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ラブカクテルス その95

作者: 風 雷人

いらっしゃいませ。

どうぞこちらへ。

本日はいかがなさいますか?

甘い香りのバイオレットフィズ?

それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?

はたまた、大人の香りのマティーニ?


わかりました。本日のスペシャルですね。

少々お待ちください。


本日のカクテルの名前はドライブでございます。


ごゆっくりどうぞ。



私はドライブが好きだ。

そしてドライブといえば一人に限る。

さて、今度はどこに行こうか。

私はソファーに横になると、週刊誌やら情報誌を二、三冊近くへ雑に置きながら、片手にそのうちの一冊と、もう片手にチョコ菓子をつまみながら、いつものようにうつ伏せの状態で膝をパタパタさせて行き先選びを始めた。


やはり山か。

山はいい。

山は季節ごとの色を持っている。

それが人を飽きさせないばかりか、時に感動を与えたりもする。

写真でみる紅葉や緑の生命力に満ちた色達も確かに綺麗だが、実際に自分で見たそれらの色は、声が出てしまうくらいの鮮やかさと美しさがある。

それを自慢の赤いオープンカーで風に吹かれながら眺めてみると、なんとも言えない、自然からのエネルギーを身体に注ぎ込まれるような感覚に心が安らぎ、生き返る気になるのだ。

普段都会で見るイルミネーションや、ショーウィンドーも綺麗だが、こんな感覚は味わえない。

やはり人工的な物は自然にはまだまだ及ばないのだろうか?

それとも本能が自然を欲することを忘れないのだろうか。

不思議である。

そしてそんな自然からのエネルギーに心が満たされた後はお腹もである。

山は色以外にも季節を楽しむ方法がある。

味である。

都会で味わうことは当然できる事だが、しかしドライブで通り掛かりに寄り道して頂く料理はまた格別なのだった。

河魚や山菜に新鮮な野菜。それに滅多に頂けない肉料理。

特有の鍋などや蕎麦、うどんなどもたまらない。

それが昔ながらの佇まいを思わせる店、屋根は藁葺き、そして畳の座敷からは川原が見渡せ、その川のさわさわと流れるせせらぎに加えて広がりある景色の色と香りを一緒に頂く。

なんて贅沢なひとときなのだろうか。

そう考えると、やはりドライブは一人がいいのだ。

女友達などと出掛けた時には、仕事や男の愚痴を散々聞かされた上に、好みが割れてなかなか自分の行きたい場所に入れないし、こんな静かでゆっくりした時間が過ごせた例しがない。

まぁ、それだけならマシな話しだが、達知が悪いのになると、人の提案を根拠もなく否定するだけした後に、それならというと、優柔不断で何も決められずに、結局何も出来ずに帰ってしまうパターン。

サイッテーである。

しかもその手は男に多い。

それに尚且つハンドルまでを私から取り上げる始末だ。

しかも勘違いしているのも多く、なんだかんだ言って、やたらめったら飛ばしてカッコイイと思っているのはひんしゅくものだ。

リフレッシュなんてとてもできるものではなく、ひどい時には荒い運転に身体を踏ん張り過ぎて、次の日に筋肉痛になるくらいの疲れようだ。

何しに行ったのか見当がつかない。

一人で自然に触れ、季節を食する。

これ自体が私にとっての至福の時なのだ。


そしてやはり海もいい。

そんな事はわざわざ言わなくても誰もがわかることなのだが、あえて私なりに言うとこんな感じだ。

惜し気もなく開かれたオープンの屋根から入ってくる潮の香りと爽やかな温度を感じながら、水平線を見る。

その青い二つ、つまり空と海の色の違いを楽しみながら、本当はどこかで海と空はくっついているんじゃないかなんて想像してみたりする。

それで走り続けているだけでも気分はスカッとしてくるが、不思議とイヤなことなんかも小さな事だと済ます事ができるのは、きっとそんな海の青さと、限りない程の奥行きのせいではないか。

私はいつもそう思うのだった。

しかし実際、家に戻ってみると気付く、自慢のロングヘアーのベトベト加減はかなり玉に傷だが。

それでもやはり海に誘われ、海にまた行きたくなる。

そしてたまに海岸線を流していると、サーフィンやジェットスキー、セールボードなどを楽しむ若い男性と並走することがある。

そんな時、やましい気持ちからではないが、なんでか手を振ってしまうことがある。

それはきっと、この風の中を一人で挑み、その一瞬の感覚を共有しているように思えて、その時のウキウキ感を伝えたくなるからに他ならない。

でも男の人はきっとそうは思わないだろうが。

でも人は海から来たのだ。

だから海に何かを感じ、心が騒ぐのはきっと自然なことなのかも知れない。


でも私が一番お気に入りのプランは山でも海でもなく、音楽を堪能するドライブだった。

街中で暮らすからには嫌でもそれらが耳に入ってくる。

そしてその数え切れないほどある音楽の中には一度聴いただけで耳から離れないものや、繰り返し聴いているうちに口ずさんでしまうものなんかもある。

しかしそれをゆっくりと聴くには意外と車を運転しながらが一番リラックスした状態で聴けるのである。

普段家でそれをしようにも、ナゼかそのうち何かをしていないともったいない気分になり、落ち着かなくなる私の性格からいうと、いつの間にかそっちに集中してしまいダメなのである。

その点、車を運転している時はそれほど運転だけに集中、となる訳でもないため、逆に自然と音楽の方が耳に入ってくるので丁度いいのである。

そんな時はやはり一人がいいのだ。

もし相手がいると話しが付き物。

もちろん音楽はBGMでしかない。

相手が同じものが好きだとしても、そのうちアーティストのうんちくが始まり音楽は当然入らなくなる。

私はわがままなのだろうか?

きっとそうなのかも知れない。

しかしそれが普段の生活からリフレッシュする私の一番の方法なのだから、逆にいえば勝手しさせてほしいのが本音なのだ。

そうして私は車と好きな音楽に包まれながら自分のリセット、時には修理さえも行えるのだった。


でも少し前まではそのドライブの音達の中心はラジオであった。


ラジオと私。

昔から私はテレビ派ではなくラジオ派だった。

とは言え、テレビを全く観ない訳では決してないのだが、気を使わずにくつろぐにはやはりラジオなのだ。

この頃のテレビときたら、面白くもないのに周りが笑っているから笑わないと、それが逆に変だととられてしまうくらい、異様な雰囲気がある気がしてならない。

人をバカよばわりすることで自分がそれより上にいるという気分になれるのだろうか。

私はそれが変だと思うし、つまらないものはやはり笑えないのだ。

ニュースもバカな大人達の不祥事や、弱い者が傷つけられる話題ばかり。

必ず見るものといえば天気予報くらいなものかも知れない。

ラジオはキッチンで料理をしたり、寝る前や出掛けの支度をしている時でも気軽に楽しめ、また情報も得られる。

耳だけで判るように伝えてくれるところが、何かしらしていないと落ち着かない私には合っているのだった。

そもそもそれは、私の父がラジオ好きだったのが影響している。

小学校五年生の夏に家族で行ったキャンプ。

その夜テントの中の寝袋に父と母と私が川の字で横になり、珍しく夜更かしをしたあの夏の日。

ラジオから流れる音楽とトークが柔らかくその中を包んでいた。

子供の頃のことなので、それがどんな内容の番組だったかははっきり覚えていないが、それを聴きながら横になる父は、わははと笑い、母もうふふと笑って、私もつられてあははと笑ったのはその夏の日の思い出として心に染み付いている。

そしてそれから夏が終わってもその時のラジオを聴きたくて、夜にベットに潜っては親に見つからないようにラジオをつけて探した。

しかしその番組は地方の番組だったらしく、再び耳にすることはなかったが、それでも自分の好きな番組がそのうちできるようになって、それを毎晩聴くようにはなった。

そしてそのラジオを通じて少しづつ大人の世界を覗いたりしたのだった。

そんな中で私は音楽を知り、トークにハマり、いつしか一人のリスナーとしてコメントを投稿しては、悩みを打ち明けたり、意見を求めたり、感激し、励まされ、泣き、笑った。

その身近さは、まるで友達であり、親ようであり布団の中のぬくもりだった。

私の世界を広げ、そのおかげで少しアイドルなるものに一時ハマり、テレビに浮気した時もあったが、また一歩大人になってラジオに戻ることとなった。

それはその当時、彼と出会ったからなのだった。


やはりアイドルより彼氏である。

二人が付き合うようになると私は彼に夢中になった。

彼も私を好きでいてくれてはいたが、しかし彼にはもう一つ夢中なものがあった。

車だった。

付き合い始めてからは、しばらく二人であちこちドライブに行ったが、そのうち彼はガレージに籠って車をイジり出した。

それが楽しい事なのかは私にはわからなかったが、彼は私を放っぽらかしにしたまま休みの日を幾度となくそれで潰した。

私はただ横にいて膨れた。

話し掛けてもうるさいとか、うんうん生返事するだけで、私が邪魔なのかと思いきや、毎週休みには私を呼び出す。

私は仕方なくガレージにラジオを持ち込んだ。

彼はなんでラジオなんだと言ったが、別に否定もしないため、私がいるガレージにはラジオが付き物ようになり、流れてくる曲に鼻歌を歌い、トークについて語り、ケンカし、笑った。

少し前より二人の時間は素敵になった。

筈だった。

彼と知らない女が車に乗って走り去っていくを見るまでは。


私は車を買った。

免許も取った。

そして車に乗りラジオを掛けて走り、全てから遠ざかってしまいたかった。

しかしある時、ラジオのリクエストメッセージを聴いた。

それは彼から私へのものだった。

彼は許して欲しいと、二人がよく聴いていたあの頃の曲を流してきた。


それから私はヨリを戻したが、ドライブは一人で行くことにしている。

それは彼に科した罰である。

でもこの頃、許してやってもいいかな?とか思ってもいる。

そろそろオープンカーでは寒い季節が近づいていたからだった。

しかし、もし彼とドライブに行ったとしても、ハンドルは私が握り、行き先も私が決めるつもりだが。



おしまい。



いかがでしたか?

今日のオススメのカクテルの味は。

またのご来店、心をよりお待ち申し上げております。では。

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