「たった0.3gになった貴方」
ちりん、と店の扉が開いて取り付けられた小さな銅の鐘が鳴る。荷物に埋もれるカウンターで最近発売された医学書を読んでいた女店主はゆったりとした動作で首を動かすと扉の前に立つ女性客を見た。
女性客は少し緊張しているようで、握りしめた手を胸の前で合わせて、きょろきょろと物が多い店内を見回していた。
「あ、あの……この店に来るように言われて……」
おどおどとした自信のない物言いに女店主は本を閉じて、カウンターの後ろにある棚から箱を取り出して、カウンターの上に置いた。
「ええ、はい。一切合切承知しております。フリートハイム様のご紹介ですね」
「は、はい……えっとその、彼が、どこにいるかご存じで……?」
女性客はカウンターに近づくと小さな声で尋ねた。フリートハイムとは彼女の恋人であるが、行方不明になってもう一か月となる。そんな彼から届いた手紙には、この店に行くようにと書かれており、アデーレはこの店へとやってきたのだ。
女店主は頷いた。
「ええ、彼ならここにいます」
「そ、それなら会わせてください!」
アデーレの懇願に女店主は棚から取り出した箱の中を開けた。その中には小さな宝石が入っていた。
「人間の心臓はいくらだと思います?」
「え?」
「フリートハイム様は新しく事業を始めようとしていらっしゃいました。しかし、信用していたご友人に騙され、事業は失敗、多くの場所から借りたお金は持ち逃げされ、彼の元には借金しか残りませんでした。まじめに働き始めたとしても一生返せる額ではありません」
いきなりなんの話をし始めたのかと困惑したアデーレは、フリートハイムの名が出ると静かに目を見開いた。借金なんてそんな話は聞いていない。
「自分はどうなってもいいが、彼女にだけは愛を伝えたい。そう考えた彼は一世一代の告白にと貴方にダイヤモンドを用意しました」
ネックレスの形に彩られた赤いダイヤ。アデーレは困惑した。借金まみれになった彼がどうやってこのダイヤを用意したというのか。女店主は微笑んで先ほどと同じ言葉を口にした。
「人間の心臓はいくらだと思います?」
アデーレの頭の中に嫌な想像が広がる。最悪な考え。嘘でしょう、と言いたくなるそれに女店主は話を替えようと首を振った。
「こちらのダイヤモンドは普通ではありません。ご遺骨、ご遺灰、毛髪などに含まれる炭素のみで作られたダイヤモンドになります」