いつ、どこで
「う、ひどいなこれ・・・」
そう言いながら目の前の紙に向かって苦い顔をする。
もうかれこれ数時間机と向き合い格闘している。
勉強机なんていつぶりだろうか、ここまで自分に似合わないものもないとすら思う。
もちろんやっているのは勉強などではないが。
全然似てない。
机の上にはiphoneに映し出されたイラストと、その隣にはお世辞にも上手いとは言えない絵があった。
私が数時間格闘していたのはこれだった。
今日は夏休み四日目で、早くも完全にやる事が尽きてきた時期だった。
待望のゲームはリリース時期が延期され、ツイッターでは興味のある話題が枯渇し、テレビでは猛暑の特集ばかり。
とにかく暇だった。
「アニメもそんなになぁ。」
そう言いながら、起きてからまとめて見た微妙に印象の薄いアニメたちを思い出す。
面白かったものといえば五分枠のアニメ一つで、時間なんて潰せそうになかった。
「うーんひまひまー」
冷房の効いた部屋で、タオルケットにくるまりながらゴロゴロする。
部屋を少し肌寒くし、タオルケットの触覚を味わう。至福の時だ。
こんな日に外に出ることなど考えられないな。
いつもならここで眠りについてしまうのだが、今日はそうもいかなかった。
昨日は一日中これをして、起きる。寝る。起きる。寝る。をした結果、寝すぎで頭が痛くなった。
もう寝すぎてねれないんだよな。
結局。この暇さをなんとかする方法を考える。
「あ、そうだ。こういう時にこはるに連絡すればいいのか」
テーブルの上にある携帯を、転がったまま取りに行き、ラインを開く。
ラインを交換してからというものの、毎日のようにこはるはチャットしてくるようになった。
内容は学校であった他愛もないことや、ちょっとカッコいい先輩がいる。とか、最近のドラマがどうとか。
正直私はついていけないので、最初は微妙に困っていたりもしたが、だんだんと慣れてきてお互い好きな事を話すようになった。
実は一応ドラマを見始めたりしている。意外と面白い。
ラインの連絡先からこはるを探す。もちろんリストは1人しかいないので余裕。
暇。
何気に私から送るの、これが初めてだったり。
しばらく床に転がっていると、こはるからの返信が返ってくる。
ゆうー!2日ぶり!今実家の長崎にいるんだー
海めっちゃ綺麗だったよ!これ今日撮ったやつ!
ピロン
「おわぁー」
そこには水着を着て、家族と見事に夏の海をエンジョイしている写真が貼られていた。
「つか胸でけえ・・・」
元気いっぱいにはしゃぐこはるの胴体は、中学生とは思えないほどに発育のいいふくらみが付いていた。
ふと、自分の柄付きTシャツの中を覗く。
・・・
見なかったことにしよう。
『中学生から豊胸は良くないぞ』
『もぉーo(`ω´ )oゆうどこ見てるの!
と言うわけでこれから花火見に行く!また後でね!』
あ。
そういえばそんな時間だった。
締め切ったカーテンを開け外を見ると、完全に陽が落ちている空。
暇だ。
ちくしょう。なんでこっちから連絡したときに限って家族旅行なんぞしてやがるんだ。裏切り者め。
それに一番気に入らないのはあの胸!本当に中学生かよ・・・
まぁ海行く気ないしそもそも外は出る気なんてさらさらないから羨ましくもないんだが?
仮に出ることになるとしたら太いあいつより細い私の方が似合う服多いだろうし?
とにかく気にしてないから!
これ以上は虚しくなるからやめよう・・・
ボフッ
よく冷えたベッドに頭からダイブし、再度この有り余った時間をどう解決しようか考える。
そういえばもう夏か。
家から出ることがなく、常に冷房の効いた部屋にいるため忘れてしまっていたが、今は夏なのか。
しかも中学生最後の夏。
半年後には受験が控えているとか全く考えられない。
「ていうか勉強してない・・・」
受験勉強をする学年になっていた事を今更思い出す。
将来のこと考えたら不安になってきた。どうしよう。
中学三年生にもなるのに。受験勉強も課題もせず、友達と夏をエンジョイする事もないまま過ごしている。
やることと言えば床に転がって暇だ暇だと呟くばかり。
やばい。
控えめにいってかなりやばい。
この半年間で勉強して合格できるようなビジョンも見えないし、他の打ち込めそうな物すらも私は持っていない。
今から勉強したところでそもそも学校でやりたい事もないしなあ。
このまま何もせずに過ごして大人になるのか。
それだけはまずい。
なんとかしてやることを見つけなければ。
「せいっ!」
勢いをつけて床から起き上がると、完全に死にかけていた脳をフルに回転させる。
まず、今の自分がやれることを探す。
ネットサーフィンにMMO。ツイッター監視にデイリー消化・・・
どれも何にも役立ちそうにない。というかそれをメインにするのはちょっと違う。
タイピングが早いくらい。IT系?でもプログラミングとか面倒なだけだし・・・一応やれるけど。
そんな感じで自分の特技というか、いつもやってることを出していく。
しかし、そこに自分が本気で取り組めそうだと思えるものはなかった。
じゃあ自分がやりたいことってなんだ?
いつも馴染んでいるものから連想するとアニメとかゲームになるのかな。
その中でもゲームは結構興味があった。
やってみたくはあるが、ツクールで設定だけ作って放置したままだ。
それにシナリオが関与してくるのは少しな・・・
アニメ系といえば絵か。
たまに気に入った絵師の絵をいいねしたりシェンロンしたりするけど、そういえば自分で描いてみたことはなかったな。
やってみるか・・・?
そう思い立つと勉強机の上のキーボードをどかし、いつの日か開いたきりの国語のノートを広げる。
シャーペンどこだ?
これまたいつの日か振りの筆箱を開き、新品同様のシャープペンシルを出す。指動くかな。
よし。
「・・・・」
何を描けばいいんだ?
いざ紙を目の前にして描こうとすると、まったくもって何から始めていいかわからなくなってしまった。
確かさっきまではツイッターで印象に残った絵師のイラストみたいな脳内画像がぼんやりとあって、そんな感じにすればいいのではと思っていた。
でも描くとなったらなぜだ?頭が真っ白になってどこから手をつければいいかわからない。
「んん?」
1度目を閉じて、さっきまでの記憶を思い出そうとする。
爽やかな感じで、海があって、そこに人が1人いて・・・
無理だ。
どう頑張ってもさっきまでのものは戻ってこない。
仕方ない。先に手を動かすしかない。
取り敢えずペンを握りなおし、適当に目から描いていこうとする。
目ってこんな感じだよな?あれ?なんか変?
???
描き始めたはいいものの今度は目がかけないことに気づく。何度描き直しても、死んだ魚みたいな変な目ができる。
「目を描くのってこんなに難しかったっけ。」
他の部分を描こうとしても、全くもって人の形を留めていない形ができていた。
「やばい。私ってこんなに絵が描けなかったのか。」
正直小学校の頃から、絵を描くことがまったくなかった。授業で描くことはあったのだが、そこまで意識もしていなかったので自分が下手だとも思っていなかった。
遊びで描くことに関しては友達と一緒でもまともな絵を描くことはなかった。全部ひどいやつ。
一人で落書きなんて恥ずかしくて出来なかったな。
そのあと数十分ほど自分が描いた謎の物体と格闘するも、確実に変なのに、どう直せばいいか分からない。という状態から抜け出せることはなかった。
うぅ、このまま何も描けずに終わるのもシャクだなぁ。
そう思ったので、ここは大先生に頼ることにする。
絵 描き方 検索っと。
私の人生の教師。偉大なる師範。
先生!
エンターを押すと、それらしきサイト達が数多く出てくる。
やはりbiglobe先生はなんでも知っている。
うーん?比率を守れ。シルエットで見る。配置を覚える。ディティールは最後・・・毛束は筆を長くもってストロークを長く・・・
わかんない!
他にはないか、他には。
お、絵を描き始めた方にオススメの練習法。
これだー
えーと、最初は模写から始めましょう。
もしゃ?模写って他人の絵を真似るだけのやつだろ?
そんなんで上手くなるのか・・・?
取り敢えずやってみるしかないか。
適当に自分のツイッターのいいね欄を漁り、可愛いウォンバットの絵を開く。
うむむ
全然似てない。
元の絵のかわいさが完全に殺されている。
そもそもウォンバットかどうかすら分からない。
模写がこんなに難しいとは。
「もーやめだやめ!こんなんやってられるかー!」
ペンを雑に置き、倒れるようにタオルケットにくるまる。
暇だ・・・
再び暇の波が押し寄せてきた。2時間ほど潰せたのはいいが、まだ全然1日は残っている。
「っていや進路決めるんだった・・・」
それからあれこれ考えてみたものの、答えらしい答えは見つからず。
結局何もできないまま微妙な気分のままダラダラ過ごしていた。
「もういいや。」
そういえばこはるはどうしてるだろう。今頃花火大会とやらに行っているのだろうか。
こはるはもう進路とか決めたのかな。進学校に行くとか言ってたけど全然勉強してる気配がなかった。私が言うのもなんなんだけど。
数年後私はどうなっているのだろうか、普通に学校に通ってるのか、もしくはすぐに働き始めているのか。
・・・
「どっちもないな。」
どう考えても今と同じように部屋の中で転がっている自分しか見えない。
そんなんではこの先、生きていくことはできないだろう。
そういう風に思うと、結構くるものがある。一生このままかもしれない。
心の奥で、なんとも言えない感情が渦巻いていた。
じゃあどうすればいいのか。
そのための今日の時間だった。
自分の中でこれだと思うものを見つけて、それのために生きる。
でも見つからなかった。
これ以上考えても何も変わらないのではないか。
何もない奴は一生何もない奴のままなのか。
そんなことを考えたあと、頭を空っぽにしてただただ時間が過ぎるのをベッドの上で待っていた。
ふと、インターネットの世界を思い出す。
見える限りのその世界には、たくさんの輝く人間たちがいて、好きな事に没頭して思い通りの生活を送っている。
そうじゃない人間だって、私にとって眩しく見えた。
好きなものがあって、お金を費やし、時間をかけ、大好きだと確認できる。そんなものがある。
好きなものの話をすれば、反応してくれる人がいる。同じ話ができる。
有名な人の中には、私と同じような生活をしていた経験のある人もいる。
暗く寂しい青春時代を送り、孤独の中から這い上がって来た。
その人は今。好きなことで生きている。
そんな人間になりたい。
彼らは私と何が違うのだろうか。
なぜ私には没頭できるものはないのだろうか。
生まれ?境遇?努力が足りない?それとも才能?
考えても考えても、答えは出なかった。
・・・
いつのまにか意識は遠のき、ぼんやりとした世界の中にいた。
目が開いたままでも、体は鈍重になり、手足の一切を動かす気力もない。
ただ何と無く、何かやらなければいけない。そんな気持ちだけが私の中にあった。
ここで寝ていてはいけない。
時間を無駄にしてはいけない。
社会から逸脱してしまう。
だから目を閉じてはいけない。
焦燥感が永久にループする。
しかしどれだけ考えようとも、手足は動かない。
いつもの独り言も、声が出ない。
最初から無いような気力も、もう完全になくなった。
このまま埋まろう。思考を止めよう。薄い意識の中で、そう思い、軽く開けていた目を閉じた。
・・・
ピロン
ピロン
携帯の通知の音。
多分こはるだ。
ピロン
異常に重い瞼を開き、携帯を取ろうと体に命令する。
でも体は動かない。動こうとしても、いうことを聞いてくれない。
朦朧とした意識の中。動こうとする自分と動けない自分が戦っていた。
・・・
・・・
・・・
「おえぇ」
気持ち悪い。
結局寝てしまった。
寝たと言うより、気絶した感じに近いかもしれない。
鉛のような重さの体を動かし、力の入らない手で携帯を手に取る。
2時間経ってる・・・
時間を確認すると、すぐにこはるからの連絡を確認する。
『花火めちゃくちゃ綺麗だよ!これ動画!』
そこには海岸沿いから見た大きな花火の姿が映っていた。
空高く登り、大きく輝いて消えていく。
その姿は止まることなく変わっていく。
その一瞬の輝きが儚く。そして美しいと感じた。
人の一生もこんな感じなのだろうか。
『今年で中学で見る花火も最後かあ、今度一緒に見に行こうね!』
私はその一瞬で、何が出来るのだろう。
『将来のことって、どう考えてる?』
そうメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
しばらくすると返信が返ってくる。
『うーん?私は何も考えてないよー╰(*´︶`*)╯♡とりあえず進学して、恋に部活に勉強に!いろんなこと楽しんでみたいとは思ってるけど٩( ᐛ )و』
『やっぱり進学かー』
『ゆうはどうするの?ていうか勉強してる?』
『今それで悩んでる。進学するにも不登校児だしなって。』
『そっかー』
『学校って言ってもいろいろあるからね。通信とか。』
『うん、それも考えてる。』
『こはるは将来不安じゃないか?』
『不安だよ?勉強もできる方じゃないし、運動だってできない。ゆうみたいにパソコンとか強くないし、特技も何もない!』
『でも・・・ 』
『でも?』
『いくら先のこと考えたとしても、今以上に大切なものはないから。』
『弟と妹の面倒見て、学校行って、お喋りして、みんなと過ごして、そのことをゆうと話す。』
『そんな毎日の事の方が、わたしにとっては重要なんだ。』
『とにかく、将来のことを考えて不安になるより、今できることに専念したい。そんなかんじ!
楽しく生きてたら、そのうち何か見つかるかもしれないしね!』
『長くなっちゃった:;(∩´﹏`∩);:』
『なるほどなー』
こはるの大切なものの中に入っていたことに少し驚きながら、こはるのメッセージを何度も読みかえす。
「大切なものは今にしかない。か・・・」
『何となくわかったような気がする。ありがとう』
『いえいえー(*´꒳`*)』
『また困った時はこのこはるお姉ちゃんに相談するんだぞー(≧∇≦)』
『ワカッタヨコハルオネエチャン』
『わかってなさそう!∑(゜Д゜)』
『今年の花火大会。なんか奢るよ』
『え!?』
『やったー!』
『デートだ!\(//∇//)\』
『デートじゃない。リア充ウォッチングだ』
『なにそれー(・・?)とりあえず浴衣着てきてね?』
『えーめんどくさい』
『わたしも着るからぁ』
・・・
・・・
・・・
妙な開放感の中、携帯の画面を閉じる。
「とりあえず進学って、どこに行けばいいんだ?」
今すぐには見つかりそうもない。
それならば、今やれる事だけをやっていくしかないのだろう。
そして今日も私は、何となく生き延びた。




