大人びた彼女
蝉の声が煩い。
田舎に帰るといつもそうだ。
大学進学で、東京に出る。
そのまま就職をして、実家に帰るのは数年ぶりのことだ。
田舎は東京ほど暑くないなんていうが、それは嘘だ。
田舎の夏も、酷く暑い。
「ほら、同級生の孝君、結婚したんだって」
「いっつも一緒に遊んでたのに、差が付いたわねぇ」
母親の声を煩わしく思い、適当に返事をする。
どうも、田舎に残った連中は結婚が早い。
最後まで残っていた孝が結婚してしまったら、幼馴染で未婚なのは自分だけだ。
「あんたも、良い人いないの」
母親の追及を逃れるように、家を出る。
お盆だとか正月だとか、実家に帰るのが良いという風習は、早くなくなってほしい。
田舎の道も、子供の頃とは随分変わってしまっている。
舗装されていない、タバコの吸い殻が転がっていた通学路は、いまは綺麗な舗装路になっている。
適当に喫茶店を探して、歩いて回る。
記憶に合った店は、どれも随分前に閉店したようだ。
あとは、涼しい場所は何処かになかったかな。
子供の頃、家のクーラーは親が使わせてくれなくて、涼を求めて、いろんな場所を探し回ったっけ。
学校の近くにあった、子供用の図書館の分館も閉鎖されている。
近頃は子供が少ないから、仕方ないのかもしれない。
家に帰っても、また母親が煩いだろうし、どうしたものかと途方に暮れる。
田舎なんて、本当にくるもんじゃない。
酒を飲めるような店もない。
そもそも店がない。
どうしようもない。
同級生の家を訪ねてみようかと考える。
しかし、見知らぬ奥さんがでてきても、気を使うだろう。
そもそも、都会に出ていった自分を、歓迎してくれるか自信がない。
仕方なく、記憶を頼りに、通学路をたどる。
通っていた小学校も、随分前に廃校になったそうだ。
子供の頃、あんなに大きく見えた校舎が、酷く小さく見えた。
何とも言えない感情に浸りながら、家に戻る道をたどる。
あぁ、帰り道に見かける、赤い屋根の家。
田舎には珍しく、洋風な作りの家は、遊びに行くとき、集まる場所の目印だった。
「放課後は洋館の前ね」
それだけで、みんな集まったものだ。
携帯なんてみんな持っていなかったけれど、いつも上手に集まれていた。
不思議なものだ。
初恋の女の子が住んでいた、古い団地の前を通る。
ここも、工場の閉鎖と共に、住む人がいなくなってしまった。
あの子は、今は誰かのお嫁さんになっているのだろうか。
もう名前も覚えていないが、笑顔がかわいい女の子だった。
あの子との別れを、自分は覚えていない。
おそらくは、工場の閉鎖のタイミングで、どこかに引っ越してしまったのだろう。
いや、高校でバラバラになるときには、もういなかった気がする。
東京の大学に行く頃、工場は閉鎖したはずだ。
今一つ思い出せない。
子供ながらに、遊びに行くとき、彼女が混じっていると、ドキドキしたものだ。
田舎の女の子にしては、すこしおしゃれな子だった。
工場ができた時に来た子だったから、都会から来たのかもしれないな。
その子は、他の子と比べると、ちょっとだけ大人びたところがあった。
他の子達と、生意気だという理由で、いつも小さな喧嘩になることが多かったな。
それでも、次の日には一緒に遊んでいたのだから、子供とは無邪気なものだ。
記憶にある、最後に遊んだ日は、今日と同じ、暑い日だったような気がする。
確か、神社のある森は、木陰があって風が涼しいっていって、あそこにいったんだ。
懐かしさと、涼を求めて、汗をぬぐいながら、神社の階段を上る。
確か、最後に会ったのは、小学校5年生だったかな。
やっぱり、工場閉鎖の時期とは違うな。
引っ越していったのだろうか。
神社の森の木陰で、適当な切り株に腰を掛ける。
蝉の声でうるさいような、それでいて静かなような、不思議な気分になる。
最後に遊んだのは、「かくれんぼ」だったろうか。
あの子は、隠れるのが上手だったんだろうな。
あの子を見つけた記憶がない。
不意に、人の気配を感じ、神社の裏手に回る。
不法に投棄されたゴミがあり、田舎にも不心得者がいるものだと呆れる。
田舎だからこそかもしれないな。
随分古いものもある。
余計なものを見つけてしまったと後悔しながら、古びた冷蔵庫を蹴とばす。
朽ちた扉が開き、大人びた彼女と目が合った。