平和が一番
秋は錦の衣を纏い、華やかにも涼しい。山の中、無人の神社の本殿の濡れ縁に、一人の青年と一匹の大柄な猫がいた。
青年の名を沖田総司、猫の名前を源九郎と言う。
沖田総司は浅黄色のだんだら羽織を着た美剣士で、源九郎は翡翠色の瞳、焦げ茶と白のはちわれのふくよかな猫である。
「しゅわっち、しゅわっち、しゅわっち、ていていていてい!」
「何をしているのですか、源ちゃん」
「落ち葉を突いてるの~」
「ああ、鍛錬にもなりそうですね」
「そうにゃあ~。ほら、沖田君もしゅわっち、しゅわっち」
「しゅわっち、しゅわっち」
付き合いが良い青年は、仔猫のリクエストにも笑顔で応じる。源九郎は少し変わった仔猫で、モスクワ―ナ一族という一族の猫であり、長寿の家系、加えてまだ仔猫なのに普通の成猫と同じかそれ以上の大きさがある。因みに年は百を越している。
沖田総司は、かの有名な沖田総司である。
死んでる。
幽霊である。
幽霊剣士と、二足歩行の大柄仔猫は、成り行きで一緒に旅をしている。両者とも、食い意地が張っている。
「麓の和菓子屋さんでこれを買いまして」
「み、みたらし団子にゃああ~~~~」
沖田総司は気分次第で自分を他者に見えるようにも見えないようにもできる。見えるようにすると、大抵の人は新選組のコスプレイヤーと認識して生温い目で見守ってくれる。お金の出どころは源九郎である。ロシア出身なのだが、国を出る時に色々、持たされた内の一つが金銀宝石で、この仔猫は口座を作り、預金通帳は沖田総司に預けている。
今はみたらし団子に二人で舌鼓を打って、実に幸せそうである。
「あまじょっぱくて良きねえ」
「ええ、緑茶も欲しいですね」
二人、ご機嫌で、にっこにっこしてもぐもぐしている。
秋の照る日。
にっこにっこ、もっぐもっぐもぐもぐもぐもぐ。
平和である。
これから、彼らの珍道中を、ちょっと追ってみたいと思う。
蛇足だが、その夜、源九郎が松茸が食べたいと喚き、ちょっとした騒動になった。食欲の秋に、美食家仔猫の腹が鳴る。源九郎は豊満な体型を「ふんわりシルエット」と自称している。沖田総司はにこにこして相槌を打つ。かくして「ふんわりシルエット」は助長されて今や丸々のころんころんである。
だがそこが良い。
密かにそう思う沖田総司は源九郎を甘やかす。
「お食べ」
「あ~ん」
「お食べ」
「あ~ん」
平和である。
平和が一番である。
沖田総司も源九郎も、そのことはよく知っているのだ。