7.伸長
放課後、妙に頭に焼き付いて離れてくれない顔を引きはがすように教室を出る。ちらりと横目で見て、もう教室にいないことは確認してある。確か陸上部だったはずだし、練習で忙しいのだろう。別に、ここにいないならいい。変に話しかけてこなければ、少なくともあたしが何かやらかさない限りは、敵にならなそうな人だから。
今日は珍しくバイトが休みで、こういう時の身の振り方には少し困る。今特に買わないといけないものも無いし、買いたいってものもない。しょうがない、本でも借りて、部屋で読みふけってようかな。ルームメイトの淀巳さんはいつも遅くまで練習で帰ってこないし、久々に一人きりの時間を満喫しよう。……別に嫌いじゃないし、自分にも他人にも厳しいだけで意地悪なわけではない。それでも、付き合いにくいのは隠しようがないし、はっきり言ってしまえば苦手だ。
図書館でいくつか面白そうな本を借りて、いそいそと部屋に戻る。お互い飾りっ気がないせいか、ほとんど来たばっかと同じ部屋。制服からゆるめの私服に着替えたら、ベッドに腰掛けて、さっそく本をめくる。
「はぁ……、それにしても、何なのよあの子は……」
なのに、頭の中は本の世界には入り込んでくれない。駄目だな、あたし。もっと話してみたい、とか思っちゃうなんて。
裏切られるなら、最初から信じなきゃいい。そう言って一人だけの箱にこもって暗幕をかけたのは、あたしだったのに。何を今さら、外のこと、見てみたいなんて。
本がだめなら、音楽でも聞こうかな。奮発して買ったヘッドホンを付けて、スマホと繋げる。
お気に入りの曲のイントロが流れるのに身を任せて、そのままベッドに寝転がる、このまま、寝てしまえればいい。そしたら、頭の中のことも一度は忘れられるはずだ。耳に入ってくる音すらかき消してしまうほどに大きくなった、小さな背中を。
「一ノ瀬はん、そろそろ起きたらどうなん?」
つけていたヘッドホンは、いつの間にか外れていた。いや、淀巳さんが外したんだろう。ベッドに転がってる目覚ましを見ると、いつもなら食休みを取ってるはずの時間だ。
「あ、……ごめん、待っててくれたの?」
「別に目覚めが悪いだけやし、早よ行かな食堂閉まるで?」
「うん、……悪かったわね、待たせて」
眠い目をこすりながら歩くあたしに、歩調を合わせてくる。苦手な人だけど嫌いにならないのは、普段は自分と同じくらい他人に厳しいくせに、こういう時だけは人思いだから。
いいや、とりあえず、ご飯食べて、お風呂入って、ちょっと宿題を済ませて、その間に忘れてくれればいいんだけど。