2話 調査
次の日の朝。
オレは朝日が登るとともに目を覚ます。
今日は冒険の無いオフな日。
うちのパーティーは数日に1度のみダンジョンに潜ったり森などに魔物を狩りに行く。
オフな日は各自が好き勝手に過ごしていた。
と言っても、だらけているだけだと次の冒険に差し障りが出るので多少の修行はする。
「リチャード、起きてる?」
朝っぱらだと言うのに、宿屋の扉が叩かれる。
これはジジの声だろうか?
「入っていいぞ」
「うん。ごめんね、こんな早くから」
ジジはいそいそと部屋の中に入ってくる。
その表情には少しだけ疲れが見え隠れしていた。
……まさか、やはりパーティーを抜けたいとかそういう相談だろうか。
流石にそれは不味いとあたふたしていると、ジジは持っていた袋から何かを取り出す。
「えっと、昨日言ってた貧血に効くポーション持ってきたよ」
「お、おう。なんだ、そんなことか」
まさか、昨日の小芝居を本当に信じているとは。
というか本当に貧血に効くポーションってそんな簡単に作れるんだな。
「貧血だからって侮っちゃ駄目! もし冒険中に倒れたら一大事だよ?」
「……それもそうだな」
オレは、小瓶に入ったポーションを受け取る。
嘘なので若干の罪悪感があった。
「……それに、僕はこれぐらいでしかみんなの役にたてないから……」
そう言って暗い顔をするジジ。
役に立っていると励ますのは簡単だが、昨日クビ宣告をされている以上それは彼女の心に響かないだろう。
「あー、あんまり気張りすぎるなよ。ジジも大切な仲間なんだから、倒れられてはオレたちも困る」
「僕は大丈夫。それよりほら、ポーションはもう飲んじゃった方が良いよ。中身は血液増加作用のある薬草を入れた、普通のポーションだから」
気丈に振る舞うジジ。
オレは促されるがままにポーションを飲む。
「……ん。相変わらず飲みやすいな」
「ふふ、僕としてもそこには拘ってるからね」
普通、薬というのは苦くて美味しくないものである。
しかしジジが作るのは雑味なども少なく、美味しいと言っても過言ではない。
……そういえばオレ、ジジが作ったポーション以外まともに飲んだこと無いな。
ジジとパーティーを組む前の駆け出しでは、貧乏ゆえにポーションではなく薬草を直接食べていた。
だからこそ、ジジのポーションがどのくらいのものか相対的な比較ができない。
「なあジジ。ポーション余ってたりしないか?」
「ポーションなら余ってるけど……。もしかして貧血がまだ治ってないの?」
「あー。そういうわけじゃねぇから安心してくれ。最近、1人で修行してる時にポーションがあれば便利だなと思っただけだ」
そうでしたか、と安心した様子のジジ。
本当にこちらのことを心配してくれてるようで、色々と心苦しい。
「入用でしたらいつでも言ってね。その時には余分に作るから!」
「おう、助かる」
ジジはオレの体調が問題なことを確認したからか、それでは、と部屋を出ていく。
それを確認したオレは、今渡されたばかりのポーションを手に立ち上がった。
「……よし、行くか」
オレたちが現在の拠点としているのは、迷宮都市プレネーミ。
街の中心には地下ダンジョンの入り口が存在し、冒険者たちはそれを目当てに集まる。
鉱山都市のダンジョン版とでも考えるのが良いかもしれない。
そんな構造をしているからか、この街には多くの冒険者が存在する。
加えて、そんな冒険者達が利用する店も当然あった。
『薬屋 ヴィオーラ』
オレはそう書かれた建物の中に入る。
「……いらっしゃい。お客人、何をお求めかな?」
出迎えてくれたのは、見るからに顔色の悪い老婆。
薬屋の店主がそんな顔では、客が逆に逃げると思うのだが……。
店の中には、所狭しと色々な薬草やポーションが並んでいた。
「ええと、買いに来たってのとはちょっと違って」
「……? ……あんた、よく見たらジジって子のパーティーメンバーかね?」
突然出てきたジジの名前にオレは少しだけ驚く。
「あ、ああ。婆さん、あいつと知り合いなのか?」
「ヒヒ。知り合いってわけじゃァないけどのぅ。こんな店やっておるんだ。若い有望な薬師の情報ぐらい、入ってくるのでなぁ」
有望、なのか。まあわざわざ世辞をいうような人間にも見えんし、本心なのだろう。
しかも本人だけでなくパーティーメンバーのオレの顔まで知ってるとなると、相当注目しているようだ。
「あんな子が居るのに、この店に来るってことは……。もしかしてパーティーから抜けたのかね?」
「いやいや、違う。今日は、こいつを見てもらいたくてな」
オレはそう言って、ポケットから1つのポーションを取り出す。
それは、今朝ジジからもらったもの。
「……なんだい? うちは鑑定屋じゃないんだがね?」
「鑑定ってほど真面目に見てもらいたいわけじゃない。ただ、効能とかそういうのを薬屋の立場から見てほしくてな。婆さんも気になるだろ、有望株が作ったポーションだぜ?」
「……ほぅ」
老婆はそれだけ言うと、ポーションをじっくりと眺める。
「……ま、お主が何を考えてるかは、この際どうでもよいか。こいつの効能を調べれば良いのかね?」
「出来れば、標準のポーションとの差分も教えてもらえるとありがたい。報酬なら多少は払う」
「……いらんよ。強いて言うなら、商品を多めに買っていくと良い」
彼女はポーションの小瓶を手に取り、蓋を開ける。
「……不純物は少ない。よく、濾過されてる証拠であろう」
「珍しいのか?」
「ポーションなんてのは、薄利多売の商品さ。……こんなものに、ここまで丹精込める人間なんておらぬよ」
飲みやすさに拘っている、とは言っていたが、そこまでか。
その後、老婆はポーションを指の先に垂らして軽く舐める。
すると次の瞬間、目を見開いた。
「……これは」
「どうかしたか?」
「……驚いたね。有望株だとは思ってたけど、これほどまでとは……」
「おい、だから説明してくれって」
オレがそう言うと、老婆はこちらをジロリと睨む。
「ジジって子、今すぐ儂に紹介してくれんかね?」
「あいにくと、あいつはこれからもオレのパーティーに必要な人間でね。んなことより、そのポーションはどうなんだ?」
「……凄いって言葉は、こういうのを表すためにあるんだろうねぇ。良い素材を目利きして、飛び抜けた錬成技術があって……、その上でも10回に1回ぐらいしかこんなもの作れやせんよ。ポーションなのに、回復効果だけで言えばハイポーションにも匹敵するわ」
「……そんなにか」
オレがつぶやくと、老婆は呆れたような顔をする。
「まさか、気付いてなかったのかい?」
「恥ずかしながら」
「……はぁ。精々大事にすることだの。冒険者としては知らんが、薬師だったら引く手あまたじゃ」
「肝に銘じておく」
なるほど。そんなにか。
確かに、それだけの腕があるというならば、彼女が成り上がるのはあまりにも簡単な話だ。
思案しながら、オレはいくつか必要そうな商品を購入して、店を出るのであった。