賃貸契約
沖田総司という青年は純真で朗らかで、そして出し抜けに物を言う。
「賃貸契約でもしましょうか」
「それ美味しいの?」
「お家を借りるんですよ、源ちゃん。無人のお寺や神社も昨今、少ないですしね。ああ、でも保証人が要るのか……」
細い顎に手を当て、考え込む沖田総司。源九郎と沖田総司は最近、今いる無人の神社を寝ぐらとしていたが、そろそろ安定した住処が欲しいと考えていた。すぐに町を移るにしろ、定住を味わいたかった。言うなれば二人はちょっと野宿に飽きていたのだ。秋の気紛れな風が沖田総司の前髪をさわさわ揺らす。
源九郎は翡翠色の瞳で、そんな沖田総司をじっと見ていた。
「……お父上にお願いしてみる?」
「いえ、源ちゃんのお父様を煩わせる訳には行きません。土方さんにお願いしましょう」
論点がずれている。
そして源九郎は、土方にゃんにゃらいいの? と思ったが、口には出さないでおいた。
かくして土方歳三は、沖田総司の実に勝手な都合により、菩提寺である石田寺から呼び出されたのである。渋面である。沖田総司とは趣の異なる優し気な美形が、今は苦々しい表情を形作っている。後ろにさらりと流した総髪は、沖田総司の、所謂ポニーテールとはまた違う、大人の男らしい魅力があるが、作りが端正なほど、不機嫌さは迫力が出るものだ。
「さ、参りましょう、土方さん。いざ池田屋です」
「うるせえ。池田屋の名前を軽々しく出すんじゃねえよ。その、不動産屋の場所はここで良いのか?」
「はい」
そこは小路の奥の突き当りだった。日当たりはよく、こじんまりしているが、玄関前の鉢植えには菊の花が並んでいる。土方の目がそれをちらりと見た。
「ごめんください」
「はい、こんにちはあ」
それまでテレビでワイドショーを観ていたらしいお婆さんが、すぐさまテレビを消して沖田総司たちを振り返り、営業スマイルを浮かべた。白いワンピースには紺色の水玉が散って可憐であり、彼女が年経て尚、乙女心を忘れていないことを物語る。だが、そんな乙女心も、沖田総司たちを見て変化した。
「……何だい、幽霊の冷やかしならお断りだよ。よそ行きな」
つれない。そしてどうやら霊感があるらしい。源九郎の目は、お婆さんのふわふわ真っ白なパーマの髪に向いている。補足するなら、この仔猫、今も二足で立っている。
「菊の花はあんたが手入れしてるのかい、婆さん」
「……そうだよ、色男。死んだ爺さんが好きでね。今でも時々、あっちから見に来るよ。この時期になるとね。やれやれ。だんだら羽織が二つ並んで、よりによって新選組かい。しかもお偉いさんの匂いがぷんぷんするよ。そこの猫も含めてね。契約書は一応、書いとくれ。敷金、礼金も頂くよ」
「承知しました」
「にゃあ」
「幽霊物件にするんじゃないよ!」
交渉成立のようだが、幽霊が住む時点で幽霊物件となることにお婆さんは気づいていないのか、目を瞑っているのか。沖田総司と土方が書類に必要事項を書き込み、その間、源九郎はお婆さんに頭をやたら撫でられていた。どうせ撫でられるなら美女が良い、とは言わぬが花である。