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本編5/5

自分が抱いている欲望の全容を把握できる人間、この世に存在するのだろうか。

底の見えない鍋。不明瞭な液体に数多の具材が放り込まれ溶け込んだ欲望の羹。

分からないのも当然のはなしであった。ましてや、その鍋の蓋をこれまでの人生で一度として開けてこなかったのならば、なおさらに。


この世に生を受けてから二十年。私はこれまで自分には欲望というものがほとんどないのだと思っていた。食欲も、物欲も、性欲も。

過食をすることは一切ないし、必要最低限のものさえ購入できれば十分だし、己を慰める行為をしたこともほとんどない。


一切ないとは言わないが、人並み以下しか持ち合わせていない。

それが私自身の欲望に対する認識であった――しかし。


それが間違いであることを、私は知った。


自分が鍋の底だと思っていた場所がただ敷き詰められた具材の表面で、その下に深く濃い欲望が存在しているのだと――カレンと身体を重ねた時に、知った。

脳細胞が焼き切れるほどの快楽。子宮の奥底から身体を支配する獣欲。天上世界に登ってしまいそうなほどの幸福。それら全てを味わった。


結果として私は、カレンと身体を重ねて得られるこれらに溺れ、依存した。

ベッドで目覚めたら身体を傘ね、食事をとるときも相手の身体を弄り、運動と称して激しくまぐわい、お風呂でゆっくりと身体を弄び、疲れ果てて眠るまで行為に勤しむ。

性行為を行うための準備として性行為を行い、性行為と性行為の間の休憩として性行為を行い、一日の締めくくりとして性行為を行う。


衣服を纏うのすらも面倒で、格好はもはや原始の人間へと回帰していて。

私とカレンは、欲望に溺れた。溺死してしまいかねないほどに。

これほどまでに自分が欲望に溺れやすい人間なのだと、初めて知った。


一日、また一日と溺れ続ける日々が続く中、私を正気に戻したのは、奇しくもセックスしなければ出られない部屋に備わっていたポイントシステムであった。


ある日、食料が底をついたため新しく交換しようとアプリケーションを立ち上げた。その私の目に飛び込んできたのは、桁が何個も増えた膨大なポイントであった。


下位や中位の行為を行っているだけでは決して入手できないほどの量。

ポイントに設けられた区分においてに含まれているのは実際の性行為やそこから発展したマニアックな行為ばかり。つまり私とカレンは、短期間でそれだけのポイントを入手出来てしまうほどに好意に及んでいたのだ。

客観的は情報を提示され、私はそこでようやく正気を取り戻した。


十日間――それが私とカレンが欲望の日々に溺れていた時間であった。


それから、性行為を行うのは夜だけに取り決めたり、大量に入手したポイントで様々な機能を拡張したり、様々なことを行った。

病める時も健やかなる時も、ずっと一緒に。

そうやって日々を過ごしていき。気が付けば、私とカレンがセックスしなければ出られない部屋に閉じ込められてから半年が経過していた。


「そろそろポイントがたまりそうだね」


「そ、そうですね……」


身を屈めてパソコンの画面を覗き込むカレンの髪から、甘い匂いが香る。

同じシャンプーを使用しているのに、どうして彼女の香りはこうも情欲を掻き立てるのだろう。これがいわゆるフェロモンなのだろうか。


「ら、蘭麻、まだお昼だから駄目ですよ」


「分かってる。さすがにここで押し倒したりはしないよ」


息を吐き、意識を画面へと戻す。

表示されているのは膨大な数字。表に記されているものであれば一つを除き全てのものと交換できるほどのポイントが溜まっていた。


「あと数日ってところかな……」


「は、はい……」


私とカレンの言葉に、喜びの色は薄かった。

言葉にしていないが、お互いに想っていることは同じだろう。


身も心も結ばれたパートナーと、移住空間も充実したセックスしなければ出られない部屋という空間。この二つさえあれば元の世界に戻る必要などないのではないか。むしろ愛している相手と二人きりでいられるこの世界を捨ててしまうことは愚考ではないのかと――そう考えていた。


これまで言葉にしてこなかったのは、ただ勇気が――の人生を最期まで背負いきってやろうという勇気がなかったから。

だって、私もカレンもまだ二十歳で、この先の人生を想像するにはまだまだ人生経験が足りなくて、そんな根拠の乏しい状況で断言することなんてできなかったから。


今の私が取れる選択肢は――問題を先送りにすることだけであった。


「ねぇカレン。一つ提案があるんだけどさ」


「な、なんですか?」


「頑張れば半年ぐらいでこうやって目標まで貯められることも分かったことだし、しばらくはこの部屋を隅々まで楽しむことに全力を注いでみない? ポイント表にはまだまだ交換していなくて面白そうなものが沢山あるし、せっかくならこれらで楽しんだ後で部屋を出ることにしても問題ないと思うんだけど、どう?」


これはただの逃避だ。この部屋に留まり続ける選択をするわけでも、この世界から脱出するわけでもない。問題を先送りにする選択肢。

その意図を理解した上で、カレンは嬉しそうに頬を染めた。


「い、いいですね、それは。わ、私も色々と気になっていたものがあったんです」


「よっし、それじゃあ今日から色々と遊んでいこう。ポイント表には海外の観光地なんかも書かれているから、時間を賭ければ世界一周の旅行なんてできるかもしれないね」


「ほ、本当に観光地がありますね。い、一体何のために……」


「そりゃ、観光地の方が色々と盛り上がるからじゃない?」


私たちが歩み人生の果てがどこに繋がっているのかは分からない。

けれど、どこに続いていたとしても私はきっと幸せだろう。


カレンが傍にいてくれるのだから。


後二話はとある研究者視点のお話と日暮カレンの話となっております。


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