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6.吸水

 まだ、あの熱は消えない。榛東さんに握られた左手が、内側から熱を発している。

 屈託のない笑みも、言葉も、裏側が見えない。表が光っているなら、裏はどす黒いものが渦巻いているものなのに、その気配すら見せない。

 他の人なら、どんなに取り繕っても見え透いてるのに。この人だけ、見えないなんておかしい。隠すのが特別上手いのか、……それとも、本当に裏なんてないのか。

 それに、あの言葉だと、あたしのこと、信じようとしているなんて。馬鹿馬鹿しい、こんなにひねくれてて、話のタネもない、日陰者だってのに。何をどうしたらそんなに執着できるんだろう。あたしに、恋でもしてるんだろうか。それとも、こんなに頭に浮かべてるあたしのほうが、……そこまで考えて、慌てて首を振る。あの人の性格をそこまで知れるほど話をしてないし、そうする気もない。自分が恋をするなんて、それこそ柄じゃない。


「ほんとに、何考えてんだか……」


 人のことなんてわかるわけないのに、探りたくなってしまう。知ってても無駄だし、こんなこと思わされてる時点で、何となく、負けたような気がする。

 授業開始のベルが鳴って、先生が入ってくる。いつも通りの普段は集中が途切れがちだけど、何かに向かってないと、あの屈託のない笑顔を思い出してしまいそうで。

 だれてしまいそうな午後、授業に集中できそうなのは、榛東さんに感謝しないといけないわね。久々にするすると埋まるノートから一端目を離して、3つくらい列の離れた榛東さんを横目で見て、……目が合った、ような気がする。何やってんだ、あたし。慌てて視線を前に戻す前に、口元が上がったのが見えたような。


 ……どうせ、仮面に過ぎないのに、何で期待なんてしそうになってるんだろう。不意に、どこかの教科書にあった、生徒も先生もみんな笑顔の仮面をつけさせられている世界の話を思い出す。今だって、さして変わらない。上辺だけ綺麗な人づきあいのためだけに何度も何度も仮面を付け替えて、いずれ本当の自分のことすらわからなくなる。あたしも、きっとそう。こんなドス黒い塊を隠すために、身を飾るので手一杯。こんな世界なんて大嫌いだ。嫌いなくせに、そこに入るしかないあたしのことも。


 授業終わりのチャイムが鳴って、また横目で彼女を見る。今度は、他の人と話をしているのが見えた。少しほっとして、何か胸が騒ぐのは気のせいだ。引き出しにしまってある本を出して、ここにいる空気と完全に同化させる。

 結局、あたしはあの人のこと考えてばかりだ。得体の知れない、心に深く入り込もうとする存在。今までそんな人なんていなかったせいで、どう対処すればいいのかも分からない、不気味な人。

 きっとそのせいだ。榛東さんのことを気にしてしまうのは。それ以外のことなんて、あるわけがない。

 

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