1.萌芽
いよいよ始まりました。ゆったり更新していくつもりですので、よろしくお願いします。
(「榛東葎」さんは、煉音さんの作ったキャラクターです。)
「普通の人」でいるのは、疲れる。周りの声が、煩くて喧しくてしょうがない。
授業の合間のほんのちょっとの時間、本を読むふりをして、意識は外の世界に向かう。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか、知っておかなければ、また『裏切られ』てしまうから。
最初から期待しなければ、裏切られることなんてないのに。どうして、周りの人たちは他の人を無邪気に信じられるのだろう。最初から、信じなきゃいいのに。
一人でいるほうが、気楽だし何も気遣わなくたっていいのに。心に発した瞬間、胸にチクりと刺さる痛み。心臓が鳴ると一拍一拍の度に、その痛みは鋭さを増していく。
「歩実ちゃん、だーれだっ」
「……榛東さん?何してるの?」
甲高い声とともに、視線が一気に生温かなものに塞がれる。何度も何度もされたから、さすがにもうわかるし、そもそもどうしてこんな風におふざけの対象になったのかもわからない。……いや、きっかけくらいは分かるけれど。
「えー?話聞きたいだけなのになぁ、いいでしょ?」
「……あたしじゃなくたって訊ける人いるでしょ、そっちのほうがきっと詳しいわ」
「むー……、ちょっとくらいいいじゃん、歩実ちゃんのケチ」
毎回毎回、わさわざ声色を変えてまで、どうしてそんなにあたしに執着するのやら。まだここに来て一か月くらいの頃にあった出来事に、今更ながら後悔がよぎる。
あたしのバイト先のケーキ屋は、学校からほど近い商店街の一角にある。どうやらこの学校でも人気らしくて、仕事中にもよくお客さんの中に星花の制服を着た人をちらほら見かける。あの時は部活帰りなのか5人くらいのグループが入ってきて、その中の一番小さな姿は、どうしたって見覚えがある。
「いらっしゃいませー……、あっ」
動揺が声に出てしまったのが、大きな間違いだった。それで、榛東さんも気づいてしまったんだろう。本能的に危機を覚えて、何かの理由をつけてバックヤードに行こうとして、それは間に合うはずがなかった。
「あれ?もしかして、一ノ瀬さん?」
「……ええ、そうだけど」
他のグループの人が、ケーキやお菓子のほうに目が向かっていて、話が二人だけだったのが幸いだった。注目されるのは嫌いだ、ただただ人の視線が暴力のように浴びせられて、後に残るのは、空しさとぼろ切れになった心だけなんだから。
「ここで働いてるんだ、まだ高校入ったばかりなのに凄いなぁ」
「そう?……あ、ありがと」
それで話は途切れて、榛東さんもグループの輪の中に戻っていく。ふと零れたため息に、どれだけ今ので心が疲れてしまったのかわかる。
不意に肩を軽く叩かれる感触と一緒に、私と一番近い先輩の、人当たりのいい声。
「あら、歩実ちゃんのお友達?」
「いえ、ただのクラスメイトです」
「そうなんだ、まあ星花の子達よく来るもんねぇ」
「ああ、そうですね」
少しだけ、口調に棘が混ざってしまったのも、今となっては後悔の一つ。あの時には確かにその言葉は間違ってなかったのに。少し間違えただけで、関係なんて全然変わってしまう。人のつながりは、綱渡りみたいなもの。踏み外したら、弾かれて遠ざかるだけ。それで終わるなら、それはそれでよかったのに。 そのグループも買い物を済ませて、帰り際。かけられた「よかったら、いろいろ話し聞きたいなっ」なんて声。返す前に、もうそのグループは店を出てしまって、拍子抜けしてしまったのは覚えてる。
それからは、毎日のように、あたしにまとわりついてばかり。何で。近づいてくるの。普段なら透けて見えるはずのドロドロとした悪意も、全然見えなくて。
榛東さんは、あたしに何がしたいの。全然読めない思考に、どうしたって乱されていく。
「はぁ……、しょうがないわね、昼休みにね」
「やったーっ!約束だよっ」
これで引き下がってくれれば、それが一番いい。力強く右肩を叩いて、どこかへ行ってしまう。
……何なんだろう、あの人。一度振り回すだけ振り回して、それっきりで終わりにしてくれるなら、いいのだけど。