2.双葉
「……それで、一体何の用なの?」
屋上の入り口には、鍵がかかっている。仰々しく掛けられた「立ち入り禁止」の立て看板の真ん前で、お互いのお昼ご飯に目を落とす。
わざわざ、開かない屋上に来る人はいない。こんなとこに来たのは、そのほうが、あたしには好都合だから。人の声が気になって、気が散ることもない。
「んー……、仕事のこととかいろいろ訊きたいなって、ほら、私ら商業科じゃん?」
「……そう、熱心なのね」
「そういうことにしといて、……それで、最近どうなの?」
「どうなのって……、そもそもあたしが一番下っ端だから、そういうこと教えてもらえないし」
購買で買ったメロンパンを齧りながら、投げやりに答える。お嬢様学校として名高いこの学校じゃ、確かにアルバイトをしてる人は珍しいかもしれないけれど、商業科の5組だと、実家のお手伝いをしてる人はそこそこいるはずだ。……そういえば、春先に瀬戸さんが、実家の苺を収穫するからってしばらく休んでたし、同じ商店街の自転車屋で、大空さんの姿も見たことがある。二人とも明るくて話好きだろうし、あたしに訊くよりもよっぽど簡単だろうに。
「そっかぁ……、まあそれもそうだよね」
「……それなら、なんであたしに訊くわけ」
「んー、なんとなく」
つくづく、人の思考は読めない。榛東さんといると、感情が乱されてばかり。一体、何がしたいのさ。分からないのが、一番怖い。零れたため息も、いつの間にか気づかれてたみたいで。
「ごめんごめん、そんなんじゃなくてさ、……歩実ちゃん、なんかどっか暗い感じがしたもん」
「……悪かったわね、暗くて」
「そういうんじゃなくてさ、……なんか重たくて暗いのがあるような感じがしたの」
「そ、そう……」
何で、こんなに簡単に見透かしてくるの。本当は、全部知ってるんじゃないかってくらい。得体のしれない恐怖が、背中から這い上ってくる。……でも、拒絶することに、頭が回っていかない。ただ、怖いからパニックになってるってわけじゃなくて、誰にも触れさせないでいた氷漬けの心に射した光が、あったかいから。
「だからさ、気になるじゃん。……それにさ、笑ってほしいんだもん」
「……あなたって、お節介なのね」
「お節介でけっこうだよ、……それに、わたし達、友達でしょ?」
「べ、別に……、それなら、そういうことにしておくわ」
結局、そのまま押し切られてしまった。変に嫌われないように、何かを強く断ることができないのは、あたしの悪い癖だ。一人でいたいのに、こうしてあたしは、一人になれなくなる。
でも、……嫌じゃないって思うあたしが、心のどこかにいる。
「えっへへー、じゃあ、笑ってるとこ見せてね、いつだっていいから」
「気が向いたらね……、まあ、そんな事なんてないだろうけど」
棘の混ざった言葉を、さらりと受け流される。あたしの知らないタイプの人、どう対処すればいいかわからない。
「そんなのいいよ、それよりご飯食べよっか、お昼もうすぐで終わっちゃうよ?」
「ええ、そうね」
食べる暇もないくらいだったし、話すことを考えすぎたせいで、ここに来る前よりお腹が空いたような気がする。目の前の顔も、慌ててお弁当を平らげていた。




