8.肥料
寝起きのせいか、食堂までの距離が、少し長く感じる。あまり回らない頭には、やっぱりあの丸っこい顔が頭に浮かんでしまう。
……あたしとも、淀巳さんとも全然違う。人当たりはいい方で、周りのことがよく見えてて、しょっちゅう、話をしようとつきまとってくる。淀巳さんとは違う意味で、どうやって関わったらいいかわからない。
「どないしたん?ぼうっとして」
「ん、……まだ、眠いだけよ」
「なら、ええんやけどな」
言葉を交わすのも最小限なまま、エレベーターで1階まで下りる。今みたいにぼうっとしてたら、階段だと踏み外しそうって思ったんだろうな。……実際、そうかもしれない。さりげない心遣いに、気づかないふりして甘えることにする。
少しずつ、意識ははっきりしてくる。そういえば、財布持ってたっけ。ポケットを確認して、見せないように息をつく。隙を嫌うのは、相変わらず、あたしらしい。そうやって神経を張り詰めてたって、あの子のことはすぐ頭に浮かんでしまうくせに。
エレベーターも下りれば、食堂はすぐそこ。何にしようかな。起き抜けでお腹も減ってないし、軽めのものがいいけど、何にするかはメニューを見てから考えよう。
「ほんで、何で寝てたん?」
「ちょっと考え事してて、疲れてたのよ」
「そうなんやな、まあいっつもバイトしたり勉強してたりで忙しくしとったしなぁ」
その裏さえ見透かされたような声。榛東さんのこと、知ってるの。口に出しかけて、やめる。自分から、何かを晒すのは、……なんか、負けたような感じがする。そんなんだから、誰かに頼ることすらもためらうようになってるんだろうな。自分でかけた暗幕に引きこもれば、周りからは傷つけられない。こんな性格が、めんどくさいことくらいは分かってる。でも、裏切られて、急に足場を外されるのよりは、ずっとマシ。
「まあね、たまにはそんなことだってあるわよ」
「せやなぁ、とりあえず、何食べるか決めよか」
いつの間に、着いてたんだ。頭の中で考えを巡らせると、食堂に着くのはあっという間だった。考えすぎて頭がくらくらするし、起きたばっかりで食欲もさしてあるわけじゃない。ここの食事はもともと量があるわけじゃないけど、いつもだって食べればお腹いっぱいになる。今日ので、軽めなのはないかな。メニューの表を見て、しばらく考え込む。
「そうね、……何にしようかしら」
悩みに悩んで、まだ何とか食べられそうな親子丼定食を選ぶ。好き嫌いはそこまで多くないけど、あんまり胃が大きくないのは困る、かも。特に、考え事で頭を使いそうなのに、上の空になる今日みたいな時は。