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本編4/5

セックスしなければならない部屋で得られるポイントには、大きな区分が存在する。


まずは最低ポイントしか手に入らない区分。これらは手を握るや恋人繋ぎをするといった簡易な身体的接触をすることで得られるものだ。

次に中間のポイントが手に入る区分。ここには愛撫といったセックスを行う前哨戦の行為から通常の性行為が含まれている。

最期に高最上の区分。ここはセックスの内容――つまりは様々なプレイ内容が含まれている。行為が特殊であればあるほど得られるポイントが高いものとなっている。


下位と中位、中位と上位で得られるポイントは文字通り桁違いとなっている。

最低区分で最もポイントが得られる行為を十数回繰り返すより、中間区分で最もポイントが得られない行為で得られるポイントの方が圧倒的に多い。


セックスしなければ出られない部屋は当然のことながら、セックスに至る行為であればあるほどに得られるポイントが多いのだ。

そしてこの区分の中で、キスは中間区分の下位に分類される行為であり、それによって得られたポイントは莫大なものであった。

目標である肉体改造に必要なポイントと比較すれば微々たるものだが、日常生活をグレードアップさせるには十分なほどに。


そのポイントの多さは自分が行った行為をまざまざと見せつけられているようで直視するのは嫌だったのだが、使用しないのも馬鹿らしいということで、私たちは生活水準を高めるために使用することにした。

行ったのは主に二つ。


一つはお風呂とトイレを別々にし、お風呂には給湯を、トイレにはウォシュレットを付けた。

現代社会で当たり前のように使用していた機能たちなのだが、それがないことがこれほど不便であるとは思わなかった。特に、給湯システム。

温かいお風呂に入るため、ユニットバスではお湯をいちいち貯める必要がある。

酷く時間がかかるし、何より追い炊きすることができないというのがかなりのストレスであった。これで、いつでも好きな時にお風呂を沸かして入ることができる。

お風呂はこの部屋における数少ないリフレッシュなのだ。


そして一つは――運動施設の追加であった。

セックスしなければ出られない部屋に閉じ込められてそれなりの期間が経過したのだが、私もカレンも酷い運動不足に陥っていた。

それも当然の話で、ここにあるのはベッドが置かれた部屋にパソコンが設置されてある部屋、後はお風呂とトイレだけ。ストレッチぐらいならできるが、しっかりと身体を動かすような運動を行うにはかなり手狭となっている。


部屋に閉じ込められる前までは平均程度には身体を動かしていたため、十分に身体を動かすことのできない空間は結構なストレスになっていた。

そもそもこの部屋がセックスという運動を強要する空間であるため、致し方ないと言えば致し方がないのだが。

というわけで私とカレンは迷いなくポイントを運動施設の拡張へと投資した。

キスをしてしまってから一週間、私たちはこれまでの運動不足を解消するために毎日のように拡張した施設で運動に励んでいた。


「い、行きます!」


「こーい!」


ネットで二分された広々としたコートを、カレンが打った球が横断する。

見た目にそぐわず運動神経の良い彼女の球は速く、私はそれを不格好に打ち返した。

球威がズシリと手首に響く。


外見のせいか運動が得意とよく勘違いされるのだが、私の運動神経は平均よりも低い。

身体を動かすこと自体はかなり好きなのだが、体育の成績はいつも真ん中であり、球技大会などで活躍できたことも一度としてなかった。

運動神経ではカレンの方が間違いなく上であった。


こうして一週間前に始めた球技――テニスも、カレンはすでに形になっていた。

私は何とか彼女に食らいついていっている状況であった。

不格好な形で打ち返したボールが緩くカレンのコートで跳ねる。

軽快な音を立てて放たれた彼女のショットが、自陣の右隅に突き刺さった。


「流石にこれは返せないなぁ……」


運動不足を解消するために行っているためいつもは軽く打ち合う程度なのだが、最期の締めくくりに毎回ミニゲームを行っていた。

毎度毎度たわいもないもの――食事当番や掃除当番など――を賭けて行う真剣勝負。

ここ一週間の戦績は三勝四敗と負け越しているため何とか勝ちたいのだが、今日のカレンはかなりキレキレであった。


結局、終始押されっぱなしであった私は右に左に走らされることとなり、敗北した。

最期の一球がラケットを掠めて過ぎ去っていくのを見届けた瞬間、私は仰向けで倒れた。


「はぁはぁ……あー、負けた負けた」


「ら、蘭麻、大丈夫ですか?」


「えげつないくらいに左右に走らせた張本人がそれを聞くかな……」


「ご、ごめんなさい」


「いやいや、別に怒ってないよ。真剣勝負だから手を抜かれた方が嫌だしね。むしろ、私が弱すぎてカレンの方が不満だったりしない?」


「そ、そんなことありません。ら、蘭麻とテニスができて、私とっても幸せです」


「それは光栄」


いつまでも起き上がらない私を心配してか、カレンがこちらへと近づいてくる。

彼女の火照った肌を舐めるように汗が流れ、谷間へと吸い込まれた。

その光景をじっと見ていた自分に気付き、慌てて声を上げる。


「カ、カレン! 私はもう少しここで休んでいくから、先に汗流してきなよ。そのままにしてたら風邪ひいちゃうし」


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「平気平気。私もすぐに行くから、ほら行った行った」


心配そうに何度もこちらを振り返りながらも立ち去ったカレンの背を見送り、息を吐く。

キスをしてから一週間、日に日にカレンに目を奪われることが多くなった。

自分の中でカレンに対する感情が変わったわけではない。ただ、自分の中にある感情が明確な形を得始めたのだ。変化というよりも、あるべき形に近づいているというべきか。


髪を掻き上げた時に除く真っ白なうなじ、食事をしている時の光沢した唇――これまで日常生活で何度も目にしてきた何気ない仕草が、刺さる。

ほんの僅かでも新しい何かを発見したら、それだけで一日幸せに過ごせるほどであった。

日暮カレンという存在に、私は一喜一憂している。


それはもう、紛れもない『答え』であった。


「……答えがでているなら、全部終わりにしないといけないよね。ちゃんと、自分で」


今日の夜、カレンに告げよう。

私は勢いよく身体を起こした。


―――


掌を水流が叩く。

皮膚を刺す冷たさは、自分の意気地なさを責められているようであった。


「いやいやいや……どんだけ臆病なんだよ、私は」


カレンに想いを伝えようと覚悟を決めてから早数時間。

晩御飯を終え、試合に敗北したため皿洗いを行う頃になっても、未だに私はカレンに何も告げられていなかった。

それどころか、挙動が若干怪しいものになってしまった私の体調を心配させてしまう始末であった。

覚悟を決めた時は今ならば何でもできるという万能感があったのだが、時間が経過するにつれその炎も鎮火し、残されたのは灰の上で足踏みする格好の悪い自分だけであった。


「想いを言葉にすればいいだけ、想っていることを言葉に変えるだけでいい――ってことは理解できるんだけど……まさかここまで難しいものだとは思わなかった」


これまでの人生で、他人に対して自身の考えや感情を伝えられなかったことはほとんどなかった。感情が形を成していなかったり考えがまとまらないため言わないことはあるが、自分の中で明確に形を成している存在を言葉に上手く変換できなかったことはない。

事実、こうして洗い物をしている時はすらすらと言葉が出てくる。


しかし、カレンを目の前にしたときだけ、上手く言葉が形を成さないのだ。


「まぁそれだけ私がカレンに参っているって証拠でもあるんだろうけど……どうしようか」


正直、これからどれだけの時間や日数が経過しようと上手く言語化できる気がしない。

むしろ、時間が経過すればするほどに事態は悪化してしまう気すらしている。

かといって、明確な答えを見つけた以上カレンに伝えないという選択肢はない。


「……当たって砕けるしかないってことかな。格好つけることもできそうにないし」


上手く言葉にならないのなら、上手い言葉にしようとしなければいい。

伝えなければならないことは決まっていて、その芯は揺らぐことはないのだから。

洗い終えた皿の水滴を拭い、しまう。


息を大きく吸って吐き出し、カレンの元へと向かった。


「カレン、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


「は、はい? いいですけど……」


ベッドに腰かけて小説を読んでいたカレンの隣に腰かける。

拳一つ分間を開けているはずなのに、カレンの体温を感じじっとしていられて無くなる。

拍動が加速し、身体中の血管が脈動する。

皮膚と肉と骨がこの鼓動を体内に留めていることが、信じられなかった。

唇を湿らせ、口を開く。


「カレン、私はカレンに伝えたいことがあるんだ」


「は、はい」


「随分待たせちゃったけど、ようやく私の中で答えが出たんだ」


私が何を伝えたいのか理解し、カレンの表情がほんの少し強張る。

彼女にそんな表情を刺せている原因が自分だと思うと、自分自身を殴りたくなる、

一秒でも早くカレンの表情を和らげたくて、私は言葉を紡ぐ。


「私にとって、カレンは親友だった。中学生の時からずっと一緒にいて、どんなことをするにもついてきてくれて、辛いときはただ傍にいてくれた。カレンがいたから今日まで私は私として生きてこれたんだって思うし、カレンがいない人生なんて後にも先にも考えることはできない。それぐらいカレンの存在は、私にとって大切なものなんだ」


平行世界というものがもし存在していたら、きっと私とカレンが出会わない世界戦も存在するのだろう。けれど、私はそんな世界の存在を一ミリたりとも想像することができない。

何十回も、何百回も、何千回も、世界をやり直したとして。


きっと私は人生のどこかでカレンと出会い、その先の人生を一緒に歩むだろう。

『上星川蘭麻』という人間を形作るうえで、『日暮カレン』という存在は必要不可欠なのだ。


「私はこれまでずっと、その大切に『親友』という名前を付けていた。けど、それは間違っていたんだ」


静かに話を聞いてくれているカレンの瞳を見つめる。

夜闇の水面のように、黒く不安げに揺蕩っている。


「私はカレンに色んな感情を抱いている。信頼とか安心とか、沢山。けど、それら全部を包み込むほどに大きくて……大きすぎるが故に、抱いていることに気付かない感情があった」


それは私にとっては当たり前で、当たり前すぎるからこそ己の見つめ直す機会が訪れなければ決して気付くことができなかったもの。

人間が、自分がどうやって二足歩行しているのかを上手く説明できないように、私にとってこの感情は上手く言語化できないものであった。


「それは――愛だ。私は日暮カレンのことが大好きなんだっていう愛を、私はずっと気づかなかった」


「――え?」


「だからさ、カレン。私は君のことが好きなんだ。誰よりも君のことを愛しているんだ」


全ての熱を言の葉に乗せ、カレンへとぶつける。

この言葉が、私の全て。

カレンに伝えなければならないことであり、伝えるべきことであり、伝えたいこと。


――君が好きなんだと。


「……ほ、本当、ですか?」


言の葉の炎が彼女の瞳を溶かす。

透明で綺麗な雫が頬を伝っていくのを、そっと指で掬う。


「本当だよ。私はカレンが好きだ。大好きだ。これまで人生で出会ってきた誰よりもカレンを愛しているし、これから出会うだろう全ての人よりもカレンを愛している」


「つ、都合のいい夢じゃ、ないんですよね?」


「そうだよ。まだ信じられないっているなら――これでどう?」


想いを告げることができたことで、完全に私の理性は崩れ去っていた。

体内をドロドロにする熱が私を暴走させる。


隣に座るカレンの身体をベッドに押し倒し、乱暴にその唇を奪った。

彼女の全てを奪い去ってやろうと唇を貪り、さらには口内を舌で蹂躙する。

二人の吐息が混じりあい、脳味噌を犯す。


カレンの唾液は甘く、おどおどしながらも絡めてくる舌は淫靡であった。

歯を撫でると身体がビクンと震える。

カレンの瞳からアイスのように理性が解け、欲望の沼へと消えていく。


酸欠で頭に霞がかかってくる。その苦しさすらも、気持ちがよかった。

身体が酸素を求めたことで、ようやく唇が離れた。

淫らな唾液の橋が、私とカレンを繋ぐ。


「はぁはぁ……これで、信じられたかしら」


「はぁはぁ……は、はい。信じられました。け、けど……もっと深く、刻んでほしいです。わ、私に蘭麻の愛を。もっともっと深くまで」


潤んだ瞳、上気した頬、艶めかしい唇。

そこから放たれたおねだりの言葉は、私を一匹の獣に変えるには充分であった。

覆いかぶさるようにして再び唇を奪い、自由な量の手はカレンの柔肌を犯すために服の舌へと潜り込む。


火傷しそうなほどに熱い肌は、どこまでも指を飲み込んでいく。

私たちはお互いを隔てているものを一つでもなくそうと、身に纏っている全てを脱ぎ去っていき――言葉にすることはできない快楽を、私とカレンは味わった。


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