魂を売った商人
扉を抜けた先に待っていたのは、先程と同様に黒いローブをまとったロップだった。
しかし彼女は両腕で重槍グラビトンをこちらに向けて構えており、表情も硬い。
「支援魔法込みとは言え……よくこんなもん片手で持っていやしたね、コウタ」
砲門をこちらに向けたまま、ロップがおどけたように喋る。
「まぁな。あんときは、なんとしてもお前を守らなきゃいけなかったし」
「えぇ。あの時のコウタは、いつにも増して格好良かったでやすよ」
だから、とロップが続けた。
「だからあっしは、いつも焦ってたんでやす。隣にあったコウタの背中が、いつの間にか前へ前へと進んであっしを置いていく。見放されるんじゃないかと、不安にもなりやすよ」
「見放すとか、そんなことあるわけねぇだろ!」
「そうでやしょうね……。でも、あっしはコウタと……同じ立場で歩いていきたいんでやすよ」
言いながら、ロップが重槍グラビトンに魔力を込める。
その砲身は魔王城で改造したのか一回り大きくなっており、色合いも黒っぽい鉄から完全な漆黒に塗り替えられていた。
あれは恐らく、以前までの重槍グラビトンとは別物になっているのだろう。ロップの持ち方から考えると、恐らく……。
「大砲だ、避けろ!」
叫ぶと同時に、生まれ変わった重砲グラビトンの先端が赤く光り、こちらに火の魔力が込められた鉄球が飛んでくる。
《拡大魔方陣》から全員に《筋力増強》を付加したため、皆は強化された身体能力でかろうじて避けた。しかし地面に転がった鉄球は硬い床を大きく抉るほどの爆発を起こし、俺達は爆風で体のバランスを崩す。
「あれ、てっきり《土の壁》で防ぐと思っていやしたけどね」
「魔王の力まで借りてお前が改造したんだろ? そんな切り札、俺が防げるわけないだろ」
ロップの疑問に答えると、「なめられてはいないようで、良かったでやす」と顔を綻ばせた。
「お嬢ちゃん、その危ないものを僕に渡すんだ」
俺とロップが話している間も、攻撃や爆風の影響を受けない《不可侵全裸》だけが、仲間になったばかりで自分のキャラを掴めていないような台詞を吐きながらロップに近づいていた。
しかしロップは、構わず第二射。その鉄球は何故か《不可侵全裸》を弾き飛ばし、しかも発射の反動でロップは後ろに吹っ飛んで俺達との距離を離す。
恐らく、あの反動は後退力を増すために敢えて残してあるのだろう。
「成る程、この鉄球……僕の対策に色々な物質が……ガハッ」
何事か呟きながら、打たれ弱い《不可侵全裸》は血を吐いて倒れた。RPGでは敵が仲間になると弱くなるってよくあることだが、いくらなんでも脱落早すぎだろ。
そんな風に思っていたら《不可侵全裸》の目の前で鉄球が爆発したが、流石に爆発は喰らわないようで無傷だった。もし爆発が通じたなら木っ端微塵だったな。
「ロップ……。はっきりしない俺に愛想つかしたのは分かる。だけど、なんで魔王軍なんかに……」
第二射の爆風で再び転ばされた俺は、体勢を立て直しながらロップに聞いた。このままでは普通に押しきられて、何も分からぬまま魔王城から追い出される……あるいは、ロップがその気なら殺される可能性もあった。
そもそもロップを連れ戻すというのもこっちの勝手な都合で、彼女には彼女なりの意思があるのだから。だが。
「コウタのためでやすよ」
ロップが口にしたのは、俺が予想もしない言葉だった。
「いや。きっと、あっし自身のためなんでやしょうね。魔王の目的を知ってコウタがどうするのか、あっしには分かりやせんから」
「だから……何なんだよ、魔王の目的って!!!」
ロップが砲撃を始めた時よりも余程強い不安が、俺の胸の内で駆け回った。まさか、あの魔王の目的ということは……!
「魔王の目的は、異世界へのゲートを破壊する事」
異世界。その単語が彼女の口から出たことで、俺の心臓が跳ねた。
「もし魔王を止めたら、魔王だけでなくコウタまで、この世界からいなくなってしまうんでやすよ」




