最後の形
この世界に来て、俺は以前より遥かに成長したと思う。
ラノベ主人公のふりをするだけだった俺だが、今ではもう、ふりではなく自分の意思で動いている。
だが。それでも。
生前いたあの世界に戻されるかもと思うと、未だに足の震えが止められなかった。
「魔王が言うには、コウタが元いた世界は地獄のような場所だったらしいでやすね。ドラゴンより狂暴な、社会性という名の魔獣が蔓延っていて……一回でも目をつけられると家から外に出られないとか……」
うわ、魔王そんな説明したのかよ。生前何したんだあいつ。ちょっと友達になれそうだな。
「そこまで酷くはねぇよ。少なくとも、この世界の方がよっぽどシビアだ」
「本当でやすか? その割には酷い怯えようでやすが……」
俺は見栄を張ったが、ロップは簡単にそれを見破った。
成長したと思っていても、俺は所詮、異世界だから頑張れただけだというのか。前の世界に戻ったら、相変わらず引きこもってしまうのだろうか……?
「異世界へのゲートは、英雄の役目が終わり、今の魔王がこの世界に求められなくなってから現れたそうでやす。破壊方法は、彼が完全なる魔王としてこの世界に定着する事」
「じゃあ、俺は……」
「魔王が現れたことで、新たに必要とされた英雄の枠に収まった感じなのでやしょうね。だから異世界のゲートを壊すには、魔王の対になっているコウタは魔王にやられるか、魔王の軍門に下るしかないのでやす」
とはいえ、仮に魔王の軍門に下れば、彼は異世界のゲートが壊れるまで破壊活動を続けるつもりなのだろう。
だとすれば、俺の選択肢は魔王を止めて現実に帰るか、魔王と共にこの世界を滅ぼすかしかないというわけだ……。
「例えコウタが望まなくても、あっしはあなたを止めやすよ。それが今のあっしの願いで……あっしが今、前に進む理由でやす」
俺の目をしっかり見据えながら、ロップがいつになくハッキリとその気持ちを口に出した。
彼女の告白に、俺はロクに答えを返せなかったのに。それでも、俺をこの世界に留めるため魔王軍にまで入ったと言うのだ。
「さっきから異世界とか元の世界とか、一体何の話ニャ?」
蚊帳の外にされていたリナが、俺の後ろから声をかけてきた。
しかし俺は、後ろを振り向くことが出来なかった。別れる予感のせいで顔を見ると寂しくなるからか、魔王軍に寝返る後ろめたさからなのか……。それは自分自身でさえ分からなかった。
俺の望みは、一体何なんだ……? ロップに告白された時も感じた疑問が、俺を蝕む。
「でもまぁ、なんとなく話は分かったニャ。その上で言わせてもらうなら、私はどっちも嫌ニャ。コウタが魔王軍に入るのもコウタがいなくなっちゃうのも、絶対に認めないニャ!」
だがそんな俺のウジウジとした思考は、いつものようにリナが霧散させてくれた。
俺は彼女の顔を見られないままだったが、背中の方からリナの大きな声は続く。
「魔王と一緒に世界を滅ぼすコウタなんて見たくないし、コウタがいなくなっちゃうのも絶対に嫌ニャ! どっちかしか選べないなんて理不尽なルール、いつもみたいにぶっ壊せば良いニャ?」
それは、ただの我が儘だ。だけどそこには確かな意思がこもっていたし、俺はその我が儘を口に出すことすら出来なかった。
少しの間を空けて、今度は少し歯切れが悪く……彼女は言う。
「だって私は……何回も言わされてるようで癪だけど……。コウタのことが、好きだからニャ」
そう、そうなのだ。
何かにぶつかる度に停滞していた俺とは違う。彼女は壁にぶつかる度に、それを意思の力だけで……乗り越えていくのだ。
平然と、ではない。傷つきながら、現実を見据えながら、それでも自分の思いには正直に……。俺はそんな彼女に憧れて、近づきたくて……。
「俺も……俺だって……」
ここに来て、ようやく分かった。俺に足りないもの。この世界に来る前からずっと、欠けていたものが。
「俺だってお前のことが好きだ、リナ!!! というか愛してる! ずっとお前を見て、ずっとお前を目指していたい!」
「ニャ!?」
突然振り返って叫んだ俺に、流石のリナも驚いたようだ。顔をポカンとさせて、俺を見つめていた。
でも俺は、彼女の動揺が収まるのを待つ暇も与えずに言葉を続ける。
「悪い、記憶を失った時に好きだって言われて……その時から、ずっと答えを返せずにいた。俺は、怖かったんだ。皆との関係を変えてしまうのが……」
自分の気持ちが分からないなんて、嘘だ。居心地の良い俺達の関係を変えたくなくて、自分の気持ちに気がつかないふりをしていただけだ。
生前から、ずっとそうだった。自分が被害者だとずっと思っていたけど、それで何もせずに諦めたのは……他でもない自分自身だった。
「でも、今なら言える。俺は、リナが好きだ。だから悪いけど、お前とは付き合えないよ」
ロップの方へと向き直ると、彼女は本音を打ち明けた俺を、穏やかな笑顔で見つめていた。
どんなに拙い努力も愛してくれる彼女の目に、俺は胸を痛める。でも、これは必要なことなんだ。
「俺は、ロップの言う通り他の世界からやって来た。そこでは今の俺よりももっと弱くて、俺は……。俺は、いじめられてたんだ」
足が震えたまま皆を見回し、言う。
「お前らには関係ない事だからって、俺はずっと、自分の苦しみを打ち明けなかった。仲間だとかなんとか言っても、最後の最後まで……人に近づきすぎるのが怖かったんだ、俺は」
人との関係は、常に変わっていく。それを恐れて、これ以上悪化させたくないなんて言って、人と関わらなくなって。そんなことじゃ、駄目だったんだ。
弱くても良い、みっともなくたって良い。でもその分、俺は人に関わらなくちゃいけなかった。自分の世界に閉じこもってちゃ、何も変わらないのは当たり前だった。そして、この世界で……俺はやっと、それを乗り越えた。
「だから……だからさ。俺はこの世界に来れて、良かったよ。辛いことも沢山あったけど、お前らに会えたから、ここまで来れた」
いつの間にか溢れてきた涙を腕で拭いながら、最後まで言い切った。
「だから、この世界は異世界なんかじゃない。もう、俺の世界だ。俺の、育った場所だ」
「コウタ……」
「そんな世界を、魔王に壊させるわけにはいかない。俺が、絶対に守る」
今なら分かる。世界を守るために戦った、ラノベ主人公達の気持ちが。
「絶対に帰ってくる……。だから、俺に力を貸してくれ。俺は魔王を……止める!」
今なら確信が持てる。それが、俺がラノベ主人公になるために必要なことなのだと。
「やっぱり、私もまだまだでやすね……。いつもみたいに、勢いに乗せられちゃってるでやす。まだコウタには、敵わないでやすか……」
ロップは自嘲めいた笑みを浮かべると、武器を下ろして俺の方へと近づいてきた。
「そこまで覚悟があるなら、もう止められないでやす。やっぱりこれは……コウタのものでやすよ」
言って、ロップは手に持っていた重砲グラビトンを俺に手渡した。改造されていた分、以前の1.5倍は重かったが、今の俺に持てないということはなかった。こういう小さなところで、少しずつ成長を実感する。
「でもあっし、コウタのこと諦めたわけじゃないでやすからね? あなたに恥じない女の子になって……この世界で待ってやすから」
目を潤ませて言うロップに、俺は頷いた。彼女のためにも、俺は必ず魔王を止めて、この世界に戻ってくる。
俺は最後に、リナにもう一度向き直って、言った。
「リナ、これから俺が……ラノベ主人公ってもんを見せてやる。だから、だから……」
「分かってるニャ。……そこまで言うなら、君が帰ってくるって……信じてやるニャ?」
リナも悲しみを必死に隠して……笑顔で俺の言葉に答えてくれる。その強さを見ていると、俺も自然と、この世界に戻れる自信が湧いてきた。
今度こそ、俺は彼女達から視線を外し……魔王の部屋に続く扉を睨み付ける。
「行くぞ、みんな」
これは、俺がラノベ主人公になるまでの物語だ……!
「最後まで台詞なかった……」
しかしなんだかんだ空気を読みすぎてしまうレイは、最後に悲しそうな声で嘆いた。




