5.陽光
信じて、なんて言われても。もう忘れたわよ。誰かを信じる方法も、人の温もりも、全部。
「ねえ、どうしたの?」
「な、何でもない」
妙に聡い榛東さんじゃなくても、この言葉が出まかせだとわかってしまうだろう。まっすぐな言葉も視線も、ずっと味わったことがない。こういう時、どうすればいいのか、わからない。
「ごめんね、急に変なこと言って」
「……別に」
わかってる、おかしいのは、あたしの方だってことくらい。こんなに周りからガチガチに自分を守ろうとして、結局自分自身を雁字搦めにしてることも。
それでも、……これ以外の心の守り方なんて、忘れてしまった。人に心を預けるなんて、怖い。温もりなんて、どうせ穢れてるものにしか触れられないのだから。
「ほら、行くよっ」
ぱたぱたと駆け寄る足音。怖いほどに弾けた笑顔が近づいてきて、一瞬、後ずさりそうになる。握られた手が、体をぐいっと引っ張る。あたしよりちっちゃいくせに、腕だって太さはさして変わらないくせに、振りほどこうにも離せない。
「な、何……っ」
「いくらなんでも、私のせいで授業遅刻なんてさせられないよ、ほらっ」
握る手が、熱い。ただでさえ暑いのに、脳が茹だっていきそう。何これ、知らない。鬱陶しいほどの、でもどこか懐かしいような熱。
その手に引きずられるように、教室への道をたどる。ちょっと速すぎ。そう言う息すら、今は余裕がない。
どこにそんな力があるのかも、分からない。どうして、そんなにキラキラしてるのかも。
その輝きに、体の奥から焼かれそう。置いて行かれそうになるのを、必死で付いてくので精一杯。
「ね、まっ、て……」
「あ、……ごめん、ちょっと速すぎたね」
立ちどまってくれたけど、握った手は離してくれない。でも、自分から離そうとはできない。このまま手を離してしまえば、もう同じ世界にはいられないような。
あたし、どうしたらいいんだろう。その答えなんて持っているはずがない。その答えを知っている人がいたとして、どうしてそれを信じることができるのだろう。
「そんな焦らなくたっていいのに……」
こういう時、憎まれ口を叩いてしまうのも、悪い癖だ。近づかれたくないとはいっても、嫌われてしまえば、誰とも近寄らないあたしはいい的にされるだけなのに。近づかれたら突き放してしまいたくなるのに、周りに誰もいないと落ち着かない。
「そういえば、まだ時間あったね」
「別に、……迷惑とまでは思ってないから」
そうやって、幾重にも張る予防線。我ながら、この面倒臭い性格にはうんざりする。自分を守るためのものなのに、時々あたしまで息苦しくなる。
「ならよかったぁ……、嫌われちゃったと思った」
「それくらいで嫌うわけないでしょ、あんなにつきまとっておいて」
「あぁ、それもあったかっ」
今は、その明るさに感謝するべきなんだろう。ともすると真っ暗になっていそうな雰囲気を、なんとか教室に着くまで持たせてくれたから。
……こんなにめんどくさいのに、あたしとなんて関わらないほうがずっと楽しいだろうに。
「ねえねえ、明日もおはなししていい?」
「別に、好きにしたら」
「じゃあ、好きにしちゃうね?」
「じゃあねー」なんて底抜けに明るい声で、繋がれた手が離される。振り切り方も分からなくて、結局されるがまま。
どうしよう、明日。榛東さんが聞こえない距離まで離れたのを横目で見てから、深いため息をつく。暗い影に生きてきたあたしには、まばゆい太陽みたいなあの人はまぶしすぎる。