プロローグ
「みんな、話って何?」
ギルドの一室にて。
突然の呼び出しに不思議な顔をした、パーティーメンバーであるジジが部屋に入ってくる。
彼女はパーティーの中でも少しだけ特殊な立ち位置で、薬師だが普段は荷物持ちをしてもらっていた。
最初の頃はとても助かる仲間だったが、オレたちのパーティーも成長してきた。
その結果、薬師である彼女を重荷とする雰囲気が、仲間内で常につきまとっている。
だからこそ、今日はパーティーから脱退させるために彼女を呼んだ。
リーダーであるアレスが、口を開く。
「いきなりで悪いが、お前に伝えたいことがある。お前は――」
追放だ。
彼がそう言おうとした瞬間、聞いていただけのオレに、突如として頭痛がはしった。
割れそうな痛みに、意識が朦朧としついには気を失ってしまう。
そして、それと同時に大量の記憶が蘇ってきた。
あれ? なんかこの状況を知ってるぞ?
◆ ◇ ◆
意識を回復して1分ほど。
オレはパーティーメンバーに囲まれながら、現状を把握する。
端的に言えば、前世の記憶が復活した。
いや、端的に言い過ぎたか。
具体的に、自分がどのような場所で暮らし、どうやって生きてきたかのまで詳しくは覚えていない。
覚えているのはただ一つ。
現在、オレが立たされている状況は、前世で読んだ、パーティー追放ものに酷似していることだった。
内容を簡単に説明するならば、オレたちパーティーは、ジジと呼ばれる薬師を追放。
しかし実はジジに頼っていたパーティーはすぐさま落ちぶれる。
それとは別に、ジジは新しい薬師としての力を覚醒していくという典型的なパーティー追放ものだ。
…………あれ、今の状況、めちゃくちゃ不味くねぇか?
「リチャード、大丈夫か? いきなり気を失ったようだが」
リーダーであり、剣士のアレスが、オレの顔を覗き込みながら心配してくる。
「だ、大丈夫だ。ただの貧血だろうからな」
まさか前世の記憶が蘇ったなどということを言えるはずがない。
「本当に? 今すぐ貧血に効く体力回復のポーションを作ろうか?」
ジジもオレのことを心配そうに見つめる。
え、何? 貧血とかにも効くポーションってそんな簡単に作れるの?
「ちょっと、何いきなり倒れてるのよ。訓練が足りてないんじゃない?」
そして、最後のパーティーメンバーでもあるウィザードのシャルロッテはそんな言葉をかけてくる。
武道家のオレと、リーダー兼剣士のアレス。そこにウィザードのシャルロッテと薬師のジジという4人が、現在のパーティーだ。
「それでアレス、さっき何か言いかけてたけど、何かな?」
純粋な瞳でアレスを見つめるジジ。
言いかけてたこととは、彼女への追放宣告である。
……いやいや、それはヤバい。
「ああ、それはお前を追放――」
「いやー、きっと何でも無いよ。ほら、最近暑いからオレみたいに貧血に気をつけろってことじゃない? なんでも無いから明日もよろしくねー」
ジジを追放するということは、それすなわちオレが破滅へと進んでいくということ。
是が非でも彼女を追放してはいけない。
「おい、なぜ遮る。お前はすでに知ってるだろ? ジジはクビだと」
「……え? 僕が、クビ……?」
突然のクビ宣告にうろたえるジジ。
おい、やめろ。それ以上言うんじゃあない。
だが、そんなオレの悲痛な叫びも虚しく、今度はシャルロッテが口を開く。
「ジジ、あなた邪魔なのよ」
「……そっか。やっぱり、僕は邪魔だよね……」
「いやいや、邪魔とかじゃなくてね。ただちょーっと不満が出ただけで……」
オレは必死にごまかそうとする。
だが、ジジ自身も多少の自覚があるようで、フォローしきれない。
シャルロッテとアレスは怪訝そうな顔でこちらを見る。
「何よ。ジジがお荷物なのは事実でしょ? こいつがやってるのは、荷物持ちだけ。ポーションも作ってくれてるけど、分け前を考えれば店でポーションを買ったほうが安上がりじゃない」
「そうだぞ、リチャード。決まったことになぜ今更文句を言うんだ」
何故か固い意志の2人。
だがそんなこと今はどうでもいい。
「……分かった。今日で、僕はパーティーを抜けるよ」
「いやいやいやいやいや、ちょっと待とうな? 今すぐ抜けても路頭に迷うだけだろ? 少し待てって」
「ううん。これ以上みんなに迷惑はかけられないよ」
「迷惑とかそういうのじゃなくて……。ほ、ほら、バイトとか派遣だってクビ通告は1ヶ月前じゃないといけない法律があるだろ!? アレス、経営者としての自覚をきちんと持ったほうが良いんじゃないか?」
自分でも何を言っているかは分かっていない。
ただ、前世ではそんなルールがあった気がする。
アレスも、オレの言っていることを理解できてない様子。
「リチャードは優しいね……。でも僕はやっぱり……」
何処か嬉しそうなジジ。
むしろ、優しくなくて自分勝手だからこそ彼女を引き留めようとしているわけで。
純粋な彼女に、どこか罪悪感を覚えてしまう。
「じゃ、じゃあこういうのはどうだ。あと1ヶ月残ってもらって、その間の業績で判断するっていう!」
「ちょっとリチャード。どうしてこんな奴のためにそんな面倒なことしないといけないのよ」
うるせえ! オレたちが生き残るためだ! と叫びたくなるが必死に抑える。
「1ヶ月ぐらい良いだろ。あ、やばい、また貧血が酷くなってきた。これ以上の議論はキツイから、この話は決定事項な。てなわけで、オレは部屋に戻る!」
自分でも分かるぐらい胡散臭い演技をしながら、オレはそのまま部屋を出る。
そしてその日から、どうにかして破滅を防ぐために奮闘するオレの人生が始まるのであった。