甘い毒2
甘い毒の続編です。前作を読んでからお読みください。甘い毒→https://ncode.syosetu.com/n7075hc/
クラリッサ……私が壊してしまった最大の罪。
クラリッサは私の婚約者候補として厳しい教育を受けていた。まだ幼いのに泣くのを必死に耐えてる姿は痛々しかった。だが、覚えがよくて優秀だと聞かされていた。
少し自信に欠けるが、ケイトリンよりも優秀だと婚約者候補として残った。だが、今でも後悔する。何故クラリッサとちゃんと向き合わなかったのかと。私は、明るく表情がコロコロと変わるケイトリンを愛していた。クラリッサはケイトリンの後ろに下がり、静かに私達を優しく見守る様な少女だった。
コルテスと二人で穏やかに話す姿はとても愛らしいと思い、まるで妹の様に私は接していた。ケイトリンと私が婚約したら、クラリッサはコルテスと結ばれるのだろうと、愚かにも自分勝手に勘違いをしていたのだ。
だから、私は二人の裏切りが許せなかったのだ。それを私はクラリッサに全てぶつけて痛めつけた。心が壊れてしまう程に。
「クラリー……庭に散歩でも行かないか?部屋にこもってばかりだと体に悪い」
クラリーは暗い部屋でドレッサーの中をじっと見つめている。だが次の瞬間、鏡を叩き割り叫び声を上げる。そしてフラフラと何かを言いながら私に近づいて来た。
「クラリッサ?ケイトリン?違う、違う、私は誰、私は何、私はケイトリン?クラリッサは誰?私は、私は壊……れ、こわ……れて……」
「クラリー!?手から血が!!」
ハンカチを取り出しクラリーの手の傷を抑える。……クラリーの手は白くて、小さくて、冷たくて……早く温めてやらねばと内心焦る。私がクラリッサをこんな風にしてしまった。
「ケイトリンな私を愛して……愛してよ、全部あげるから……貴方が全部、全部受け止めて。離しませんよ……狂おしいほどに苦しい……もっと愛してください」
痛みなど感じてない様にクラリッサは私に気怠く微笑み抱きついてくる。クラリッサの幸せはなんだ。いや、クラリッサの幸せは、きっともう元通りにならない程に私が壊してしまったのだ。
「クラリー、君はクラリッサだ……ケイトリンでは無い」
「何を言ってるんですか?貴方が私をケイトリンにした。歪で醜悪なケイトリンを作ったんです」
あの優しいクラリッサはもう何処にもいないのだ。謝って済む問題じゃない。取り返しのつかない事をして、自分の子供までも私は殺してしまった。どれ程の絶望だろう。好きでは無い男に蹂躙され心を壊され、子を宿し、殺されかけて。
どうしてあんなにも優しいクラリッサの心を殺してしまったのだろう。本当に身勝手な自分に嫌気がさす。一生私はクラリッサに償い続ければいけない。
「貴方達は私を壊していく……心が今も悲鳴を上げるの。もう昔の思い出すら少しずつ消えていく……それは要らない記憶だからかな?」
「クラリー……君に私は何が出来る……?」
「ふふっ、これ以上何も出来ないくせに。カイディン様にも誰にも私に何も出来ない。……もう、私に出来る事は私自身しかできないんです」
手から滴る血をクラリッサは舐めて啜り、嗤う。唇を赤く染めて妖艶に目を細める。クラリッサの表情に胸が締め付けられ、何故か魅入られる。私はクラリッサを抱きしめて黙り込む。この感情はなんなのだろう。
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「母上、なんの御用件でしょう」
「クラリッサの事よ。貴方の軽率な行動で壊れてしまったあの子の代わりを捕まえたわ」
母上は無表情だが、扇を強く握りしめている。母上はクラリッサを気に入っていた。だからこそ期待を込めてあえて厳しく接していた。ケイトリンは直ぐに喜怒哀楽が表に出る。いずれ王太子妃になるにはよろしく無いのは知っていた。
「代わりなどいりません!!クラリッサは正式な私の婚約者です!!それにこの国には王太子妃の教育を受けていた人間など……クラリッサとケイトリンしかいません……」
「ええ、そうね。だから言ったでしょう?『捕まえたと』」
「まさか……ケイトリン?」
「ええ、クラリッサの噂を聞いて無様にもノコノコと戻ってきて……コルテスと一緒にね」
全身が震える。もしもクラリッサがケイトリンと会ってしまったら、クラリッサがまた死んでゆく。二人を引き合わせてはいけない。私はケイトリンとコルテスの二人をあんなにも責めていたのに、今はクラリッサの事でいっぱいだ。
私は心の動くままにクラリッサの元へと走った。
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「クラリー……ごめんなさい。私は自分の事だけしか考えていなかった。残された貴女が壊れてしまうなんて思ってもなかったの……許してとは言わないわ……でも私が貴女の代わりになるわ」
この人は誰?私はケイトリンなのに私の代わり?問い掛けと綺麗事で回る歪んだ世界の終りなんて呆気ないな。私はテーブルの上にあったワインの瓶を叩き割り、ケイトリンを名乗る女に向ける。ポタポタと滴るワインの色が血に見える。
「クラリー?何を……嘘でしょう、クラリー……」
女の前に知らない男が庇う様に前に出ると同時に、カイディン様が部屋の扉を開けて飛び込んできた。
感情がぐるぐると廻る。現実か夢か分からない。
「ああ……そうだった。私はクラリッサ……クラリッサなんだ。ケイトリンなんかじゃ無い。貴方達は間違いを消すように、私を壊していつもいつも……」
「クラリー!!落ち着いてくれ!!瓶を置くんだ!!」
カイディン様は叫ぶが、私は笑えばいいのか、泣けば良いのか分からない感情に飲み込まれる。貴方達は悪くはないんでしょう?全部私が悪いのでしょう?
「苦しくなる度にね、明日が遠くなるの。ねぇ、見捨てないで……どこもいかないでよ……もう私を苦しめて首を絞める人がいないと頭がおかしくなりそう……私を見てよ」
「クラリー……すまない、すまない……君を大事にする。ちゃんと君と向き合うから、だから馬鹿な真似はやめるんだ……」
「いいえ、私達が悪いのです!!クラリーにはもう苦しい思いはさせたくありません……。私が、私がクラリーの代わりになりますから!!」
忌々しい言葉が私を蝕むの。私の体と心は酷く弱くて。貴方達の言葉は汚い色で染まりきっていて本当に馬鹿で嘘つき。
私は割れて尖った瓶を向けたままま、ゆっくりとバルコニーへと下がっていく。綺麗な空……これで私が居なくなれば全て終りなんだろう。
「こんな理不尽な現実を誰が裁けるのかな?」
きっと、私が居なくなっても貴方達は笑うのでしょう?
さよならなんて言葉は要らない。言の葉が突き刺さり惨めなまま、私はケイトリンにはなれなかったんだ。ケイトリンと比べてくだらない日々に、何もない私が壊れてしまっただけ。
私は瓶の切先で喉を掻き切る。鮮明に色鮮やかに消えない記憶になる様に私は笑う。そのままバルコニーから落ちて
堕ちて
おちて
やっと私だけを見てくれた。
作者の世界観が爆発