10-巻鬚
お腹の中がはちきれそうなくらい詰め込んで、ようやく食べ終わる。食欲なんてないせいで、食べても味なんてしなかった。食休みもほどほどにして部屋に戻ると、やっぱり、またベッドに潜り込みたくなる。
今日は、やっぱり、どっかおかしい。淀巳さんだって、あたしほどじゃないみたいだけど、同じようなこと思ってるようなそぶりで。……それなのに、嫌な人じゃないってとこだけは、妙に意見が合う。ただ、付き合うのがめんどくさくなるだけで、嫌いには、なぜかなれない。
お風呂入っちゃうとまともに起きられないし、一応勉強でもするかな。鞄から教科書とノートを出そうとすると、淀巳さんに声をかけられる。
「一ノ瀬はん、確かクラスメイトやったけど、そんな接点あるとは思わんかったわぁ」
「バイト先で会っちゃったの、覚えてるとは思わなかったけど」
人との接点なんて、あんまり作りたくなかった。榛東さんみたくうざったい人なら、余計に。疲れるし、そういう人に限って人間関係は豊富にあるから、嫌われるときのリスクはやたらと大きいし、かといって、向こうから仲良くするメリットなんて何も無いし、仲良くできたと思っても、向こうにとっては、せいぜいちょっと面白い遊び相手。大抵は、いじくるのに都合のいい存在。あたしに話してくる人なんて、大体そんなもの。
……そのはず、だったのに。榛東さんは距離が近くて、ずっとついてくる。いつもなら、さらりと流しておけば、大抵興味を別の人に移してくれてたのに。
「あの子、妙におせっかいなのよなぁ、優しい子やから憎めんのやけど」
「……まあ、そうね、なんとなく、嫌な人じゃないって感じはするかな」
押しが弱い性格なのは自分でも分かってるけど、それにしたって、……余りにも、簡単に受け入れすぎ、かも。あたしに絡んでくる人なんてロクな人じゃないって壁も、この人になら、……ちょっとだけ、本当に、ほんのちょっとだけだったら、緩めても、変なことにはならないかも、なんて、思えちゃう程度に。
「そうなんよなぁ……、なんかしんどい思ったら、また話せぇへん?」
「ん、いいわ。……ありがと」
基本的に、淀巳さんもちょっと私に似てる感じがする。あたしの中の壁を、ちょっとだけ緩めてもいいって思えるのは、榛東さんにそう思うときよりは、ずっと自然。
向こうも向こうで、勉強机に向かうのを見て、私も教科書とノートを机に広げる。ぽつぽつとした会話も、もう無いけど、あたし達にとっては、それが自然で落ち着く。……だからこそ、榛東さんの存在は、あたしにはイレギュラーで、……多分、淀巳さんも。