異世界にきた元殺し屋
王都へと続く長い道を、2台の馬車がとことこと進む。
王都へ向かう馬車の乗る人々は多種多様である。
一台は大手のギルドが運営する乗合馬車護衛専門のチームが乗った馬車。
中にいるのは歴戦の・・・と言うのは少々無理がある物の、少なくとも三ヶ月以上の研修を受けたギルドの護衛が6人。
彼らはギルドの威信に掛けて盗賊や野生の獣から乗合馬車に乗る人々を守ることを主な任務としている。
そしてもう一台の馬車が守られる対象である乗客9名と馬車の操縦者1名。
老齢ながらも卓越した技で運転する操縦者。
そしてばらばらの年齢層の乗客たち。
ちょっとした小金持ちで、王都の外の小規模商店を経営する男や、王都の学校へ入学するための少年、その他の男達はほぼ全員が王都への職業を探すために行くもの達だ。
例外はただ一人、なに食わぬ顔で馬車の屋根に乗る私。
そう、私は女性なのだ。いや、まだ少女といっても過言ではない。
この世界での私はまだ生まれて13年と2ヶ月。祖国ならまだ中学生程度の年齢である。
そんな私が通勤列車よろしく男性フェロモンむんむんの馬車に乗っていられたのは最初の30分。
それ以降は夜寝るときも馬車の上である。
手すりどころか角は下に向かって傾斜があるため、私は起きているときは馬車の先頭部分に、寝るときは馬車の屋根の中央で雑魚寝である。
おまけに見える景色は何の変哲も無いただの平原。
むしろ盗賊の1人や10人でも出てくれない物か。
まぁ、出たとしてもギルドの護衛たちが片付けてくれる事だろう。
その為に馬鹿高い馬車代を払っているのだから。
馬車代は人1人座るのがせいぜいな上、手荷物はかばん1つ程度しか持ち込めない。
しかし、値段はなんと、一般人が半年ほど稼いだお金を全て突っ込んで・・・と言うほど高価。
まぁ、私が乗った所から王都までは歩いて2週間ほど。
道中に暖かい宿を提供しているところは2箇所しかなかったため、それ以外は獣が跋扈する場所でキャンプである。
まぁ、護衛代・・・と思えばまぁ、許そう。
しかし、嫌らしい目線で私を見るのは止めろ。
私は13才だ。
まぁ、見目麗しいというのは認めてやらん事も無い。
黒髪を肩までの長さでそろえた姿・・・は珍しくも無いか。
珍しいのは、赤い目だ。
まるでルビーのように綺麗な赤目である。
周りからは散々「呪われた子だ!」とか「吸血鬼!」など、散々に言われてきたが、私は気に入っている。
親からは捨てられたらしく、街の孤児院で育ったのだが、育ててくれたシスター達は普通に育ててくれたのでまぁ、生きられない事は無かった。
まったく。前世の記憶が無かったら即死だったぜ・・・。
そう。私は異世界転生と言うのを現在進行形で体験しているのだ。
異世界転生ものは前世の相棒が好きで、よく仕事の待ち時間に読まされた物だ。
まぁ、違いを上げるとしたら、チュートリアル的なものが何もなく、他と特筆した能力は何も無い。まぁ、見た目は良いのが救いかな?
だとしても、孤児院スタートとか、運が無さ過ぎる。
前世で何かやらかしたのだろうか?
うむ。思い当たる事はない。
ただ単純に国の犬として悪人をコロコロしただけである。
犬らしく従順に命令の通りにスマートに悪人をコロコロしたのだが、最終的には飼い主に切り捨てられて死んだ哀れな犬である。
うん。私は悪くない。
悪いとしたら相棒の方だ。
余計な事をして、仕事をこじらせるのはアイツの悪い所だった。
狙撃で仕留めるはずが、わざわざ至近距離まで近づいて散々説教たれた後に命乞いをさせてじわじわなぶり殺しにしたり、ゲリラが潜伏している建物を、爆薬で吹き飛ばすつもりがコマンドーよろしく突っ込んだり・・・。
まぁ、悪い奴ではなかったのは確かだが。
上からの不況を買ったのだろう。最後はあっけなく犯罪者に仕立て上げられ、散々抵抗した末に共に死んだ。
まぁ、悪い事だらけではない。
前世で経験した出来事を覚えているというので、ストレスにはめっぽう強い。
同世代や周りの人の苦言も、目線も苦にならないというのは良い事だった。
これ、普通なら自殺するかもんの凄いひねくれた奴に成長していたところだ。
まぁ、あとは・・・。
「敵襲!!全体停車!数正面複数!」
この旅3回目の回想は、護衛達の怒鳴り声で掻き消えた。
顔を上げて正面を見れば、確かに二十メートルほど先に人影が見えた。
ただの平野に盗賊とは、アホなのか・・・。それとも・・・?
馬車の荷台から伸びをしながら馬車から立ち上がると、護衛たちが馬車から飛び降り、対処に移る。
ふむふむ。ただ飯食うだけの金泥棒かと思ったが、動きは悪くない。
六人で全員でカバーしながら盗賊にたいして牽制をかけつつ、遠距離からの炎を投げて道に置かれた丸太を燃やしにかかる
ふむふむ、馬車を止めた理由はそれかぁ。なるほど。
待ち伏せに対する基本戦術は、「闘争」ではなく、「逃走」だ。
敵の好む立地に追い込まれたのに、相手の好む土俵で戦う必要は無い。
簡単に言えば、奇襲を掛けられたなら無視して逃げるのが一番である。
しかし、今回の移動手段は馬車だ。
馬車は基本構造的にバックが出来ない。動くための動力である馬は基本的に前にしか進まない。
つまり、「後退」ができない。残るのは「迂回」と「突っ切る」の二択だが、通せんぼされて突っ切るのは無理。
残った迂回は、またしても馬車の特徴が邪魔をする。
馬車の車輪はそれぞれが独立していない上、衝撃吸収の為のスプリングも無い。
ある程度馬車の通りがある道ならともかく、迂回しようと急に向きを変えれば、最悪の場合転倒するだろう。
それらを考慮しての「停車」からの応戦なのだろう。
うむ。立派立派。
金を払って雇っただけあって、戦いは目を見張る・・・点は余り無いが、盗賊たちに遅れを取るような事は無い様だ。
うん。正面はね・・・。
「どう考えても後ろに居るよねぇ・・・。」
振り返って見ると、雑草を体につけてカモフラージュした人が数名。もう既に馬車まで数十メートルまで迫ってきていた。これが本命だろう。
「奇襲の大原則。動けなくして、囲む。うんうん。前世様様だね!」
馬車の上は死角だったのか、驚いた表情をする盗賊。
「じゃ、悪いけど・・・。相手になってもらおうかな?」
「クソっ!護衛か!?」
「女の、しかも餓鬼だ!抵抗するなら痛めつけてもかまわない!やれ!」
うんうん。間違えることなく、完璧にクロですね。
鞘に収め、コンパクトに持ち運べるナイフを鞘から抜いて突っ込んでくるクズが・・・三人。いや、後ろで弓を所持したのが一人か。
「奇襲は卑怯なんていわないよ。飛び道具も勿論。・・・でもね。」
思い出すのは、前世の記憶。
大人に囲まれ、大人に育てられ、大人の言う通りにして死んだ。
自分の思うままに生きて、自分の都合に良いように育ち、死んだ。
後悔は無い。
罪悪感も無い。
あるのはただ、もう少し自由を楽しみたいという簡素な物だ。
美味しい食事。美しい景色。その他もろもろ
必要なのは、金、権力、名声・・・。
「大人しく降りて来い!抵抗しなければ殺さない!」
「だから、こんなところで殺されるわけにも行かないし、捕まるわけにも行かないんだよね。」
左肩に取り付けた革のホルスター。入っているのは、この世界には私の知る限り存在しない武器。銃。
「こんにちは。シネ。」
響く爆音。当たり前のように放たれた弾丸は赤い花を咲かせた。
「さて、大人しくしてくれるかな?抵抗しなければ殺さないよ?」