というものであった。

非情に稀有な感覚――世界でも指で数えられるほどしか事例がない為――であり、説明に不明瞭な部分があるのも、未だに解明されていないからであった。


私がこの複合共感覚という名前を実際に知るのはもう少し後の話なのだが、冷静に考えれば納得する話であった。

いくらお金があろうとも、齢四歳半の少女が一人で生活できるわけがないのだ。

私は無意識のうちに複合共感覚で物の使い方や食料の確保の仕方に対する『答え』を導き出し、行動していたのだ。


父親に露見してしまったのは、月に一度の帰宅した父親に対して、虫の居所が悪かった私は何人の女性の間を渡り歩いていたかを、嫌味たらしく言ってしまったからであった。

自身の娘が絶対に知りえない情報を口にしたことに対して疑問を抱いた父親はそれから私の行動や感覚を調べ――私をある研究機関に売り飛ばした。


日本民族科学研究所。

都市伝説などの概念的な事象を科学的に研究し、再現性のある技術を生み出して転用することを目的とした組織。

父親は、その研究所に所属する研究者の一人と知り合いであった。

娘の育児は放棄したいが放置して死亡したら世間体的に困ると考えていた父親にとって、金銭と引き換えに私を手放せる状況は良かったのだろう。

父親はあっさりと親権を放棄し、私は『実験動物』として研究所に向かい入れられた。


実験動物といっても、私に非人道的な研究が行われることはなかった。

政府直属の機関であり、将来的には表に出て活動することを念頭に作られたため、そういう後ろ暗い過去はなるべく作らないようにしているらしい。

私と似たような境遇で研究所に向かい入れられた子供たちは皆、研究所内にあるとされている孤児院に所属しているという形を取られていた。

実験動物ではあるが、しっかりと戸籍があり人権がある――そうすることで体裁を保とうとしていたのだろう。


それから数年間、この研究所で複合共感覚を解き明かすための研究材料に私はされた。

日本民族科学研究所の研究対象は都市伝説なのだが、その都市伝説を理解する上で発生の根幹となっている存在――人間も研究対象の範囲としているようで、人間の中でも科学的に説明がつかない特異な才能や能力を持つ者も研究対象に含まれていた。


私の複合共感覚は研究者にとって非常に有意義なものであったようで、私という存在は彼らの研究を数段階先へと進めるのに役立ったそうだ。

研究所での生活は、水準の高いものであった。

衣食住は保証され、年齢に応じた教育も行ってくれ、研究所内に併設されている施設は自由時間に好きに使うことができる。

親に売られた子供どころか、一般的な子供であっても受けられないほどの恩恵。

あのまま父親に渡される金銭だけで生活するよりも何倍もよい生活環境であった。だが――私はこの研究所が大嫌いであった。


確かにこの研究所での生活は悪くない。だが、この研究所に居続ける限り私は一人の人間ではなく、一体の実験動物として扱われるのだ。

研究者から向けられる観察するような眼差しが――実験動物の数値を見る目が、嫌だった。

私は確かに特異な感覚を有しているが、ただそれだけの『人間』なんだ。


だから私は、この研究所から脱出しようと考えた。

複合共感覚は過去に何度か実在しているのだが、その全てが年齢の増加とともに失われたのだそうだ。私はそこに目を付け、徐々に自分の感覚が失われていく演技をした。

唐突になくなったと言えば嘘を疑われるため、最初はほんの些細なミスをし、そのミスをどんどんと肥大化させていく。最終的には、普通の人間と同じような位置にまで落とす。


一年間かかってしまったが、私は何とか研究者たちを騙すことに成功した。

複合共感覚を失った私は研究者にとって価値のない存在になったようで、すぐに研究所から放り出されることになった。

一応、日本民族科学研究所の発展に大きく貢献したということで、新社会人に相当する年齢まで問題なく生活できるだけの金銭を貰えることになった。


私の人生は、お金と共に放り投げられる人生だった。

研究所に関するあらゆる情報を口外しないという誓約書を書かされることにはなったが、ようやく私は『実験動物』を脱し、一人の人間へと戻った。

研究所に売られてから六年が経過し――十二歳。

私はどこにでもいるような一人の中学生としての日常を送ることとなった。


――そして私は、彼女と出会うことになる。


研究所で水準の高い教育を受けていた私は、中学校で最初に行われた学年テストでトップの成績を収めた。恐らくはこれが原因なのだろう。

私はクラスにてカースト上位の女生徒たちのイジメのターゲットにされた。

自分達を差し置いて見目が麗しくない私が目立っていることが許せなかったのか、はたまたその女生徒たちの誰かが気になっている男子生徒が私のことを褒めたからなのか、明確な原因は分からない。


しかし、元々近隣の小学校に生徒たちがそのまま進学して形作られる中学一年生の社会において、外部から突如として現れ注目を掻っ攫った私は排除対象となったのだろう。

当初は筆箱や靴といった私物を隠される程度であったのだが、私がそれに堪えた様子がないとみるや、根も葉もない噂を拡散する、教師の目に留まらない範囲で暴力行為に及ぶ、などどんどんと彼女たちのイジメはエスカレートしていった。


十二年間の人生で適当に扱われることの多かった私の精神は、同級生と比較してもかなり大人びており、生産性のない彼女たちの行いに対処しようとしなかったのもいけなかったのだろう。

当初は出る杭を打つため、調子に乗っている一人の女生徒を懲らしめるため出会った行為は、エスカレートしストレスを発散するためなら何でもやっていいサンドバッグとなった。

父親、研究所で人間扱いされなかった私は、この中学校でも人間扱いされなかった。


その事実に、私は一人絶望した。


イジメを行う女生徒、見て見ぬふりするクラスメイト、薄々感づきながらも事態を大きくしたくないためスルーする教師。誰も、私を助けてくれない。

この世界で私を人間扱いしてくれる存在は誰もいないのかもしれない。

その事実に一人世界に絶望したとき――彼女が現れた。


いつものように女子トイレで囲まれ水をかけられていた私を庇うように立ち、イジメを行う女生徒たちに真正面から『それは人として最低の行為だ』と彼女は言い放った。

颯爽と現れ私と庇ってくれた温かみと力強さのある背中を、彼女たちを糾弾した鋭く決して折れない意志の宿った声を、もう大丈夫だと差し伸べられた柔らかな手を、一生忘れないだろう。


――これが、上星川蘭麻との出会いであった。


隣のクラスに所属し、これまで私と一切言葉を交わしたことのない彼女は、自分の立場がどうなるのかも顧みずに私を助けてくれた。

どうして助けてくれたのかと問いかけた私に、彼女は当たり前のように告げた。


――そりゃ、誰かがイジメられていたら助けるに決まっているだろう。それに、君の目はとても辛そうで助けてほしそうにしていたし。


その時の衝撃を言い表す言葉を、私は持ち合わせていない。

当たり前のように誰かを助ける行動力もそうだが、それ以上に私に心の奥底にあった『誰か助けてほしい』という願いを一目で見抜かれたことに。


そう、私は誰かに助けてほしかったのだ。


自分一人で状況をどうにかすることはできるかもしれない。けどそれは、自分は人間であると叫ぶだけの行為でしかない。私は人間であると叫びたいのではなく、誰かに人間であると認められたかっただけなのだ。

その願いが叶えられたこの瞬間を、上星川蘭麻に助けられた今を――私は一生忘れない。


それから私は、蘭麻と行動を一緒にするようになった。

イジメが再び行われないか危惧した蘭麻が気を遣ってくれたというのもあるし、他クラスとはいえカースト上位の女生徒たちに反抗した蘭麻の立場が少し浮いてしまったため関わろうとするのが私しかいなかったというのもある。


だが最も大きな理由は、私を人間扱いしてくれた蘭麻を手放したくなかっただけであった。

相性が良かったのだろう。私と蘭麻は日に日に仲を深めていき、同じ高校や大学に進学した時、蘭麻は純粋に喜んでくれた。


蘭麻は幼い頃に両親を事故で亡くしており、現在は関係が希薄な遠縁の親戚に保護者となってもらい援助をしてもらい一人暮らしをしている。親戚の目的は世話をするという名目で管理することのできる遺産の方であったが、蘭麻は生活を援助してもらえるだけでも十分に助かっていると気にした様子はなかった。

身寄りがほとんどおらず頼れる誰かもいない――そんな境遇に、私は強い親近感を覚えた。


そして、そんな同じような境遇の中で、両の脚で力強く立ち、私のような存在に手を差し伸べることができる上星川蘭麻に、尊敬の念を抱いた。

中学、高校、大学と共にする中で、いつしか私は蘭麻に対して強い好意を抱くようになった。

元々、助けられたときに種は生まれていたのだろう。時間とともに種に水が与えられ、成長し――その樹木は上星川蘭麻という存在を私一人だけのものにしたいと願った。


依存とも、執着ともつかない感情。


蘭麻は私だけのものだと、誰も触れるんじゃないという、独占欲。

その感情に支配された私は、彼女に近づこうとする人間を悉く排除した。

容姿が非常に整っており、性格も格好の良い彼女に対し、男女問わず行為を抱く者は多かった。私は自分の感覚を用い、そんな男女を片っ端から潰していった。

蘭麻に気付かれないように、私は彼女と二人だけの聖域を守り続けていた。

いつまでも二人だけで完結する世界で生きていける。精神年齢は高いが世間知らずな私は純粋にそう思っていた。


その思考に陰りが生じたのは、大学一年生――蘭麻がアルバイトを始めてからであった。

元々、親戚との約束で大学からは援助は最低限になることが決まっていた彼女は、生活のためにお金を稼ぐ必要があった。

研究所からの資金を運用しある程度増やしていた私は生活に困っていなかったのだが、蘭麻はそうではなかったのだ。


蘭麻が望むのならば衣食住の援助も辞さない私であったが、彼女はそういった金銭のやり取りを酷く嫌っている。恐らく、両親が死亡した際に色々と会ったのだろう。

私は生活のためにアルバイトをする彼女を聖域に留めておくことはできなかった。

結果、蘭麻は私の知らない世界とつながるようになり、いつしかそのつながりから私の知らない上星川蘭麻が生まれた。


それは、彼女と一緒に働く者しか見たことのない顔。

蘭麻の最も近くにいるのは私で、一番心を許してくれているのも私であると確信している。

だが、私の知らない蘭麻が存在している――その事実が、ただただ耐えられなかった。


そして、気付く。


大学を卒業し社会人になったら、彼女の知らない顔はどんどん増えていく。そしたら、二人を隔てる距離が生まれ、最期は彼女に触れることすらできなくなってしまうかもしれない。

それだけは、嫌だった。そんな未来が一ミリでも存在することが、嫌だった。


だから私はあらゆる方法を模索した。

私と蘭麻、二人だけの聖域を永遠に守ることができる方法を。

その方法は、意外とあっさりと見つかった。

答えは、私の過去にあったのだ。

かつて私が実験動物として扱われていた場所である、日本民族学研究所で研究対象として扱われている都市伝説の一つ――『セックスしなければ出られない部屋』。


これをうまく利用すれば、私は蘭麻との二人だけの世界を手に入れることができる。

答えが見つかったら、後は行動するだけであった。

己の感覚と合法非合法問わずあらゆる手段を用い、情報を入手した。

セックスしなければ出られない部屋の研究がどこまで進んでいるのか、研究主任である館花巣立はどのような人間か、どういう交渉材料を用意すればいいのか。

複合共感覚によって一つ一つ答えを導き出し、一手一手慎重に進めた。


およそ一年後――私と蘭麻が二十歳になったころに、ようやく私は十分な交渉材料を手に館花巣立と接触することに成功した。

彼女との交渉はスムーズに進んだ。

セックスしなければ出られない部屋に入れる同性二名を探している彼女と、蘭麻と二人で部屋に入りたい私の利害は一致していたから。

研究に協力という形をとる都合上、室内のあらゆる行動を監視されることになってしまうが、別段どうでもいい話であった。

二人だけの聖域が手に入るのならば何も問題はない。

契約は成立した。そして後日、私と蘭麻は真っ白い部屋に閉じ込められた。


そこで私は、ようやく肩の荷が下りた気がした。

ようやく、私と蘭麻の聖域を手にすることができたのだと。

誰にも邪魔されることなく彼女の全てを享受することができる世界を手に入れたと。

その事実に一人、安堵した。


そして私は、彼女にこう声をかけた。


こ、ここはどこなんですか――と。


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