3.暗期
人と関わるのは苦手だ。今の榛東さんのように、誰彼構わず近づいてくるような人は、特に。
面と向かっていても、話すことがないのは楽だ。メロンパンを齧りながら、目の前の、あたしとは反対の世界に生きているような人の顔を見つめる。
「ん?どうしたの、顔に何かついてた?」
「別に、……まあ、気になることは、無いわけじゃないけど」
歯切れが悪くなる言葉は、口の中がからからになってるからってだけじゃない。頭の中で、アラームが鳴る。今、きっと、まずい事言った。ダメージはそこまで無いだろうけど、余計に話を続かせてしまう。話をすればするほど、それだけボロが出やすくなってしまうのに。
「ん?なぁに?」
「別に、それだけなら私に聞く必要ないでし、……他に何かあるでしょ?」
榛東さんが振ってきた話をしてたときも、ずっと見てるのはどこか違うとこだった。昔のことがあってから、人の考えることは少し読めてしまう。それがいい方に働くこともあるけれど、今は裏目に行ってしまっている。
「よくわかったね。……歩実ちゃんのこと見てると、昔のこと、思い出してさ」
「……そう」
急に、顔がシリアスなものになる。あたしを気にするほどのことって、何なのだろう。知りたくなってしまう。人のことに深入りするのはよくないことは、もうとっくに知ってるっていうのに。
「でも、今は秘密にしとくね?まだわたしのこと、信じてくれないだろうし」
「……そうね、その方がいいと思うわ」
あなたのことだけじゃなくて、もう誰も信じられないから。そんな事を言ったら、さすがに引くだろうな。それくらいの分別はわきまえている。こんなことを考えているのも、あたしくらいだろうし。
まともに目なんて見れない。ぼうっと真っ白なシャツのあたりを見つめるだけ。
「……言う気になれたら教えてほしいな、どうして、そんな風になったのか」
「……その気になれたら、ね」
そんな時なんて、一生来ないと思うけど。真っ直ぐに向き合われると、斜に構えてしまう癖。今日は、よく出てきてしまう。自分を見てくれる人なんて、ほとんどいないのだから、当たり前ではあるけれど。
「……そうなんだ」
急に重苦しくなる空気。夏もそろそろ本番になるこの時期には、ふさわしくないような。
こっちも、もう何も話せるようなものはない。沈黙に耐えきれないまま、お昼ご飯の続きに向かう。
悪意ではないのは分かってる。それ以上のことは、何もわからない。
榛東さん。あなたは、どうしてあたしに執着するの。そんなに構ったって、なんにも返すことなんてないのに。
その言葉は、喉元まで出かかって、水筒に入れたお茶で流し込んだ。こんなの、あたしの柄じゃないもの。