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■岩手日々新聞号外より一部抜粋

蚕影神社(こかげじんじや)にて異様(いよう)なる神事(しんじ)

 狂人(きようじん)太刀(たち)(ふる)いて警官(けいかん)五名(ごめい)殺傷(さつしよう)

 現場(げんば)には(むすめ)屍体(したい)(たお)れた(おとこ)あり



 廿一日午後八時、匿名希望の市民から「蚕影神社に男達が(つど)ひて人を殺している」と通報を受けた盛岡東警察署特務隊は現場に急行し、同神社境内で神事の最中と思はれる神官達と倒れた男女、同女に覆被さつて(はらわた)を食らふ老人を発見した。老人は制止する警官隊を認めるや否や所持してゐた日本刀で襲掛かり、已むなく警官隊も応戦するも老人の揮う凶刃意想外に強く、七名中一名が死亡、四名が重軽傷を負う事態となつた。部隊長が老人へ拳銃三発発砲すれば内二発が命中、老人は湖へ飛込み逃亡した。老人が襲つていた女は上半身と下半身が切断され手の施しようなく絶息が確認された。又倒れていた男は、帝都在住の写真家伊達夢明(だてゆめあき)(二五)であると判明。手酷い暴行を受けており私立巖手病院に搬送され絶対安静であるとのこと。警官隊は遁走した老人の行方を追うと共に、神官達が詳しい事情を知つてゐるものとして宮司蚕影天涯(こかげてんがい)(五二)および娘嘉多子(かたこ)(十六)を始めとする神官四名に任意の事情聴取を行う方針である。警官隊に同行した同署榊原諒太郎(さかきばらりようたろう)警視は、過去上田堤で発生した未解決事件と関わりがあるとして慎重かつ厳重なる捜査を実施すると発表した(註=榊原警視は大正三年に起こつた未解決事件『県議・女学生殺人事件』の捜査本部長を務めてゐた)。





 殺害(さつがい)された少女(しようじよ)蚕影家(こかげけ)息女(そくじよ)

 亡骸(なきがら)には(ちよう)(ごと)四枚(よんまい)(はね)

 

 翌廿二日午後一時、盛岡東警察署|(以下同署)は蚕影神社で殺害された少女が、重要参考人である蚕影氏の娘姫子(ひめこ)(一四)であると発表した。又同署が市役所住民課に確認したところ少女の戸籍は台帳に記載されておらず無戸籍であることが判明。少女の屍について同署鑑識班三浦朝彦(みうらともひこ)班長は、胸部から腹部にかけての損壊著しく、飛散した数々の臓器や血肉は真白であり、背には蝶の如し四枚の翅が生えてゐたと述べた。遺体を回収せんとする鑑識班は、これを人為的に造作された装飾であるとして剥がさんと試みるも、翅は膚や筋肉と組織を同するものであり分別することはできなかつた。尚、少女の翅および身体は触れるだけで崩落ちる為、検屍のため医局へ運ばれる最中、無残にも棺の中で粉々になり、棺には石灰の混じつた泥のやうなものが残るだけとなつた。少女の毛髪と内臓が白色である理由について、三浦班長は、一見色素欠乏症とも思われるが、眼が黒であるためこれは否定される。奇病の可能性ありと述べた。()くの如し常人とは言難い特徴を持つゆえ、蚕影氏は、少女の出生届を役所に提出せず、私宅監置として邸内の一室で生活させてゐたと述べた。しかしながら、蚕影神社で行つていた神事や状況については依然緘黙(かんもく)を貫いてゐる。娘の嘉多子および神官達も同様である。





 居合(いあ)はせた写真家(しやしんか)心神喪失(しんしんそうしつ)


 翌廿二日未明、暴行により昏睡に陥つていた伊達氏が意識を取戻した。医局曰く、顔面と右膝を深く切られ、又後頭部に打撲はあるものの命に別状はないとのことであるが、医師や看護婦が何を訪ねても茫然とする様続く。警察は同氏の回復を待ち、事情を聞くとしてゐる。





 伊達氏(だてし)のカメラに(のこ)された(なぞ)写真(しやしん)


 伊達氏は帝都にある某出版社の記者兼写真家である。蚕影神社に放置されてゐた大型写真機および洋杖は同氏のものであるとして、警察が市内某写真館へフイルムの現像を依頼したところ、日本刀を揮う老父の迫真たる写真が幾数枚現像されたといふ。又洋杖が打据えたやうに歪み先端に黒い血液が付着していること、および下記の証言から、伊達氏は記者としての職責を全うせんが為、単身神事に乗込み酷薄にも返討ちに遭つたものと推測される。




 館主(かんしゆ)(かた)伊達氏(だてし)動向(どうこう)


 弊社記者の果敢なる調査により、件の写真を取扱つた某写真館の館主鷹木康平氏(二六)と面談することができた。館主は、伊達氏とは帝国大学在学中に知己となり、卒業から現在に至る迄深い親交があつたといふ。右について斯く語つた。

 慥かに彼とは帝大時代からの朋友である。五月の初旬に「盛岡の写真を撮つて雑誌に載せんが為帰省する、下宿先を紹介して呉れ」といふ旨の文が届いたのだ。最初はこの館でも良いかと思つていたが生憎空き部屋がない。さりとて木賃宿のやうな安いだけの物件に遣つては友誼に(もと)る。難義していた折、何処から聞付けたのか蚕影氏がやつて来て、曰く「御友人を泊める場所を探しているのなら私の屋敷などどうだろうか」とのことである。今となつては蚕影氏が何故知つていたのかまるで分からないが、人の口に戸は立てられぬといふことだらう。この経緯で、彼の世話は蚕影氏に任せることにしたが、或る日彼は奇妙な写真を持込んだのだ。ひとつは日本刀を持つた奇形なる爺で、もうひとつは可愛らしい真白な頭髪の少女だ。聞けば、上田堤の桑林を散歩中、偶然見かけた娘だといふ。写真を撮らせてもらつたのち、得体の知れぬ爺に襲われ逃げおおせたと。(記者が写真の在処を尋ねれば)写真は無い。全て彼が持つていた筈だ。爺の写真はそれきりだつたが、娘の方は二三度持つてきたものだから現像してやつたよ。察するに、彼はそのお嬢さんに写真家として強く惹かれていたのだらう。

 大方、さうして付合つている内に聞いてしまつたのだらう。いやなに、蚕影神社で執り行われる秘祭のことをな。その神事については何も知らないが。又或る日、彼は酷く狼狽した様子で此処に来て、閃光電球を売つてくれと云つたことがあつた。閃光電球はシヤツターを切る瞬間、周囲を強く照らすものだ。おそらく彼は、光が爺に対して有効であること、爺がお嬢さんを狙つていることを知つていたのだ。写真機の閃光を頼りに、お嬢さんを救おうとしていたのだ。勿論、危険なことは止すべきだと俺も云つたが、さつぱり聞く耳を持つていない。聞けば、彼の御尊父であり県議であつた伊達某氏は七年前に上田堤で何者かに暗殺されたらしく、仇討ちとしてあの爺と決着をつけなくてはならない、とのことだ。(註=大正三年四月、岩手県県議伊達明義(だてあきよし)氏(四三)および女学生高畠(たかはた)ふみ(一五)が上田堤で何者かに刺殺された怪事件あり。犯人は未だ捕縛に至らず)確たる証拠など無いが、彼は御尊父を殺めた犯人が、あの爺であると考えたのだ。まつたく愚かしいことだ。推理も検挙も官憲の仕事ぢやないか。武力に至つては軍属の分野だらう。少なくとも写真家の領域からは大いに逸脱している。如何様な大義名分があろうとも、己の本分を見誤つてしまつたから死んでしまうのだ。(館主嘆息せり。記者が伊達氏の生存および病状を告ぐれば少々安堵して)何の音沙汰もない為、死んだと思つていたのだが、いやなに、大いに結構。だが、(おし)になってしまっては此方も素直に喜べない。嗚呼、だからあれ程蚕影には深入りするなと云つたのに。云々。





蚕影天涯(こかげてんがい)()襲撃(しゆうげき)により死亡(しぼう)

 深夜(しんや)零時(れいじ)兇行(きようこう)

 狂人(きようじん)(のこ)した(なぞ)一言(ひとこと)


 廿四日午前零時、蚕影邸書斎にて、男の怒号と激しい物音を住込みの女中が聞いた。駆けつけた女中が書斎に入り電燈を点けると、日本刀で胸を貫かれた蚕影氏が両袖机の上に横臥しており、傍に片目の潰れた長身痩躯の老人が立つてゐた。書斎の天井から壁面まで血飛沫に塗れた光景に驚いた女中が叫んで腰を抜かせば、女中に気付いた老人は「蟲の娘はもう一人ゐたな。其奴を食らつて儂は満足してやろう」と云ひ残し、割れた窓から屋外に跳び、闇夜に消えていつた。暫し茫然としていた女中だが、我に返ると電話にて警察を召喚、そこで蚕影氏の娘である嘉多子の姿がないことに気付く。




忽然(こつぜん)()えた(むすめ)


 娘が老人に襲われたのではないかと危惧した女中は、すぐに娘の部屋へ向かうが扉には鍵が掛けられていた。呼びかけても返事は無い。納戸にある予備の鍵で開けたが、娘の姿は何処にも無くもぬけの空であった。室内は荒らされた形跡無く、窓が開け放たれていたこと、内側から施錠されていたことから、娘は窓から出て行つたものと思はれる。同日鑑識班による現場調査が行はれ、窓の桟に付着した白く光沢ある粉が発見されたが詳細は不明である。盛岡東警察署は娘の保護および老人の行方を捜索中である。




(以上、五月二十五日岩手日々新聞号外より一部抜粋)


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