4.散水
ご飯も食べ終わって、何とも言えない雰囲気に包まれる。あたしも話しを繋げられるほど器用じゃないし、榛東さんだって、冷え切ったような空気には慣れていないだろう。あなたの周りはいつだって、きらめいているような感じだもの。こんなとこで二人で話をしてること自体が、場違いなように思えるほどに。
「そろそろ教室戻ろっか、ごめんね、わざわざ」
「別にいいわ」
思ったほど、嫌ではなかった、……不思議なことに。こういうグイグイ来るタイプは、あたしが一番苦手にしてるはずで、それでもただ迫ってくるわけじゃない。分からない、この人の考えることが。どうしたらいいって言うのよ、人との関わり方を忘れてしまったあたしに。
どちらからともなく立ちあがって、歩きだす。
「もう、暑くなっちゃったね」
「七月だもの、当たり前よ」
白い入道雲がもくもくと湧くような季節には、とてもそぐわない冷え切った空気。……これくらいのほうが、らしいや。人の温もりなんてずっと知らないまま、冷え切っているから。熱いものに触れたらきっと、訳が分からなくなって、氷にお湯でもかけたようにビキビキに割れてしまいそう。
「まあ、そうなんだけどさ、……夏休みって、何かするの?」
「特に予定なんてないわ、せいぜいもっとバイト入れるくらいね」
夏休み、か。学校の時間がバイトになっただけで、特に代わり映えもしない。強いて言うなら、八月の半ばに、寮が空いてないっていうのが、少し憂鬱になるくらい。実家には、あまり帰りたくない。そこに行ったって、安らげる場所なんてないから。嫌でも顔を合わせなきゃいけないから、波風も立てられないし、そのくせ、そこから離れることもできないのがもどかしい。
「わたしもそんな代わり映えしないかも、練習きっついもん」
「そう、確か陸上部だったっけ?」
「え!?よく知ってるねー」
「まあ、……自己紹介のとき、言ってたでしょ?そういうの、できるだけ覚えるようにしてるから」
こういうときに話が続くようにじゃないけど、覚えておいてよかったかも。冷えきったまま教室に戻ってしまうと、何を話されるかわかったもんじゃない。
「そうなの!?こういうの全然意識したことないから」
「まあ、……そうよね、もう夏だし」
普通は、そんなの覚えないか。ボロを出したかも、なんて冷え切った心。榛東さんに、ドロドロとしたものは見えなかったのに、私から嫌われることをしてしまっただろうか。
自分を守るために張り巡らせた棘を、少しだけ後悔する。
「……ねえ、歩実ちゃん」
「……何?」
「わたしのこと信頼してくれなきゃ、こっちだってできないんだよ?」
足が止まりかける。そんなこと言われたって、無理よ、もう。
そのまま教室まで行ってしまう小さな背中を、追う事はできなかった。